トールキンを読んでいる(加筆改訂版)
昨日から師走です。SNSで「ロードオブザリング」を読んでいると申告してからほぼ丸一年経った事になります。それにも関わらず、私は未だに現在進行形の「読んでいる」です。どうしてこうなったのか、その理由を、読み始めるきっかけ共々縷々綴ってみたいと思います。
松本市の図書館にトールキンの"The Hobbit"邦題『ホビットの冒険』があったことがそもそもの始まりです。去年の十一月に、現実逃避が出来て面白そうだし英語の勉強にもなるかもと、手に取りました。難しかったら返せばいいわと気楽に読み始めたのですが、これが平易で読みやすい文章の所々に、それより少し難しい単語や構文が良い塩梅に配置されていて、言語学者が子供向けに書くと(実際著者の子供のために書かれたのが最初らしいです)こんなに読みやすく勉強にもなる文章になるのかと、舌を巻きました。そして文章自体も素晴らしく、いい年したおばさんではありましたが私は熱中してしまいました。
この図書館には「指輪物語」の原書もあります。ホビットを読み終えた私は、年末休館での貸し出し期間延長に合わせて、原書の方を借りました。その時何を血迷ったのか三巻に別れたのではなく一冊のやつを。書庫から司書さんが担いできたそのハードカヴァーは、総頁数1193、漬け物石なみに重い代物だったので、間違いなので書庫に返してとは言えず、泣きながら家に背負って帰りました。
見込み違いはもう一つあって、「ホビット」を書いたときにはまだ子供だった著者の息子さんは、「指輪」を書く頃には難しい文章も読める年頃になっていたらしく、文章のお子様配慮がほぼ消え、トールキンの独自の言語と世界が遺憾なく展開されていました。この本の中で一番判りやすかった文章が、現代社会で通じる言葉しか出ていない巻頭の"Foreword to the second edition"(第2版に寄せて第2版序文)だったといえば、ご理解頂けるでしょうか。それでもお話しは読めば面白いので頑張って読みました。
当たり前ですが返却期限が来ても読めたのはごく僅か。このまま延長してもとても読み切れそうもなかったので、諦めて1300円のKindl版を買い、凶器の様に重い本は図書館に返しました。最初からこうすればよかったのにね;^_^A
それから返却期日を気にせずトールキンに浸る日々が始まったのですが、2月のある日、目次にあった"Note on the text"(この場合テキスト覚え書き?備考かな?)なる文章を読んでみたのが運の尽きでした。
これが何回読んでもややこしすぎて理解できない。最後まで読めないだけでなく、読む端から何が書いてあったのか忘れていく。多分日本語で書いてあっても私には判らないと思います。これを読み始めた日から、私は本文を殆ど読めなくなってしまいました。
この備考には、何が書かれているのかというと、この本が発行された直後から著書が被った、印刷工、編集者などによる誤字誤植、そのほか考えられる限りの災難が延々と書き記されているのです。
54年の初版出版時、戦後の紙不足のせいでこの本は三巻に分けて出版される事になりました。その第一巻には、印刷工、編集者などによる誤字誤植、写植工さんの善意の直しによる誤植などが沢山ありました。一例を挙げるとdwarvesがdwarfsにelvishがelfishに、nasturtiansがナスタチウム(nasturtiums)などになっていて、著者の造語や語源に配慮した精緻な言葉使いに多大な打撃と混乱をもたらしました。一巻の第2刷がその年の12月に出たのですが、実は印刷屋さんが一巻の活字をバラしておりまして、著者にも出版社にも知らせずに組み直したために、普通の文章ならまともでも、トールキンワールドから更にかけ離れたものが刷り上がってしまいました。いつかつけると序文に書いた用語説明もつけられないまま、3巻目が出版されたのはその翌年。それからほぼ十年間、混乱しきった版は刷り続けられました。
米で間違いだらけの海賊版が出たことなどを間に挟み、トールキンは最初の改訂に着手し、65年に米国から出ました。この版は序文が直され、簡単な用語解説などの巻末付録をつける事が出来ました。しかしトールキンがその本の実物を手にしてみると、想像以上に間違いが多い。トールキンはその訂正を送り、刷られる度に直しが入ったのではありますが、いつも正しく訂正された訳ではなかったので、その訂正自体が更なる混乱を引き起こし、どうしたものか英国での三巻揃った改訂版出版まで遠のいてしまったのでした。トールキンは一度は改訂版について書こうとしたのですが、余りの混乱で出来なかった模様です。
