ハウルの動く城(魔法使いハウルと火の悪魔)
1月に原書で読んで、以来ハマってしまいました。ここまで面白いとは。
この作家は実に油断がなりません。「このインガリーという国では7リーグ靴や・・・」「そこで三姉妹の長女に生まれるなんて・・・」といういかにもおとぎ話という書き出しで始まり、主人公ソフィーはこの定石を結構真に受けています。
でももちろんおとぎ話ではありません。作者はおとぎ話の定石を尽くぶっ壊し単なるファンタジーや謎解きで終わらせないのです。
何のメタファーか言わずとしれる石炭殻で固めて黒煙を吐き出す「城」に住む恐怖の魔法使いという評判のハウル。片や今までの人生をまじめにおとなしく(本人申告による)暮らし、ナンパされても縮み上がるソフィー。 このソフィーが全くのとばっちりでもっとも恐れられている荒れ地の魔女に呪いをかけられおばあさんにされてしまい、ショックもあってヒースの丘にぷかぷかしていたハウルの城にやむなく転がり込む、苦境に陥った娘と白馬の王子のいかにもと言う設定。
寒さと関節痛で暖炉と椅子があるならもうどこでもいいとばかり突進するオバタリアン風ヒロインは現実味があるし尚かつあんまりおとぎ話風ではないところで二重のおかしみがあります。
そしてひとたび飛び込んでみれば弟子のマイケルは良い少年だし、部屋はごちゃごちゃしているけれど外見とは裏腹のびっくりするほど穏やかな雰囲気。おまけに火の悪魔は子守歌まで歌ってくれる始末(悪魔がそんなことして良いのでしょうか(;_;))。
そして翌朝、朝帰りしたハウル、彼女の作った朝ご飯で気がゆるんだのか城の実体を彼女に話してしまうのです。
ひょっとして?とも思えるのですが、自分の周りに幾重にも壁を巡らせるタイプの人間が、「動く城」という外堀を既に強行突破している人物にこの秘密をかくも安易に漏らした時点で私は勝負ありと見ました。おまけにその時の彼女は関節痛やらリューマチで機嫌が悪いところへ持ってきて坊主に憎けりゃ何とやらで荒れ地の魔女と同業者というだけでハウルを極悪人視。昔のソフィー今いずこですね。
この二人がお互いを認めるまでのバトルははっきり言って荒れ地の魔女との戦い以上に面白いです。
もちろんユーモラスに書かれてもいるしハウルの皮肉な物言いは爆笑もの。でもこの二人のやりとり、赤の他人が出会って、お互いをありのままに認める為に必要なきれい事ではないある種、血塗れの摩擦なんです。どちらも一歩も引かずにバトルをしつつ、それでもソフィーがとどめを刺す最後の一撃を踏みとどまれたのは、先に踏みとどまれなかった例を目撃したからという書き方、実に上手いと思います。こういう部分、ほんとに子供向けの本?と思うくらい切実で深くて引き込まれました。
でも認めた後でさえ、認めたことを認めないソフィー。その頑なさの拠り所は少女時代の狭い価値観ですが彼女の成長と共にちゃんと変化します。おとぎ話の定石を覆されていく読者もソフィーの変化を追体験できる仕組みになってます。
さてハウル。白馬に乗った王子様風容貌なのにヘアダイしてたり、美人とみれば即口説き(あわやカサノヴァ状態ですわ)、実に図々しいし(蹴飛ばしたい!)、時に騎士道精神の欠片も無いみたいなのに内心はとても親切で優しい偽悪家という、純化されたおとぎ話からはみ出すのみならず、現実世界でも十分複雑なしかし魅力的な人物像。
作者に言わせると大昔のヒーローは悪い部分も持っていたとか。確かに。
そしてソフィーと言えば、おとぎ話のヒロインは何か特質を持っているという定石に従いつつ、それが何と、どんな些細なことも彼女の手に掛かるとたちまち大災害に発展するという(私がそう思ってるだけですが)、おとぎ話史上例をみないヒロインとして光り輝くのでした。
呪われてそうなった訳じゃなくて、本質がそうなんだもん(笑)
ジョン・ダンの謎を筆頭に、スコットの詩のワンフレーズ(たぶん)?だのハウルの本名だの(英語サイトしかなくて)、読めば(私は調べなければ分かりませんでしたが)思わず膝を叩く小道具も随所に仕込まれ、その上実に含みのある言い回し。
特にハウル。最後のソースパンの歌で別の意味での謎が解けて爆笑な、そんな会話の中で繰り広げられる二人の奮闘努力というのか奮闘破壊力が最後は大団円になるところだけはおとぎ話の定石ですが、「末永く幸せに・・・」という決まり文句ではもちろんなく、「末永く仲良く大災難の中を・・・」という結末。
あまりの面白さに読み始めたら止まりませんでした。
UK版はイラストも笑えます。
"Howl's Moving Castle" Diana Wynne Jones HarperCollins
邦題「魔法使いハウルと火の悪魔」
風邪気味で思考停止に陥り、古い読書感想アップと相成りました。皆様お体はお気をつけ下さいまし。
「本」カテゴリの記事
- 『ビニール傘』を読んだ(2017.01.05)
- トールキンを読んでいる(加筆改訂版)(2016.12.02)
- 「サクリファイス」を読んでみた(2016.10.15)
- 『#鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』 息苦しい今の社会への処方箋(2015.01.29)
- 素養ゼロの私が「社会的なもののために」をお薦めしてしまう5つの理由(2013.03.17)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント