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趣味の変化もクソもなくて、アニメ関連のことだけを書いてるブログになっていましたとさ…

あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第11話(最終話) 「あの夏に咲く花」

■あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第11話(最終話) 「あの夏に咲く花」

脚本:岡田磨里 作画監督:田中将賀、中村直人、本村晃一、山崎秀樹、大舘康二、道下康太、奥田佳子

「超平和バスターズはずっとなかよし」

つまるところ、みんながみんな、自分本位だったわけなんですよね。「めんまのことを考えている」と言っても、それは自分のことを優先して考えた上での願い。自分の願いを叶えたいがための「めんまに成仏してほしい」という願い・・・。めんまの成仏を、自分の欲で都合の良いように願ってしまっていたんですよね。「めんまの成仏のために動いている」という建前はあったものの、結局、みんなの気持ちはバラバラだったわけです。それこそ、めんまが成仏できない理由だったのかもしれませんね。

それぞれが、めちゃくちゃになりながらも自分の思いの丈を打ち明けるシーンは、本当に凄まじかったです。それぞれが自分の格好悪さを告白していくわけなのですが、その全力な格好悪さが何とも涙を誘うのです。特に、つるこの告白には。彼女は、めんまに敵わないのは最初からわかっていたんですね。だからこそ、あなるが羨ましかった。あなるは、ゆきあつの理解者だったから・・・。再会したばかりの序盤で、つるこがあなるに厳しく当たっていたのは、きっとそういった想いがあったからなんでしょうね。せっかく自分がゆきあつの理解者になれたというのに、そこに再びあなるが現れたら自分はどうしようもないのでは・・・という危機感があったから。そう考えるとしっくりきます。これまで、必死に自分の想いを隠し続けてきたつるこだけに、最終話での心情の吐露というのは何ともグッとくるものがありました。彼女はめんまの死にとらわれているわけではありませんでしたが、めんまの死にとらわれている人間に振り回されてしまっている・・・というわけだったんですね。

ぽっぽも、めんまの死にとらわれ続けていて、そこから逃避するために世界中を旅していた。けれども、基地へと戻ってきてしまう。結局、みんながめんまの死の影響を受け続けていたわけだったんですね。あの、神社でのシーンの声優さんの演技には本当に圧倒されました。

では、めんまの願いはというと・・・「じんたんを絶対泣かす!」というものだったわけなのでした。・・・その願いは、既に叶っていたんですね。あとは、超平和バスターズの面々が本当に一つになって、めんまの成仏を願ってくれるだけだったのでしょうか。何と言っても、6人で超平和バスターズなのだから。みんなの気持ちが一つになってこそ・・・だったのかもしれませんね。そこら辺は曖昧で、あくまで推測ではありますが。

そして、じんたんにも見えなくなってしまうめんま。あそこでのじんたんの慌てっぷりから、じんたんにとってのめんまという存在の大きさがよくわかります。そこから、めんまがみんなに宛てた手紙。かくれんぼ。最後の最後でみんなも見えためんま・・・。結末に関しては詳しく書きませんが、ここまで来ると、アウトローなんて必要ないんですよね。ド真ん中の直球ですが、泣けてしまうのです。。。

何と言いましょうか・・・。この作品は、全力で青春してくれたなぁ・・・という気がします。一度失った絆も、絆があった限り、それを取り戻すことができるんだ・・・というのを見せてもらったような。その中で、人間の自己本位な汚い部分も見え隠れしているわけではありますが、そういうのを描きつつも、「青春」というものでどこか綺麗に描けてしまっているところが良かったのです。これが、もっと人間らしく汚く描かれていたら、これほど好かれる作品にもならなかった気がしますし(笑)。自分には二度とできないような綺麗な青春を見せてくれた。自分にとって、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」というのは、そういう作品でした。なんとなく、学生時代の友人に会いたくなったような。

変に理屈づけてこねくり回すより、これくらい素直に想いを書いてしまった方がいい気がしたので、率直に書いてしまいました。学生っていいですし、青春っていいですよね、ホント。

噂を聞くに、大変な現場だったようですが・・・素敵な作品をありがとうございました。


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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第10話 「花火」

■あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第10話 「花火」

脚本:岡田磨里 絵コンテ・演出:篠原俊哉 作画監督:坂崎忠、奥田佳子

「どんどん、終わりが近づいてるような気がして・・・」

この作品の結末は最初から見えているような気がするんですよね。では、その結末をどのような過程を経て迎えることになるのか・・・というのがこの作品の見どころなんだと思っています。そういう意味でも、今回はそれを象徴しているような回だったのではないのでしょうか。いよいよめんまの成仏が近づき、めんまが成仏をするまでに各々がどのように行動を起こすのか・・・というのが何とも切なく描かれているのでした。

