トマス・フリードマンの"Hot, Flat, and Crowded - WHY WE NEED A GREEN REVOLUTION - AND HOW IT CAN RENEW AMERICA"を読み終えました。「温暖化、フラット化、人口増 -グリーン革命でアメリカは生まれ変わる」と私なら訳すでしょうか。
昨年本書が出版された当時、「どうせフリードマン」と思い、「フラット化する世界」の延長にある、ビジネス系統の本だとばかり思って興味は持ちませんでした。ところが、しばらくして"Gristmill (環境系のニュースサイト)”で2008年の「マン・オブ・ザ・イヤー」の候補の一人に上がっているということで、ちょっと興味がわき、さらに知人のあの人もこの人も読んでいる、、ということでとうとう買ってしまいました。
アマゾンco.jpには短評を早速載せたのですが(投稿したものの4/3現在まだ載っていません)、星四つ、一読には値すると思います。温暖化、フラット化はいいとして、(地球上の格差は実際には広がっているという見方も多いのですが)「Crowded 混雑」にはちょっと注釈が必要でしょう。
フリードマンは世紀の半ばまでにこのままでは世界の人口が90億に達するだろうという見通しには触れながらも、単純な人口増をとりわけ問題にしているわけではないようです。本書の中でも人口増に対する対策の必要性(たとえば女性のエンパワメントや避妊)には全く触れていません。彼が問題にしているのは、「中流層の増加」、つまりフラット化した非欧米世界での成功者がどんどんアメリカ型の消費生活を送るようになることに焦点を当てているのです。
ですから、世界の人がアメリカ型の消費生活スタイルを成功の象徴と捉える以上、21世紀以降のエネルギー・気候(危機)時代は、アメリカ人が率先してあるべき生活スタイルを変革していかねばならない、という論調なわけです。
現状の危機のハイライトとしてあげているのは、「非アメリカ人のアメリカ化」「石油資源の寡少→原油価格の上昇→独裁政権やテロの温床への資金」「地球環境異変(global warmingではなくglobal weirdingだ、といっていますが同感です)」「生物多様性」「電力へのアクセスがないという貧困」といったテーマです。オイルマネーが産油国の独裁者を潤し、米国の安全保障上の脅威にもなっている、というのはアメリカでは最近かなり良く耳にします。海外の石油に依存しないシステムを作るのは「愛国的な」ことなのだ、という、右よりの人々にも呑み込みやすい切り口を提供しています。
その危機に対する対処はどうするのか、というのがまさに今後の「グリーン・ニューディール」の行方をうらなう上でも注目の的だと思うのですが、フリードマンが何度も強調しているキーワードは「全体的・体系的」アプローチの重要性、そして「政治的なリーダーシップ」そして「規制・政策」「計画された市場」でしょうか。前著で自由貿易のメリットを称揚した人にしては、だいぶ思い切った書き方だと思いました。
そして、全17章のうちの一章を「スマート・グリッド」、つまり電力網を流れる送電量をコンピューターで管理できるようにする、というアイディアに割いています。日本でも夏場のエアコンのピーク時に備えるために、大量に発電し、需要が低いときに電力が無駄になっているわけですが、それを減らすテクノロジーを活用するべきだ、ということですね。
ただ、エネルギーを節約するテクノロジーは、ほかにもコージェネ、ヒートポンプなど、すでに米国以外で広く活用されているものがあるのに、ほとんど触れられていないのは、著者の取材対象に偏りがあるように思います。再生エネルギー推進、リサイクルや環境政策先進国のヨーロッパについてはあまり触れられていません。
アメリカ人が突出したエネルギー消費をするようになった背景に、石油&自動車産業があるということはきっちり書いているのですが、ではその構造を変える可能性、たとえばコンパクトシティー、公共交通の拡充、職住接近、集合住宅のメリットなどには全く触れられていません。やっぱり「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」には触れてはいけないタブーがあるかのようです。
