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    短編小説「火の約束」5:金正恩が「将軍様」に花火大会の火に誓う「火の約束」(2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    (第5部:最終回)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束
    火の約束
    Source: uriminzokkiri, http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

     それから2ヶ月後、4月の夜。
     主題思想塔(訳注:「主体思想塔」と思われるが、誤植ママ、「주제사상탑」と原文表記)を見渡す大同江の岸辺の遊歩道は、人々で混み合っていた。
     夜の海のように波打つ人々のうねりは、どう表現したらよいのか分からない巨大な活力に満ちていた。しばらく後、幕を上げる祝砲夜会への熱気を帯びた興奮と期待感で大同江岸のどこもが熱くなっていた。
     その熱気を吸われながら金正恩同志はヒョンジンに声をかけられた。
     「祝砲への人々の熱気がすごいですね。実際にこの川岸に来てみると、想像していた以上にそれを感じます。・・・」
     「『強盛大国の火の嵐』という題名が示唆するように首領様の生涯の念願、我々人民の念願が実現されるその日が近づいているわけですが、興奮せずにはいられません。」
     ヒョンジンを見詰められる金正恩同志の瞳が閃光のように明るく輝いた。淡々とではあるが、底力のある金正恩同志の声が響いた。
     「それは・・・明日に対する熱望であり、確信です。ベルトを締め上げて、ついに世紀の頂上に登り詰めた我々人民が、自分たちを手招きする強盛大国に向かい、泣き、そして笑いながら勝利の歓喜を叫びたいという強烈な激情であり、興奮なのです。将軍様をいただき、天に達する民族の尊厳と誇りがその熱源として、無窮の源泉となっているのです。」
     金正恩同志は、手を強く握りしめて振り上げられた。
     金正恩同志の雄志に溢れる思索の世界をいただくヒョンジンの鼓動する胸に叙事詩「白頭山」の一節が浮かんだ。

     毎夜の如く増えていく群衆
     高く登り、剣を振り上げ叫ぶ、金大将
    ・・・

     しばらく後、偉大な将軍様をお迎えして祝砲夜会が始まった。
     晴れ晴れしく荘厳な雷鳴に続き、多彩な火の玉が無数の模様と色合いで炸裂し、光芒たる花火となり空を覆った。大同江の水が激情を抱いて流れていた。歌「朝鮮の幸運」に続き「パルコルム」の荘重な旋律が祝砲と重なり合い、平壌の夜空へ、国中へと響き渡った。
     祝砲の風景を意味深く凝視され、時として満足げに微笑まれた将軍様が金正恩同志に視線を向けられた。
     「素晴らしいなぁ。やはり主体思想塔を背景にした大同江で繰り広げられているから、言葉どおり壮観だ。独特だ!」
     「あの火は、将軍様が先軍の道に流された無数の汗、一滴、一滴が輝いているのです。将軍様が捧げられた労苦があのように美しくきらきらと輝く花火となったのです。」
     「あの火を見ると、人民の笑い声がもっと大きく聞こえるようだなぁ。」
     「そうです、将軍様!我々人民が、朝鮮が笑っています。」
     「そうだ。強盛国家の明日を目前にしている朝鮮の痛快な笑い声だ。未来に向かい突進する朝鮮の気性だよ。あの火は、我々の未来を照らしている。僕は、その未来を確信している。」
     金正恩同志は、図らずも心臓が大きくなっていくように感じた。
     「将軍様、私は必ず世界に見ろと言わんばかりに将軍様が守って下さった先軍朝鮮を、あの空高く持ち上げます。将軍様が率いられる朝鮮は常に世界に向かって進んでいくのです。」
     火の言葉は長くなかった。しかし、断固とし、明白で、強烈である。
     明日を信じろ!

    <完>

    <翻訳後記>
    初めは力を入れてやっていたが、だんだん手抜きが多くなった。しかし、大きな文脈での間違いはないと思う。苦労したのは、「火」、「電気(電力)」、「電灯の光」、「電飾」をどのように分けたらよいのかということであった。朝鮮語(韓国語)では、「電気」を「火」(プル)としばしば表現するので、その区別をどのように表すのかに苦労した。「電飾」は「ライトアップ」としたが、イメージとしては下の写真のような感じだと思う。

    羅先市のライトアップと羅先市電飾事業所の支配人李ヨンチョル
    20141008_2flv_013138141.jpg
    Source: KCTV, 「20時報道」、2014/10/08放送

    「将軍様に従い千万里」この山肌に飾られたスローガンは羅先で見たが、ライトアップの準備が進んでいるとは思わなかった。羅先の夜は、「エンペラーホテル」だけが煌々と輝くという感じであったが、それ以外のライトアップも進んでいるようだ。
    20141008_2flv_013148621.jpg
    Source: KCTV, 「20時報道」、2014/10/08放送

    「火の約束」は後編があるようなので、機会があれば続きを読んでみたい。

    <追記2>
    1部から5部まで、若干手を入れたバージョンに差し替えておいた。

    短編小説「火の約束」4:チャンジャ江と元山のライトアップ、「将軍様」の功績、「強盛大国の大門」を叩く (2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    (第4部)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束
    火の約束
    Source: uriminzokkiri, http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