1966年、英国でもやっと三巻揃っての改訂版が出るやに思えたのですが、米国版で使われた改訂原稿の一部紛失という、まれにあるけどここで起こるとは、な出来事が発生し、英国の出版社はやむなく間違いの多い最初の改訂米国版を元に組み直しせざるをえませんでした。この改訂第2版は、他にも膨大な間違いを含んだものでした。
間違った版と正し目の版の識別が必要になってきたのです。
67年、米国で改訂版がでます。これは英国版からの写真オフセット印刷で出されたのですが、私には読んでも判らない理由によって出版年が65とか66とかあって今度は図書館や研究者に大混乱を引き起こしました。(ごめんなさい、私も混乱してよく判りません)
トールキンは諦めず頑張って(というか気になってやらないわけに行かなかったみたい)、なんとか67年に改訂版がで、その後69年のインド版で小さな改訂が載りました。
73年に彼が亡くなった後、息子のクリストファー氏が見直し作業を引き継いで出した改訂版が出たのが74年。これは活字印刷でしたが、作者の改訂原稿にほぼ沿ったものでした。
しかし、それにも間違いが発見され(一番ひどく間違っているのが、この版以前も含めいつも何故かアペンディクスだったそうです)、クリストファー氏は見直しを続けたのですが、ペーパーバッグにする時に必要な組み直しの度に、、必ず間違いが入り混まざるをえなかったそうです。とはいえ英国版ハードカバーはまともだったみたいです。
そして94年、ワープロ導入で出版!
私はこれで全て解決に向かうのだとばかり思いました。この訳の判らない世界から解放されると。
あはははは。
いつもの間違いの他に、なんかのバグで章センテンスが抜け落ちてたらしいですよ。
(章ではなくセンテンスでした。お詫びと訂正を致します)
ここまで来ると私疲れ果てて読んでも既になにも理解できなくなり、この先は殆ど読めていません。何回挑戦してもこの辺りで撃沈します。
これらの経緯は"J.R.R.TOLKIEN - A Descriptive Bibliography"という本に詳しく書かれているそうです。
そして2004年、私が読んでいるところの出版50周年版がでて、話はそこで終わった模様です。この版には Note on the 50th anniversary edition なる文章もあるのですが、私は恐ろしくてまだ読めていません。読んでも判るか自信がありません。
と言う次第で、私はこの巻頭備考を読んでから、ここに何が書かれているのかはっきりさせないと気が済まなくなり、本文には手が付かない状態が長く続いたのでした。
でも、一年十ヶ月経って漸く悟りました。私には無理です。諦めて本文を読みます。
この出来事について書かれたブログがありました。私の文より参考になると思います。
続・トールキン関連本を読む ( トールキン作品のネタバレ有 )ブログより
Annotated LotR !! 米版 50周年記念エディション(近刊)
追記
私が買ったアマゾンkindle版は今年の1月には1300円でしたが、確認したところ2524円に値上がりしていました。なんなの、この超インフレは;^_^A
画像にある本はハーパーコリンズの91年出版のものです。
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コメント
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うう、あまりに壮絶すぎてことばもありません。
そういう苦労があったのですねえ。知りませんでした。
投稿: ムムリク | 2016年12月 4日 (日) 18:37
ムムリク様
私もまさかこれほどすごい話だとは夢にも思っていなかったので、本当にびっくりしました。
言われてみれば誤植は起こりうるだろうなとは思いますが、それでも50年がかりなんて・・・
ほんとびっくりしました(T_T)
投稿: ぽんず | 2016年12月 4日 (日) 20:41