強烈だったのが、あの日をもう一度やろうとしたシーン。あんなことを再びやったところで、誰も得しないのは目に見えていますよね。むしろ、みんながみんな傷つくだけ。けれども、やらなければあの日から解放されることなくとらわれたままになってしまう。そのための苦渋の決断だったのでしょうか。・・・いや、ゆきあつの私怨による嫌がらせも入っていたのかもしれませんね。じんたんがめんまのことをどう思っているか、めんまがじんたんのことをどう思っているか・・・それはわかりきっていることだったので、じんたんに恥ずかしい思いをさせたい、と思ったのもあるのかもしれません。

じんたんは止めようとするかもしれないけれども、すべてを決めたゆきあつは、意地でもめんまを成仏させようとした。そう、意地でも。最終話直前になっても、ゆきあつはブレないなぁ・・・と強く感じたのでした(笑)。あのウィッグをクンカクンカしてる変態さとか・・・まぁ、それがいいんですけどね。

結局、じんたんはめんまのことが好きだと告白。ゆきあつも、恋心をつるこに向けることはない。想いが届かない女性二人のシーンはなんとも切なかったですね。特につるこは、その場では感情を顕にはせず、少し後にその感情が表れたシーンが挿入されるから何ともニクイのです・・・。想いも告げられず、恋心がめんまからあなるへと移り変わるゆきあつの姿をただただ見ているだけのつるこは、もしかしたらあなる以上にツライのかもしれませんね。。。

告白をしてしまい、相思相愛だとわかったじんたんは、なおさらめんまを成仏させることを躊躇っていたハズ。花火を打ち上げる瞬間に、その躊躇いを口にし・・・めんまが消えてしまっていたら、それが危うく後悔となってしまうところだったのでした。そうなっていたら、再びじんたんは彼女にとらわれたままだったのかもしれませんね。

そう、めんまはまだ成仏しなかったのでした。・・・やっぱり、花火を打ち上げることがめんまの願いではなかったんでしょうね。けれども、花火の製作によって、めんまの願いにはもう少しのところまで近づいているような気がしてなりません。あとは何が必要なのでしょうか?・・・まだ、めんまが生前にじんたんに伝えようとした「お願い」が明らかになっていないんですよね。これはじんたんの母親と関係が?めんまから見え隠れする母性も、こういう繋がりがあるのかもしれませんね。そして、言いたいことがまだ言えていないじんたん。この二人の残った「何か」が明かされた時、この物語は収束へと向かっていくのでしょう・・・。

そういえば、本間家の母親について触れていませんでしたが、思っていたよりあっさり解決したなぁ・・・という印象です。けれども、よくよく考えてみたら・・・やっぱり家族の問題って家族内で解決するしかないんですよね。外がきっかけだろうが、外からとやかく言おうが、最後は・・・ね。母親一人で背負い込むのではなく「一緒に寂しいと思おう」と・・・家族がちゃんといることに気付かされたわけで。この描かれていた問題解決は納得です。

今回、打ち上げた花火は「龍勢」というものらしいですね。どうしてそうなのかと思ったかと言うと、オープニングコンテでサビ直前に打ち上がるケムリに「龍勢のケムリがのびていく」と書かれていたからなんですが(笑)。まぁ「龍勢」が何たるかはググって下さい。どうやら秩父には「龍勢祭り」というものがあるらしく、そんなところにも掛けられた花火だったんですね。それにしても、久保田誓さん(かな?)による龍勢の打ち上げは、何とも迫力と盛り上がりがあり、そして切なさもあり・・・本当に素晴らしかったです。絵的にも一番の見せ場だったのではないのでしょうか。

今回のコンテ・演出は篠原俊哉さん。今期では「あの花」に「花咲くいろは」に、岡田磨里作品でよく見かけるなー・・・なんて思っていましたが、よくよく考えて見れば「黒執事」や「戦う司書」の監督を務めており、シリーズ構成の岡田磨里さんと何度も一緒に仕事をしているんですよね。それだけ、岡田さんのストーリーを絵に落とし込むのが上手なのかもしれません。

さて、どんなラストになるんだろう・・・と来週が待ち遠しいわけですが、気になる「生まれ変わり」というキーワードが。めんまが成仏して、生まれ変わって・・・・いや、まさかねぇ(笑)。けれども、終わりとしてはしっくりくるような気がしないでもないです。さてはて、いよいよ次回が最終話。どんな結末への道が描かれるのでしょうか・・・!