もうひとつ大きく抜けているのは、農業と食糧生産が世界環境に与える問題でしょうか。アメリカ的ライフスタイルといえば、もうひとつの特徴はひとりあたり肉の消費量でしょう。肉牛飼育の飼料となるコーンや大豆栽培のためにブラジルの熱帯雨林はどんどん消滅しています。またフードマイレージの問題にも触れられていません。
それではフリードマンはアメリカの読者におもねって「売れる」テーマをただ書いているのかといえば、そうではないと感じた一節がありました。それは自然環境は「経済学」において「外部性」の問題であって今まで勘定にいれられてこなかった。だから「外部性に値段をつけるのは重要だ」と述べるのですが、それに加え、「しかし、自然環境の真の価値は金銭でははかりしれない。美しい自然の景色を見てああ美しい、と感じる感情に値段をつけることはできない」というくだりでした。
最後の2章は中国を軸にとらえられています。1)「赤い」中国は緑になれるか-地球環境の未来は実質的に中国のありかたに委ねられている 2)共産党独裁は問題があるが、トップダウンで環境問題のような巨大な問題に取り組むには、アメリカより迅速に対処できる。アメリカのロビイスト政治は環境問題に対する大きな壁になっている。だから一日だけアメリカが中国になれればいいのに、だそうです。面白いですね。
最終章はセヴァン・スズキの有名なスピーチではじまり、こどもたちに地球環境を残すことができるかと問いかけ、2001年に亡くなったドネラ・メドウズにエイモリー・ラヴィンズがささげた弔辞でしめくくられています。メドウズは「まだ間に合うと思うか?」ときかれると、「いまから始めればちょうど間に合うだけの時間がある」と答えていたそうです。
私にとっての本書の意義は、「環境問題の専門家」ではない、メインストリームのジャーナリストがこの困難なテーマの入門書を記してくれたことそのものにあります。フリードマンの本のイメージからするとアメリカ人はこれからも大きな家に住み、一人一台自家用車に乗り、世界平均から突出した量の肉を食べ続けることでしょう。ただ、その家の屋根にはソーラーパネルがあり、提供される電力の半分は再生エネルギーで発電され、スマートグリッドで電力供給と消費は抑えられ、自家用車は夜間充電できる電気自動車になる。世界の再生エネルギー生産、スマートグリッドテクノロジー、電気自動車を提供するのは米国企業だ、というわけです。
少なくとも本書を読んだアメリカ人は、自分ひとりのライフスタイルだけではなく、リーダーを選ぶことの大事さ、政策や規制の重要性に対する気づきがあることと思います。
世界規模で見てどうでしょう。アメリカ人以外がすぐに飛びつくとは考えにくいですよね。電気自動車のテクノロジーの主導権を握るのもドイツと日本&中国になるのではないでしょうか。そもそも中国は日本をお手本に、国土に高速鉄道網をはりめぐらしていますからね。
昨年のウォール街の崩壊で今のオバマ政権の動向は経済対策に終始しているように見えます。ただし、いま唯一希望のある産業はやはり「グリーン」関連だけという感じです。それもお金のかかる「再生エネルギー」などはあまり動いていなくて、「節約」につながる「省エネ」技術に関心は集中しています。不動産ファンドから引き上げられたマネーが「グリーン」産業にどっと動き、また政策的な支援があれば、90年代のITバブルのようなミニ「グリーンバブル」が起きる可能性は十分にあるとは思います。
そうそう、日本がぜひとも米国をお手本にすればよいと思うのは、建設業界が「グリーン建築認証」を業界で作ることですね。本書でも触れられていますが、米国ではグリーン建築協議会(US Green Building Council)がLEED認証制度を作って、爆発的に加入団体が増えているところです。談合が崩れて安売り競争に陥っている今、「サステイナブル」な資源林の国産材を使い、有害物質を使わず、気密性に優れて省エネになる建築の基準を作って、付加価値を高めるというのは良いと思います。
なんか散漫な書評になってしまいましたが、これを参考に日本語版が出たら買うかどうか考慮の一助になれば幸いです。
テーマ:環境・資源・エネルギー - ジャンル:政治・経済
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