そして、誰もが知っていた
「ところで、ノブヨさん、日本で検察に壮絶な喧嘩売ったみたいだけど....」
私はコーヒーを吹きそうになる。さわやかな朝のラジオ局 IMER (Instituto Mexicano de Radio) のスタジオで、打ち合わせ中に「Música por América」のDJ エミリオが突然言い出したからだ。
「誰に聞いたの?」また、どうせフェイスブック?
「誰って.....ネットのCNNニュースで見たんだよ、何ヶ月か前に。英語だから完璧に理解できてるかどうか、ちょっと自信ないんだけど」
「CNN? 私の名前が?」
「そう、だからびっくりしたよ。まさか同姓同名ってことないだろう、って。だよね?」
壮絶な喧嘩かどうかは別として、CNNが私たちの告発を、私の実名入りで報道していただと?
しかし、エミリオが私をからかう理由はない。道理でいろいろな人が、例の件を知っているはずだ。日本の報道が見事に黙殺した件が、へええ、CNNでねえ。そうですか。
このころ、メキシコでは、カルメン・アリステギという人気キャスターが、カルデロン大統領のアル中疑惑を口にしたことで番組を降ろされた事件で、皆が大騒ぎだった。こんなことが許されるのか? メキシコの言論の自由はどこにあるのか?
新聞は騒ぎ、言論人は次々に声明を発表し、世論が沸騰し、そしてカルメンは無事に番組に復帰する。
ああ、なんという言論の自由だろう。日本じゃ、本当のことを言っちゃうと、あっさり番組から干されちゃうし、それに対して新聞や言論人が騒いで、見事に復帰なんて美談は聞いた話がありませんです。
(と書いて、自分でちょっと暗澹たる気分になる。たまに「日本の報道はラテンアメリカなどの発展途上国並み」なんて書く人がいるが、それは自意識過剰すぎです。ラテンアメリカの方がはるかに健全ですって)
そうこうしていると、メキシコの有力紙ラ・ホルナーダの文化部長から電話がかかってきた。
ホルナーダといえば、メキシコきっての硬派の新聞だ。1994年の先住民ゲリラ蜂起の時に、謎の副司令官マルコスや最高司令官グループとのコンタクトに一番先に成功して、ぶっちぎりでものすごい特ダネを連発し、弱小紙から首位に躍り出た新聞だ。社屋もボロい雑居ビルの一室から、いまや地下鉄サパタ駅近くにでっかい自社ビルを構えている。もちろん日本の新聞みたいに国有地を激安で払い下げてもらっているので、以後、官僚と持ちつ持たれつなんてことは一切ない。当然、記者はやり手が多く、人権問題には強い。文化部長は雑居ビル時代からの凄腕だ。
「なんかネタになるようなことがあるんじゃないかね」
「今月末にコンサートをやりますが。それからレコーディングをすることになりました」
「....では、とりあえずそこから行こう。記者を向かわせる。アルトゥロ・クルスだ」
「あんなベテランを?」
「あいつは、君のことならよく知ってるからな」
「コンサートの日付は24日と25日。素晴らしい。で、レコーディングは、マルシアル・アレハンドロの遺作2曲と、他の作曲家たちの新作、と。いいねえ」ベテラン記者のメモの手が止まる。
「で、それだけじゃないでしょ」
「これって文化面の記事でしょ?」
「何をどう書くのか決めるのは私だからね」
そしてできたのが、この記事である。「八木啓代、『エル・ブレベ・エスパシオ』にて、トローバを歌う。ラファエル・メンドーサ共演」というコンサートの宣伝で始まって、最後の三分の一は検察問題。
http://www.jornada.unam.mx/2011/02/23/index.php?section=espectaculos&article=a09n1esp&partner=rss
「何年か前にメキシコで起こったあることと、非常に似たことが日本で起こったのです。現金を入れた紙袋を秘書が受け取るというビデオが流され.....それから検察が暴走して、総理候補になる可能性のあったある有力政治家が、土地の取引疑惑で起訴されようとし....」
この記事によって、業界の知り合いがそれまで知っていたことが、業界以外の人たちにも拡大されることになった。
私はコーヒーを吹きそうになる。さわやかな朝のラジオ局 IMER (Instituto Mexicano de Radio) のスタジオで、打ち合わせ中に「Música por América」のDJ エミリオが突然言い出したからだ。
「誰に聞いたの?」また、どうせフェイスブック?
