傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧

彼の邪悪な優越

彼はふと彼女に手を伸ばした。彼女はすぐには動かなかった。だから彼はしばらくそうした。十数秒の後に彼女はベルトコンベアに載せられた作りかけの製品みたいに円滑に彼とのあいだに距離を置いた。彼も彼女もそれぞれに狼狽をそのまま表出する習慣を持つほ…

たちの悪い鏡

打ちあわせから戻ったら七尾が彼のデスクの前に立っていたので彼の腹の底に小さな吐き気の種が生まれた。それから七尾の指がデスクの天板に触れているのを見て取った。種が浮上する。七尾はさりげなく背後の自分のデスクに戻る。何か、と不自然なほど遠くか…

悪いお菓子

入社時期が近い十人ばかりと飲んでいて最近どうよと訊かれたのでふつうと彼はこたえる。そっちはと返すとがんばってるようとマキノはこたえてビールをごくごく飲んでいる。両手でジョッキを持って慎重に飲んだりしない。二の腕が太いと彼は思う。二の腕が太…

彼が私を憎んでいたころ

給食のときは机を向かい合わせに移動させる。席順は成績の順で、だから彼の周囲は首位グループだった。ずいぶんと露骨なシステムで、でも十四歳の彼がそれを気にしたことはなかった。マキノ私立はどこ受けんの。彼の隣の高木が言う。高木は誰とでも話す。女…

大人に必要な想像

姉ちゃん俺あれかも、がんとかかも。とかってなによと彼女が尋ねると弟はあっけらかんと、なんか疑いがあるから詳しく検査するんだってさあ、と言う。会社のさ健康診断あるじゃん、毎年受けないと怒られるやつ、あれなんか意味あんのかなって思ってたんだけ…