     人民軍部隊に対する現地指導を終えて戻ってこられた金正恩同志は、車をムンチャン基礎食品工場へと向かわせた。
     「ヒョンジンドンム、時間がないが、ついでにムンチャン基礎食品工場にもう一度立ち寄ってみましょう。」
     金正恩同志のお言葉にヒョンジンは意気込んで答えた。
     「あの働き者の支配人は、きっと色々なことをしたと思います。」
     何日か前、ヒョンジンは金正恩同志から命を受けて元山と東海岸地区を回ったついでに、時間を作ってムンチャン基礎食品工場にも立ち寄った。支配人が原料基地に出かけていたので、直接会うことはできなかったが、一新された工場の内外のどこからも、支配人のきちんとした仕事ぶりと誠実な汗の果実、またその苦労を感じ取ることができた。
     「江原道の人が答えました。自らの力で元山青年発電所を打ち立てたのもそうだし、電化された新たな村もそうだし・・・元山青年発電所を視察された将軍様も本当に喜ばれました。」
     車窓を流れていく丘陵地帯を見ておられた元帥様が再び続けられた。
     「今、元山はライトアップしようと懸命になっていると思います。」
     「はい、いたるところでライトアップをしようと、元山市全部が動いています。今となっては、工場の名前も変えなければならないと、水自慢しかできなかった『水の江原道』でしたが、これからは電気の光の自慢をする『電気の灯火の江原道』と呼ばれなければならないと大騒ぎしています。」
     ヒョンジンは、まるで自分の自慢をするように肩を張りました。
     「昨日は、慈江道がチャンジャ江の火の夜景を『自慢道』にしていたのに、今日は自分の江原道が『強盛道』になって、肩を張って話しているのを見ると、熱誠がただものではありませんね。」
     金正恩同志の口元に微笑が浮かんだ。
     「将軍様は、電化の万歳を叫ぶそんな日を見通され、何年も前に元山市のライトアップに関する課業を命じられました。幸福の創造者にまずその恵沢を謳歌してもらえるようにしようという深い配慮でした。『電気の灯火の江原道』、『強盛道』・・・とてもロマンが溢れているではありませんか!そこには涙を流さず聞くことができない体験もあり、自分の力を信じ、光明な明日を信じる人々の笑いとロマンがあります。」
     鳥が東の方に向かって飛んでいた。まだ冬は明けていなかったが、地中の深いところで動き出した春の夢を見る自然の力強い息吹と呼吸が、躍動する羽ばたきの中から伝わってくるようであった。
     「数日間この地区を出張で回る中で、電気の灯火の意味についての考えも深まり、新たな感動も感じたのだが、どのようにお話申し上げたらよいものか・・・ともかく電気の灯火、明るく照らされる野山、明るくなる人民の表情、これが私に衝撃的でした。チャンジャ江の火の夜景、平壌の火の夜景に続き、元山の火の夜景が連続して広がり・・・このように全国が明るくなり、人民の表情がさらに明るくなったなあ、そう思うと、胸が張り裂けそうで涙が流れ出ました。」
     真摯に応じて下さる金正恩同志のお言葉に余裕を感じたヒョンジンは、そのまま激情と感じたままを吐露したかった。
     「火、火の意味か・・・何か新しく示唆するものがあるな。よい知らせを伝えてくれてありがとう。」
     金正恩同志は、しばらく間を置いて、明快な語調で続けられた。
     「・・・ヒョンジンドンムが言ったように火は喜びであり、希望の力です。元山だけではありません。将軍様は今後、会寧、南浦、このようにライトアップを拡大していく構想を持っておられます。その火は、単に消えていた灯を再び付けるということではありません。また、皆が豊かになりライトアップをするのでもありません。そこには、自分の国の青い空も、我々の力で切り開き、その空の下の作物も我々の手で育てようという、つまり、人民を幸福の未来へと鼓舞されようとする将軍様の意図が刻み込まれているのです。」
     いつのまにか車は文スキ支配人が働いている基礎食品工場に着いていた。
     ほぼ1年ぶりの嬉しい再会であった。
     「敬愛する大将同志!・・・」
     思いがけなく金正恩同志にお目にかかることができた文スキは、挨拶もきちんとできないまま呆然としていた。目だけパチパチしながら、夢なのか現実なのか分からない様子であった。しかし、金正恩同志はお咎めにならず、工場を見ようと言われ、彼女の手を握って導かれた。
     「いいか、私が来たことは言わずに静かに!」
     それほど広くない工場の構内と生産現場を全て見て回られた金正恩同志は、満足したように微笑を浮かべられた。
     「工場のどこを見ても気が引き締まるのは、やはり支配人がよい仕事をしているからです。」
     そのお言葉を聞いて、支配人は目を潤ませました。
     「大将同志、私共は、ただ将軍様が灯して下さった火を抱いて仕事をしただけです。」
     感情が高まった時にする癖なのか、彼女の言葉は「ええと」で始まり続いた。