「誰って.....ネットのCNNニュースで見たんだよ、何ヶ月か前に。英語だから完璧に理解できてるかどうか、ちょっと自信ないんだけど」
「CNN? 私の名前が?」
「そう、だからびっくりしたよ。まさか同姓同名ってことないだろう、って。だよね?」
壮絶な喧嘩かどうかは別として、CNNが私たちの告発を、私の実名入りで報道していただと?
しかし、エミリオが私をからかう理由はない。道理でいろいろな人が、例の件を知っているはずだ。日本の報道が見事に黙殺した件が、へええ、CNNでねえ。そうですか。
このころ、メキシコでは、カルメン・アリステギという人気キャスターが、カルデロン大統領のアル中疑惑を口にしたことで番組を降ろされた事件で、皆が大騒ぎだった。こんなことが許されるのか? メキシコの言論の自由はどこにあるのか?
新聞は騒ぎ、言論人は次々に声明を発表し、世論が沸騰し、そしてカルメンは無事に番組に復帰する。
ああ、なんという言論の自由だろう。日本じゃ、本当のことを言っちゃうと、あっさり番組から干されちゃうし、それに対して新聞や言論人が騒いで、見事に復帰なんて美談は聞いた話がありませんです。
(と書いて、自分でちょっと暗澹たる気分になる。たまに「日本の報道はラテンアメリカなどの発展途上国並み」なんて書く人がいるが、それは自意識過剰すぎです。ラテンアメリカの方がはるかに健全ですって)
そうこうしていると、メキシコの有力紙ラ・ホルナーダの文化部長から電話がかかってきた。
ホルナーダといえば、メキシコきっての硬派の新聞だ。1994年の先住民ゲリラ蜂起の時に、謎の副司令官マルコスや最高司令官グループとのコンタクトに一番先に成功して、ぶっちぎりでものすごい特ダネを連発し、弱小紙から首位に躍り出た新聞だ。社屋もボロい雑居ビルの一室から、いまや地下鉄サパタ駅近くにでっかい自社ビルを構えている。もちろん日本の新聞みたいに国有地を激安で払い下げてもらっているので、以後、官僚と持ちつ持たれつなんてことは一切ない。当然、記者はやり手が多く、人権問題には強い。文化部長は雑居ビル時代からの凄腕だ。
「なんかネタになるようなことがあるんじゃないかね」
「今月末にコンサートをやりますが。それからレコーディングをすることになりました」
「....では、とりあえずそこから行こう。記者を向かわせる。アルトゥロ・クルスだ」
「あんなベテランを?」
「あいつは、君のことならよく知ってるからな」
「コンサートの日付は24日と25日。素晴らしい。で、レコーディングは、マルシアル・アレハンドロの遺作2曲と、他の作曲家たちの新作、と。いいねえ」ベテラン記者のメモの手が止まる。
「で、それだけじゃないでしょ」
「これって文化面の記事でしょ?」
「何をどう書くのか決めるのは私だからね」
そしてできたのが、この記事である。「八木啓代、『エル・ブレベ・エスパシオ』にて、トローバを歌う。ラファエル・メンドーサ共演」というコンサートの宣伝で始まって、最後の三分の一は検察問題。
http://www.jornada.unam.mx/2011/02/23/index.php?section=espectaculos&article=a09n1esp&partner=rss
「何年か前にメキシコで起こったあることと、非常に似たことが日本で起こったのです。現金を入れた紙袋を秘書が受け取るというビデオが流され.....それから検察が暴走して、総理候補になる可能性のあったある有力政治家が、土地の取引疑惑で起訴されようとし....」
この記事によって、業界の知り合いがそれまで知っていたことが、業界以外の人たちにも拡大されることになった。