いやはや、しかしながら「お嫁さんにしたいの好きでしょ?」ってセリフが相当ツボなのですよ・・・。


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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第9話 「みんなとめんま」

■あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第9話 「みんなとめんま」

脚本:岡田磨里 絵コンテ:伊藤智彦 演出:今泉賢一 作画監督:岡崎洋美、道下康太、山本篤史

めんまが自分の存在を証明したことによって、いよいよ動き始めたような気がします。「ロケット花火を打ち上げる」という一つの目的に向かってまとまっているように見えますが、めんまという水滴が落ちたことによって、どこか波紋が広がっているようにも・・・?

ゆきあつさんのスーパー土下座によって、ロケット花火は打ち上げられることに。というか、めんまが存在を証明してから、ゆきあつさん色々と暴れすぎでしょ(笑)。これまで耐えてきたゆきあつさんを誰も止められない!そんなわけで、土下座の図はなんだか不思議と笑いがこみ上げてしまったわけですが・・・それでも、過去に生きてしまっているゆきあつ自身だからこそ説得力があることですよね。・・・と思ってたら、あなるを口説き始めたゆきあつさんにはびっくりだよ!本当にゆきあつがあなるのことを好きなのかどうかは定かではありませんが、「想いが届かない」というあなる境遇に、自分を重ねているんでしょうね。そして、いたたまれなくなってあなるを通して自分自身を励ましている・・・のかもしれません。そう考えると、何となく彼らしいような気もします。

目の前でめんまが好きだったことを土下座で告白され、なおかつ付き合ってみようとあなるに言っちゃってる姿を目撃してしまったつるこさんの不遇っぷりが・・・。そんな二人の姿を見るつるこは何を想うのでしょう。波紋はつるこの涙でもあったわけですね・・・。

そして、ぽっぽにもめんまに対して思うところがあるようで。これが今回で一番気になったところですかね。「あの時、俺のこと・・・」と言いかけていたことを考えると、彼も個人的な何かをめんまに聞いてみたいようなのですが。彼も、過去で背負っている何かがあるのでしょうか・・・?

ラストでは、「めんまがいなくなるなんて絶対に嫌だ!」・・・と、ついに自らの想いを吐露することとなるじんたん。これが嘘偽りのない想いなんでしょうね。いよいよ、成仏させることと、一緒にいたいと思う気持ちの狭間で揺らぐことになるんでしょうね。それが、川に足を突っ込んだときの波紋・・・いや、水しぶき・・・なんでしょうか。グチャグチャな、どうすれば良いのかわからない心境。最後に、めんまの足下に何か気付いたじんたんは・・・決して、川辺に座るめんまのパンツが見えなくてことに驚いたのではないと信じたいものであります。

そんなところで、物語はいよいよ佳境へ。ロケット花火という一つの目的に向かっているように見えて、それぞれがそれぞれのように動き出したようにも見えます。いよいよ、超平和バスターズの面々の、過去にとらわれていた時間が動き出したのかもしれません・・・。


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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第8話 「I wonder」

■あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第8話 「I wonder」

脚本:岡田磨里 絵コンテ・演出:吉村愛 作画監督:荒木弥緒、井口真理子、緒方浩美、斉藤美香

前回、衝撃的な引きだっためんまの母親は、やはり超平和バスターズの面々に憎しみを抱いていたようで。ただ、それは前回予想したような「アンタたちとつるんでなければめんまが死ぬことなんてなかった」というようなものというよりは、「めんまだけを置いてきぼりにして、めんまをダシにして自分たちだけ楽しそうに何かをしていて・・・」といったようなものなのでした。そこで、「まだ一人残ってるもんな」というめんまの弟の存在ですよね。彼の存在こそが、めんまの死にとらわれてしまった母親を解放するキーになるのかもしれません。

そんな母親の心情吐露から、また違った意味でヘビーなあなるの告白へ。ここでの戸松さんの泣きの演技は本当に圧巻でした!人間の醜い部分をさらけ出しつつも、罪悪感に苛まれながら生きてきたことの告白と、じんたんへの告白。泣き崩れるあなる・・・と本当に素晴らしかったです。やっぱり、あなるもめんまの死に伴う罪悪感を背負って生きてきていたんですね。

そこで、「俺だけがめんまに救われて、不公平・・・」というじんたんのセリフですよ。みんながみんな、罪悪感の中で救われずにこれまで生きてきて・・・じゃあ、めんまが見えるじんたんはそれによって救われているのでしょうか?・・・そんなことはないと思うんですよね。むしろ、余計に背負う物が増えているような気がします。見えているからこその辛さ・・・というものは計り知れないものがあると思うんですけどね。重荷が増えている意味で、不公平であることは確かだと思いますが・・・(笑)。