     「ええと・・・その日、私が工場に戻ってきて将軍様の綿の手袋の話をすると、従業員が皆泣きました。大将同志が胸を痛められた話まですると、泣き声の海となってしまいました。しかし、その涙が力となったので、設備更新も生産現代化も、ええと、問題ではありませんでした。そして、少しでも将軍様にお喜びいただけるのではないかと思いつつも、再び問題がないか点検をして改善をしていきました。」
     金正恩同志は、明るい目つきで首を縦に振られました。素朴ではあるが、剛毅な女性支配人のその気持ちに何よりも感心されたのです。
     「多くの仕事をしたということが分かります。本当に女性の力で大変なことをしました。そうだよな、ヒョンジンドンム?」
     彼らの成果を労われようとする金正恩同志の方を見ながら、ヒョンジンも共感して微笑を浮かべた。
     「私たちの将軍様でなければ、ええと、私どもに生産正常化の火を灯して下さることはおできにならなかったでしょう。本当に、将軍様が小さな地方産業工場に過ぎない私共の工場に来られ、新しい創造の火を灯して下さったおかげです。」
     続けて彼女は、表彰休暇で家に帰ってきた同じ工場のある女性の息子である兵士の話をした。
     「・・・休暇の荷物を入れたリュックサックを置くと、直ぐにライトアップ研究者たちと寝食を共にしたその兵士は、軍務に戻る日に工場の人々にこんな言葉を残しました。『私は自分の故郷、自分の家を明るくライトアップして軍務に戻ります。この火、偉大な将軍様が抱かせて下さった火が、私の心臓を燃やしている限り、祖国の防衛体制はいつでも鉄壁です。』この言葉を聞くと、ええと、涙が溢れだしてきました。私たちが喜ぶその火が、ええと・・・私たちの将軍様のご苦労の代償のようで・・・」
     「ええと」を連発しながら続けたスキ支配人の言葉が、突然、その流れを断った。将軍様への思いに濡れる彼女の心中を推し量られた金正恩同志も、その手袋にまつわる出来事を思い出されて胸が締め付けられた。
     「本当に私たちの火には、その根底に涙の池があるのです。幸福の火を灯して下さろうと私たちの将軍様がかき分けられた冷たい雪と雨、吹雪の下から今日の祖国繁栄の火が灯り、人民の笑い声が生まれ出たのではありませんか。だから、我々人民は、元山のライトアップのニュースを聞き、皆が将軍様の労苦の上に咲いた火の花だと涙をこらえることができません。」
     ヒョンジンのむせび泣くような重い声であった。
     金正恩同志は、そのとおりだというように首を振られ、文スキに視線を向けられた。
     「将軍様が抱かせて下さった火!本当に意味深い言葉です。敵共が社会主義の最後の火が消える日が来たと『崩壊』のカウントダウンをしていた時、誰がこんな明るい今日を見通すことができたでしょうか。だからこそ我々は、明るくなる祖国の野山、移り変わる新しい姿を見せる今日の社会主義の火をぼんやりと見ることはできないのです。チャンジャ江の火の夜景や元山のライトアップは、朝鮮がどのように赤旗を守ってきたのかを火の言葉として刻み込んだ歴史であり、風雨、吹雪をもものともせず先軍長征千万里を歩んでこられた将軍様の献身により成し遂げられた希望の創造物なのです。」
     文スキとヒョンジンの胸は、その場の雰囲気を一変させ、火について深遠なる世界についてお話になる金正恩同志に魅了された。
     しばらく深い追憶の中で思索をしておられた金正恩同志は、情緒的な語調で続けられた。
     「今は、首領様を失った後、血の涙を流しながら将軍様がタバクソル守備隊に向かわれた時とは違います。試練の暗闇は消え去り、今日、我々は強盛大国の夜明けを迎える山頂に立っているのです。苦難の千里を超え、幸福の万里を目前にした直線走路に入っているのです。幸福は待っていれば来るものではなく、創造で迎えるものです。金亨稷先生が息子の代で出来ないのなら、孫の代で革命を最後まで貫徹しなければならないとおっしゃったように、革命はひ孫の代まで続けなければならないとおっしゃった将軍様のお言葉が毎日、毎時、私の心臓を力強く鼓動させています。強盛大国を目前に眺めながら、我々は走っています。今、その大門を叩く時が来ました。晴れやかな気持ちで力強く叩いてみようではありませんか。これは、将軍様の意志なのです。」
     周囲を見回される金正恩同志の目は、確信と意志の光で力強く満ちていた。
     「今日、支配人ドンムと将軍様にお喜びいただけるようなよい知らせをお伝えしたのですが、僕も答礼として見せたいものがあります。強盛大国の大門に入る入城式の宴会とでも言うか・・・夕方、みんなでその場所に行きましょう。」
     「?!」
     その日の夜、とうとう我々式の新しい祝砲発射プログラムで祝砲の芸術化、造形化、律動化を最高の水準で完璧に実現した最終試験発射が成功裏に行われた。発射課程がプログラム化され、歌まで組み合わされた新スタイルの祝砲であった。

    短編小説「火の約束」3:花火にまつわる金日成の追憶 (2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    (第3部)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束
    Source: uriminzokkiri, http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

     突然、人の気配を感じられた金正恩同志は、顔を上げられた。いつの間に戻ってこられたのか、偉大な将軍様が後にいらっしゃった。
     「邪魔しないようにそのまま行こうとしたのだが・・・」
     将軍様は、立ち上がろうとする金正恩同志を止めながら、横の椅子に腰掛けられた。
     「夜も更けているのに、何をしてるんだ?」
     「祝砲発射プログラムをもう組み直しているところです。」
    金正恩同志は、新しい祝砲の開発状況と最大の懸案となっている制御プログラムについて具体的に話された。
     「すると、制御プログラムを大将が直接組むということだな。新しいものを創造しようとする、その気迫はよいことだ。僕も前から新しい祝砲を我々の人民に見せてやろうと思っていたのだが、僕の気持ちを大将が分かってくれたんだな。本当にありがたい。」
     誇らしげな眼差しで金正恩同志を見詰めておられた将軍様が「火!」と低い声で独り言のようにつぶやかれた。胸の深いところに埋もれていた痛みと苦悩が一緒ににじみ出ているような震えた声であった。将軍様の目には追憶の光が輝いていた。
     「火の貴重さを最も痛切に感じたのは、苦難の行軍の時だった。実際、僕は前方視察を終え、灯の消えた平壌の通りにさしかかる時、最も胸が痛かった。『一筋の明るい光でも与えることができるなら』という詩があるだろ。その詩の一節がまさにその時の僕の感情だった。だから、僕の体を燃やしてでも、人民に明るい光を与えようと決心したんだ。・・・」
     金正恩同志は、喉元がきつく締め付けられるのを感じた。将軍様が行軍の先頭に立っておられた日々が涙とともに蘇り、人知れず重病を患っておられながらも、自分よりも祖国と人民をまず考えられる将軍様のお姿が痛みと共に目を突き刺した。
     「将軍様、これからは私が将軍様のその重荷を担ぎますから、1日だけでもゆっくりとお休み下さい。痛切なお願いです。」
     偉大な将軍様は、粛然とした感情を抱いておられる金正恩同志の両手を恩情深く握られた。
     「ついに僕が望んでいた日がやってきた。新しい祝砲発射は、我々がこの地の上にいかにして強盛大国を打ち立てるかという朝鮮の決心と意志を実際に示すことになるだろう。僕は大将を信じている。全世界に朝鮮の未来を実際に見せてやってくれ。」
     「将軍様、分かりました。将軍様の信念であり、我々人民の願いである強盛大国を打ち立てる道に私の全てを捧げます。」
     将軍様が部屋を出て行かれた後も、金正恩同志は、心の中で空高く打ち上げられる花火を長い間止めることができなかった。走り出したかった。心地よい夜の空気を吸い、やってくる朝鮮の未来に向かって走って行きたかった。
     金正恩同志は、祝砲発射準備状況の報告のためにちょうどやって来たシンヒョクジンと共に外に出られた。
     車に乗られた金正恩同志は、直接ハンドルを握りアクセルを思い切り踏み込まれた。
     金正恩同志のお気持ちを察するかのように、車は首都の夜道を軽快に走った。
     市内中心部と忠誠橋を過ぎ、統一通りの入り口に至った。なぜここに来たのかご自身もお分かりではなかった。車に乗られた時から、何かが金正恩同志をここへと導いたのであった。月の光を反射して輝く川の水をご覧になって、やっとご自身がなぜここに来て、何がご自身をここへと導いたのか気付かれた。
     金正恩同志は、川縁に車を止め、ヒョンジンと一緒に川岸を歩かれた。
     流れる川の水音に大同江の語りかけを聞かれているように、無言で歩いておられた金正恩同志は、ヒョンジンに静かに尋ねられた。
     「ヒョンジンドンム、お父さんも砲兵でしたよね?!」
     意外な問いかけにヒョンジンは目を丸くするばかりで、答えは全然出てこなかった。
     金正恩同志は、彼の答えを待つことなく、独り言のように静かに言われた。
     「我々は、見ることができなかったが、この大同江はその日の光景を全て見たと思うんだ。戦勝のその夜、ここに来られた首領様のお姿も見て・・・ヒョンジンドンムのお父さんが打ち上げた祝砲も見て・・・」
     金正恩同志は、物思いにふけるような眼差しでヒョンジンを見詰められた。
     「きっと、首領様が立っておられた場所がこの辺だと思います。ヒョンジンドンムも首領様が戦勝広場の主席壇から戻られる途中、江南窯業工場に立ち寄られたという事実については知っていると思います。しかし、その日の夜にあったことについては知らないのではないでしょうか。・・・」
     その日は、7月28日。
     江南窯業工場を訪ねられた首領様は、夜遅くになって平壌に向かわれた。
     「9時までに平壌に戻らなければならないのだが・・・もう少しスピードを出してくれ。」