そしてラストには、めんまが幽霊として戻ってきていることが超平和バスターズの面々にも認知されることに?・・・これまで、自分の存在を明かそうとはしてこなかっためんまが、なぜここに来て動いたのでしょうか?それは、これ以上ケンカしているところを見たくなかったからなんでしょうね。自分のことよりも他人のことを考える・・・めんまらしい行動だったのではないのでしょうか。

この存在証明から、超平和バスターズの面々はどう動いてのか・・・というのが次回の見どころですかね。これによって、再びロケット花火を打ち上げることになっていくような気がするのですが、ロケット花火を打ち上げることがめんまの願いではないと思うんですよね。母親を説得して、超平和バスターズがまた一つになって、それぞれがめんまの死によってとらわれたものから解放されることに意味があるような気がします。当たり障りの無い考えですがね。

母親の件→あなるの告白→めんまの存在が・・・という非常に濃い回だった気がします。

止まっていた日記に文字が書き足されたことで、とらわれたみんなの時間も動き出すことになるのでしょうか・・・。


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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第7話 「ほんとの願い」

■あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 第7話 「ほんとの願い」

脚本:岡田磨里 絵コンテ・演出:伊藤智彦 作画監督:山崎秀樹

めんまのほんとの願いとは、ロケット花火で神様にお願いを届けること?自分のことより他人のことばかりを考えるめんまだからこその願い・・・なのかもしれません。けれども、じんたんに内緒で集まろうとしていた・・・という徐々に明かされる過去についても気になるところです。もしかしたら、じんたんには知られたくない願いがめんまにはあるのでしょうか?

しかしながら、どんなときだって自分のことより他人のことを考える・・・というあの言葉は、案外じんたん自身にも言えることなのかもしれませんね。どんな時だって、自分のことを顧みず、他人のために動く・・・というのは。あなるに関する一連のことを見ていてそんな気がしました。だからこそ、じんたんはカッケーんすよ!そして、「もっと自分のこと考えろよ!」はブーメランになるわけですがね(笑)。

工事現場のライトを当てて、じんたんはピカピカに光っている・・・という演出はいいですねぇ。青春とは泥臭いもの!というのが描かれているような気がしました(笑)。なんとなく、考え方が古臭いような気がしないでもないですが、それがいいですよね。

それにしても、めんまって母親っぽいよなぁ・・・と思ったり。じんたんの世話を焼いてるあたりが(笑)。蒸しパンの味が母親みたい・・・というのも何となく引っかかったり。じんたんにとっては、めんまも、母親も両方亡くしているんですよね。その両方を補っている今のめんまの存在・・・というのはあながち、「じんたんの想像」であっても何となく納得できてしまうような気がします。

母親というと、「ふざけてるわね」とめんまの母親が言っているという事実に驚かされて今回は幕引きへ。ただ、気持ちはわからなくないんですよね。「ただ仲が良かっただけの赤の他人に何がわかるんだ」「今頃何をしてるんだ」「今さらになってめんまの死を思い出させて傷をえぐるのような真似をしてくれて」くらいのことを考えていても不思議ではないですよね。なんてったって、血縁なんですから。超平和バスターズがピックアップして描かれているわけですが、考える間もなく、めんまにとって一番近い存在は“家族”なんですよね。超平和バスターズの面々が未だにめんまに囚われているのであれば、家族だってそうであっても何ら不思議ではありません。そもそも、めんまの死の原因は超平和バスターズという存在にあるわけですよね?「アンタたちとつるんでなければめんまが死ぬことなんてなかった」といった具合で恨んでいても仕方はない気がします。そんなわけで、前回のめんまの母親の何とも言えない顔は、そんな複雑な気持ちがあったからなんでしょうね。

ただ、めんまにとって超平和バスターズの存在が大きかったのも言うまでもありません。「今日はみんなとあそびました。たのしかったです」と毎日続く日記の文面を母親も見ていて、それは知っていることでしょう。超平和バスターズの面々を恨んでほしくないのはめんまの願いだとは思いますが、そんなめんまの気持ちが母親に届けばいいんですけどね・・・。とは言え、じゃあ恨むなと言われたところで、死んでしまった事実は覆らないわけですから、母親はそのやり場のない気持ちをどこに向ければいいのかわからなくなるのも事実であって・・・なんとも難しいものだと思います。

いずれにせよ、ここにも一人、めんまの死に囚われ続けている人がいた・・・というわけなのでした。大人、そして家族、というどうやってもじんたん達以上の存在を、どのようにして乗り越えていくのでしょうか。


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