     首領様は、何回も腕時計に目をやりながら、繰り返し催促された。車の中では、まるで9時に向かって時を刻むような秒針の音が聞こえた。
     「大同江が見えます。」
     窓から半身を乗りだしていた副官の金オクピルが大声で叫んだ。その声に引き付けられるように、静かに流れる大同江の水面がぼんやりと視野に入り、川岸で夜釣りをする何人かの姿が見えた。
     首領様はちらっと時計をご覧になり、おっしゃった。
     「時間になったな。ここで降りて見ていきましょう。」
     「ここ・・・ですか?!」
     オクピルが驚いたように尋ねた。
     「そうだ。9時になったぞ。」
     その瞬間、突然、空にきらきらと輝く光が走った。続けて、ドーン、ドーンという低い花火の音が響き渡り、車体がぐらぐらと揺すられる中、鮮やかな色に飛び散る幻想的な光が車窓を覆った。
     「祝砲だ、祝砲!首領様、祝砲です!」
     オクピルが慌てふためいて甲高い声を上げた。
     ついにその時刻になったのだ。サインしておいた最高司令官命令どおりに、祖国解放戦争の歴史的な勝利を記念する祝砲を打ち上げているのである。
     百数十発の祝砲が一斉に砲門を開くと、天と地がひっくり返るようかのような激烈な振動があった。
     市中心部の大同江岸に眩しい花火の嵐が連続して打ち上げられていた。空がグルリと回るような感覚!瞬間、鋼鉄の心臓をもたれた首領様も心に安らぎを感じられた。
     戦争の3年間、どれほど多くの爆音を聞かれたことだろうか。しかし、そうした如何なる爆音も揺るがすことができなかった偉大心臓に突き刺さる異種の衝撃に耐えることができないように、車内で煮えたぎる激情に驚かれるように、首領様はすっと体を起こされた。
     いつ車が止まり、副官や運転手が駆け下りたのか分からなかった。後ろの車から降りた幹部と随行員たちも全て自己を忘れたように慌てて川岸へ降りていった。
     彼らの後から首領様も川の堤へ向かわれた。足下に何が落ちているのかも分からなかった。梅雨が残していった水たまりであろうが、ボウボウと茂った草であろうが、ゴロゴロとした石ころであろうが、関係ない。皆、表現しようのない熱い波動にただただ全身を押されていると感じていた。
     首領様は、祝砲を打ち上げの命令書にサインされた時も、今日のこの行事の光景を想像されはしたが、その時とは異なる興奮と喚起が首領様の渾身から湧き出ていた。
     「万歳!万歳!」
     勝利の気迫と共に打ち上がる花火に向かって叫ぶ声が響き渡っていた。
     「花火だ、花火!」
     川岸で魚を捕っていた人々も子供たちも次々と歓声を上げた。
     「そうだそうだ、花火だ・・・」
     首領様は、まだ祝砲という言葉を聞いたことも見たこともない子供たちの素朴な声を小声で繰り返された。
     今まで、一つの火の光も見ることができなかった平壌が、胸を開いて打ち上げられる祝砲を見ながら、人々は何を考えているのだろうか。敵共の砲撃で防空壕の灯火だけではなく、タバコの火まで覆い隠さなければならなかった日々の壮絶な追憶、無数の苦痛に満ちた夜と永遠に決別し、明るい明日を声高らかに呼ぶ喚起・・・
     川岸に立たれ、平壌の夜空を飾る戦勝の祝砲を見詰めておられた首領様は、ちらりと視線を移した。祝砲の火の光がパラパラと降り注ぐ中、光と暗闇がはっきりとしたコントラストをなす平壌の夜景が首領様の胸を鋭くえぐった。
     花火の光が反射し明暗を繰り返す大同江の対岸は平川埠頭周辺なのだが、目に入るのは砲撃で片側が崩落してしまった大同橋だけで、破壊されていない一軒の家も、光一つも見えなかった。花火の光が輝いた瞬間、水墨画のようにはっきりと見える全ての光景が、首領様の胸に突き刺すような鋭い痛みを感じさせた。
     重い思索にふけり、川の土手の上を何歩か歩まれた首領様がすっと顔を上げられ、暗闇の中でも悠然と火の流れを抱き、滔滔と流れる大同江の水を眺められた。
     大同江よ、お前の流れの上に今、廃墟から立ち上がる朝鮮の新しい歌を、明日に対する夢と希望を浮かべてくれ。あの祝砲のように類い希な、皆が喜び万歳を叫ぶ社会主義楽園の幸福の円舞曲をお前にやろう!・・・
     「これは、その夜、首領様が大同江と共に人民と分け合った心の対話であり、祖国の未来への誓いでした。その時、首領様は空に輝く祝砲の火をこの地に全て降り注がせ、世界が羨むように我が祖国を百倍、千倍と建設する決心をされたとお話になりました。・・・」
     首領様のそのお言葉が耳元で聞こえたように、金正恩同志は厳かに大同江の向こうの空を眺めておられた。
     金正恩同志の話を聞いているヒョンジンの胸の中では、爽快なこだまのようなものが広がっていた。
     よく聞け、大同江よ!金正恩同志は、戦勝の祝砲に刻み込まれた意味深い事実を追憶として抱いておられるだけではない。そして、単なる思いつきでここに来られたのでもない。
     ヒョンジンには、金正恩同志が心中で叫んでいる声がはっきりと聞こえるようであった。
     「首領様!僕は必ず朝鮮の祝砲を打ち上げます。首領様が願い、将軍様が願っておられる朝鮮の祝砲をあの空で輝かせます。朝鮮が強盛大国をどのように建設するのか、この金正恩が世界にはっきりと見せてやります。」
     ヒョンジンは、暗闇の中で悠々と流れる大同江を感情を込めて眺めた。大同江よ、今日を忘れるな!

    短編小説「火の約束」2:金正恩を扱った小説、花火打ち上げ、自分の技術 (2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    (第2部)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束
    Source: uriminzokkiri, http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

     祝砲(訳注:「花火」の意、以下「祝砲」のママとする)試験発射終了後の帰路、金正恩同志にお言葉は全くなかった。
     金正恩同志の重い沈黙が、ヒョンジンの胸を重苦しくした。今日の祝砲試験発射は、ヒョンジンが金正恩同志から直接、課業として命じられ、長期にわたる準備の末、行ったものであった。ところが、何のお言葉もないところからして、絶対に金正恩同志の意図に反するものであったのであろう。
     しかし、いくら考えても引っかかるところがなかった。発射過程に失敗はなく、工程の各部にも手抜かりはなかった。コンピュータープログラムでコントロールした今回の試験発射を見て、新鮮な雰囲気がある、見事だと言う幹部たちの言葉を聞き、表には出さなかったものの、心を躍らせていたヒョンジンであった。
     金正恩同志にお喜びいただけたと思っていたのに、こんなに暗くなられるとは。彼の手のひらからは、じわじわと汗がにじみ出ていた。
     こんな疑問を抱いたまま、ヒョクジンは金正恩同志の後について職務室に入った。
     その時、職務用の机の電話がリーンと鳴った。金正恩同志は、立ったまま電話に出られた後、ヒョクジンにお話しされた。
     「ヒョンジンドンム、急な用件が発生し、しばらく出かけてくるから、その間にこの資料をもう一度見ておいてくれ。」
     金正恩同志は、職務用の机の片隅に積まれていた資料をヒョンジンに手渡し、部屋を出て行かれた。
     ヒョンジンは、少しホッとしながら、資料を眺め始めた。祝砲発射に関する制御プログラム開発状況の資料であったが、そのほとんどは既に見たものであった。ページを再びめくりながら、ヒョンジンの考えが各ページに記されていることの確認もできた。
     前に提示された資料なのに、なぜまた見ろと言われたのだろうか?あれこれ考えてみたが、答えに行き着くことはできなかった。
     しばらくすると、闊達な歩みで部屋に戻ってこられた金正恩同志は、恩情に満ちた眼差しでヒョクジンを見詰められた。
     「ヒョクジンドンム、資料を見直しながら考えたことはありませんか?」
     ヒョンジンは恥ずかしさで顔が熱くなった。いつも金正恩同志の意図を迅速に実行することができない自分が心苦しかった。
    金正恩同志は、呵責の念に駆られた彼の表情をしばらく眺めた後、部屋の中を歩きながら語られた。
    「今日の試験発射は、全ての過程で何の問題もなく無難に行われた。しかし、そこに何かがない。我々のものが見えなかったではないか。我々の血が流れ、我々の息遣いが感じられなかった。一言で、我々式ではなかったです。ヒョンジンドンム、何か言ってみなさい。強盛大国を誰かが来て建設してくれるのか、そうでなければ空からただでポトンと落ちてくるのか。そうではありません。将軍様が打ち立てて下さり、将軍様の領導に従って我々人民が自らの手で打ち立てるものなのです。ですから、我々が今度打ち上げようとしている祝砲は、まさにその強盛国家の実体を見せるものなのです。それなのに、その実体を我々のものではない他人の技術で見せてもよいものでしょうか?」
     ヒョンジンの脳裏で、そして目前で、青い閃光が光った。暗闇を引き裂き、周囲を真昼のように明るくする自然の稲妻のように、その閃光の輝きで全てが真っ白になった。稲妻に続く雷鳴が、そして恐ろしい後悔と自責が、彼の全身に響き渡った。
     金正恩同志のお言葉、一言、一言が、杭を打ち込むように、ヒョンジンの胸にそのまま刻み込まれた。
     「我々の幸福は、必ずや我々自身の手で創造するという将軍様の信念と、我々人民の誇りを持ってやらなければ、我々式の祝砲も創造することができません。」
     金正恩同志の語調が力強く響けば響くほど、ヒョンジンの頭はどんどん下がっていった。いつも新しい想像の世界を志向しておられる元帥様の前に、身をさらしている自分が情けないばかりであった。金正恩同志が今回の祝砲発射の意義を何度も強調されたにもかかわらず、なぜ他人の技術を模倣することで満足してしまったのだろう。
     「私が気を抜いていました。」
     ヒョンジンは、自分の思いをそのまま吐露した。そうしなければ、気の重さに耐えることができなかったからだ。
     すると、ヒョンジンを眺めながら、金正恩同志は追憶に浸りながら述べられた。
    「何年か前、将軍様がおっしゃったお言葉を今でも忘れることができません。『慈江道がだんだん明るくなってきている。一点の炎の光がどれほどいとおしく、貴重であるのかを血の涙の中で体験した我々人民だ。だから、我々が座視することを望む敵共に見ろとでも言わんばかりに、蝋燭の火の下で爛漫の歌をうたい、たき火をしながら発電所の堰を築いた彼らが、今、楽園の火を自らの手で灯した。江界精神で完成したチャンジャ江の火の夜景!我々はそうして一つ、二つと、祖国繁栄の火をさらに高く掲げていくのです。』」
     堰を切った水のように、金正恩同志の語調は興奮で揺れていた。
     「ヒョンジンドンム、一度考えてみなさい。将軍様がなぜあれほどにチャンジャ江の火の夜景をご覧になり喜ばれたのか分かりますか。外国の繁華街の華麗なライトアップと比べれば素朴なものですが、我々人民の限りない精神力が苦難を勝ち抜き、創造した火の光だからこそ、あれほどまで満足されたのです。だから、将軍様は、チャンジャ江の火の夜景は、見るだけでも自然と新たな力が涌いてくるし、気合いが入るとおっしゃったのです。その火こそ、我々の手で作り出した我々の火なのです。他人がスイッチを切ったり入れたりすることが出来ない自らの火(訳注:電灯の明かり)ということなのです。我々の幸福は、我々の手で!自力更生を行う人には光明な未来がある!これが我々の創造哲学です。祝砲発射には、この精神が盛り込まれなければなりません。そうしてこそ、本当の意味での我々の祝砲となり得るのです。今度の祝砲発射の意図もそこにあり、叙事詩の主題と構成を決定する核心もそこにあるのです。どうだ?ヒョンジンドンム、新しい祝砲発射で我々は将軍様の決心、朝鮮の宣言をあの空に刻むその日まで力強く努力してみませんか。」
     金正恩同志は、ヒョンジンの手を熱く握りしめられました。自身を信じ、人民の明るい明日を信じておられる金正恩同志の信念と意思が脈打つ手であった。
     ヒョンジンは、金正恩同志の手から熱情がそのまま流れ込み、自分の体と心がどんどん熱くなるのを感じていた。

    短編小説「火の約束」1:金正恩を扱った小説、「お母さん(高英姫?)」も少し登場 (2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    uriminzokkiriに雑誌『青年文学』に掲載された短編小説「火の約束」が出ている。

    http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

    実は、「火の約束」は単行本として出版されているようで、日本のテレビ放送で紹介されていた。羅先でこの本を入手できればよかったのだが、この本の存在を知らなかったので、探すこともしなかった。しかし、一部ではあるが、上記のとおりuriminzokkiriに「火の約束」が掲載されている。単行本を見ることができないので分からないが、忖度するに、『青年文学』に連載された「火の約束」シリーズをまとめて単行本として発刊したのではないかと思われる。

    北朝鮮小説は、これまでほとんど読んでいないが、「児童文学」は何編か読んでみた。それはそれで、なかなか面白かった。しかしそれを除き「北朝鮮文学」はほとんど手つかずの状態なので、金正恩や「お母さん」を扱った小説が他にあるのかも分からない。しかし、2014年に出た「火の約束」で金正恩の「大将時代」を扱っていることからすると、そんなに多くは出ていないような気がする。お父さんの下での修業時代も短かったし、現役指導者としての期間もまだ短いので、まだまだ小説の題材とするには活動歴が足りないのであろう。

    どこまで続けられるか分からないが、拙ブログでは、『青年文学』に掲載された「火の約束」の全訳して紹介してみたい。「文学翻訳」は苦手であるが、できるだけ「文学的」に訳すことも試みている(とはいえ、その質は保証しない)。

    (第1部)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束

    「運転手ドンム、私と席を替わりましょう。」
    何回も腕時計をもどかしそうにご覧になっていた金正恩同志は、運転手の肩を軽く叩かれた。
    「暗いし・・・道も・・・滑りやすいのですが・・・」
    途切れ、途切れの言葉に、どうしてよいのか分からない運転手のもどかしさと緊張感がそのまま表れていた。
    外は、出た時パラパラと降っていた雪が、いつの間にか空を覆い尽くし、激しく降っていた。
    「だから、僕が運転するというのです。将軍様のところに早く行かなければなりません。」
    ついに、運転席に座られた金正恩同志は、疾風の如く車を飛ばされた。
    ヒョクジンは、金正恩同志と一緒に車を運転しているような気持ちで、大粒の雪が降りしきるフロントガラスの前方を緊張した眼差しで注視していた。しかし一方で、出発したときからの疑問が頭から離れなかった。咸鏡南道と江原道一帯を何日間も現地指導されている将軍様と今朝お会いになったのに、金正恩同志はどうして今夜またそこに行かれるのだろうか・・・?
     万事に慎重かつ几帳面で、機転の利くヒョクジンであったが、今回ばかりはどうしても金正恩同志の心中を察することができなかった。
     金正恩同志の力強い手に操られる乗用車は、少しも躊躇することなく高速で疾走した。風の音が車窓に響き、車体に降った雪が白い粉となり吹き飛んでいった。
     しばらくすると、人気のない道路を走る車のヘッドライトが宿所周辺の背の高いもみの木を照らした。
     「?・・・」
     金正恩同志は、一瞬、シートから身を乗り出され前方を注視された。宿所から続く道に白綿をざっくり分けたように2本の長いタイヤの跡が残っていた。それはまぎれもなく、将軍様が乗られた野戦車のタイヤ痕であった。
     将軍様はまた遠くに出かけられたのかぁ!もう少し早く来ればよかった・・・
     未練さと無念さとが混ざり合ったような眼差しで宿所の方を眺めておられる金正恩同志の視野に、固まったように立っている中年女性の姿が飛び込んできた。
     「誰だろうか?・・・」
     急ブレーキを掛けたが、車は走ってきた速度に勝つことができず、女性の前をだいぶ通り過ぎた所で止まった。車をバックさせられた金正恩同志は、直ぐにその女性が今回、将軍様が現地指導されたムンチャン郡基礎食品工場の支配人、文スキであることがお分かりになった。女性の口からもうもうと立ち上がる白い息が、彫刻像のように突っ立っているこの女性が生きている人間であることを証明していた。
     支配人ドンム(訳注:「ドンム」は本来「仲間」の意であるが、「~さん」程度に捉えればよい)がこんな所に何で?
     両手で目をこすっているので、泣いているようであった。
     車から降りられる金正恩同志に気付いた女性は、驚きと喜びに弾かれたように金正恩同志のもとに駆け寄って来て、胸に飛び込みたい気持ちを抑えながら挨拶をした。
     「尊敬する大将同志、こんばんは。本当にお目にかかりたかったです。」
     金正恩同志は、寒い日にもかかわらず手袋もしていない女性支配人の手を温かく握って下さった。
     女性支配人は、本当に泣いていた。赤く腫れたまぶたが、グリーンの街灯の光の中にはっきりと見えた。
     「こんな夜中になぜこんな所にいるのですか?」
     「大将同志、あの・・・これをご覧下さい。将軍様が・・・お出かけになり、そして・・・」
     文スキは、すすり泣きながら金正恩同志に手袋を差し出した。
     その瞬間、金正恩同志の胸を重いものがガツンと打った。将軍様がはめておられた手袋、金正恩同志にとっては、ずっと前から見慣れた粗末な手袋であった。長い間お使いだったので、毛羽立ち色もあせ、見苦しくなっていた。
     お母様(訳注:高英姫)が何度も新しい手袋を差し上げたのに、いつも「まだ、縫い直せば何年も使えるから、新しいのは買わなくてもいい。今、着ている綿入りの野戦服もそうだし、この手袋にも愛着がある。だからです。」と言われた将軍様のお声が再び耳に響いた。
     支配人同志は、自分の工場を訪ねてこられた将軍様が、新たに生産した基礎食品をご覧になりながら外された手袋であると泣き声で話した。
     「私共がしたことって、いったいなんでしょう・・・女性が多い工場なので自ら生産活性化の火をともし、人民のために仕事をたくさんしたと、我々を褒めて下さりながら、ご自身は・・・」
     毛羽だった将軍様の手袋を見た支配人は、何も言うことが出来ず、ただ泣き続けたと語った。一国の首領である我々の将軍様が、どうしてこんな手袋を使われているのだろうか。あふれ出していた涙がやっと止まったので、正気になり急いで手袋を縫い直し、将軍様がおられる宿所を訪ねてきたが、将軍様は再び現地指導に行かれてしまい、おられなかった。支配人は、手袋をもっと早く縫い直すことができなかった自責の念に駆られ、嗚咽していた。
     「この・・・手袋すらはめられず、この寒い日・・・遠くに向かわれたなんて、どうしましょう。」
     手袋を受け取られた金正恩同志の目にも熱いものが込み上げてきた。
     まさにその日の早朝であった。遠方の現地指導から戻ってこられた父なる将軍様にご挨拶しようと部屋に入られた金正恩同志は、立ち止まられてしまった。
     将軍様がソファに半身横になられ目を閉じておられたからだ。
     「お体が・・・大丈夫ですか?」
     「とにかく足が固まってしまったようだ。」
     「・・・医者をお呼びにならないのですか?」
     「大丈夫だ。他の人が知れば、無用な心配をするから・・・」
     目頭が熱くなられた。将軍様も人間であられた。普通の人のように痛みも苦痛も感じておられた。しかし、それら全ての痛みと苦痛を静かにお一人で耐えられるそのお姿に胸が張り裂けるように痛かった。・・・
     金正恩同志がこの夜、将軍様の宿所に駆けつけられたのもまさにこのためであった。ご不自由なお体で、現地指導と前線視察の道を休むことなく歩み続けられる将軍様に、一夜だけでもゆっくりとお休みになっていただきたいという心情からであった。
     痛いほどの自責の念が金正恩同志の胸を容赦なく打った。
     女性支配人は、赤く腫れた目をこすりながら、かすれた声で申し上げた。
     「・・・私共がお役に立つことができないからです。将軍様がたくさんの仕事をしたと褒めて下さったとき、我々はただただ自分たちの喜びだけに浸っていました。将軍様が、このぐらいできればよい。しかし、人民のための仕事に満足ということはないと言われた時、はじめて我に返りました。将軍様がお求めになっておられることからすれば、我々はまだまだです。私は、これからもっと一生懸命仕事をして、将軍様を再びお迎えするつもりです。」
     金正恩同志は、自責の念で顔を上げることが出来ない支配人を見詰めながら、いつしかご自身も胸も打たれていることに気付かれた。
     「ドンムたちの過ちではありません。僕が将軍様をしっかりとお支えすることができなかったのです。将軍様の重荷を少しでも軽くして差し上げられたなら、こんなに冷たい雪降る夜道に出かけられることはなかったでしょう。・・・」
     逆にご自身を責められる金正恩同志のお言葉に、ヒョクジンも文スキ支配人も申し訳ないばかりであった。
     しばらくの間、無言で考えに浸っておられた金正恩同志が静かに語られた。
     「我々人民によい暮らしをさせようと将軍様は今日も冷たい雪道をかき分けながら強行軍をしておられます。我々人民が歓声を上げ、よい暮らしをする日は遠い将来の夢ではありません。それこそ、目前の現実として近づいてきているのです。」
     しばらくして、金正恩同志はヒョクジンの方を振り返られながら、決然とお言葉を続けられた。
     「ヒョクジンドンム、今日もひたすら人民のためにありとあらゆる労苦を全て背負っておられる将軍様のために、今、我々がしなければならないことは何だろうか。僕が少し前に言ったが、我々が建設しようとしている強盛大国がどんな姿なのかを、その実体がどうなのかを人民に早く見せてやらなければなりません。そうすれば、我々の人民が光明な明日に対する確信と楽観を持って、勇気百倍で立ち上がることでしょう。だから、僕は決心した。我々が迎える強盛大国の姿をあの空に大きく描いてみせる。我々人民だけではなく、世界中が見られるように。」
     「?!・・・」
     ヒョンジンと文スキの胸を揺さぶりながら、情熱と確信に満ちた金正恩同志のお声が再び響いた。
     「火で描いてやろう。多分、何百何万の言葉よりも火の言葉の方がずっと威力があるはずだから。」
    プロフィール

    川口智彦

    Author:川口智彦
    「크는 아바이(成長するオッサン)」

    ブログの基本用語:
    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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