オペレッタ「赤ずきんちゃん」in 静岡音楽館Aoi。
万年筆の記事をアップしたその夜、息子の勇樹から電話があった。「万年筆、読んだよ。ところでお願いがある…」「うん?なんだ」「4月3日だけどミュージカルに出演するから是非とも観に来て欲しいの」「ええーっ!本当に?」「うん、しかも準主役なの」「そうか、ちょっと体調と相談して出来るだけ行くようにする」。
行くと即答出来ない自分の身体が情けなかったが、その日からこの日の為にコンディションを整え、体重を64キロから62キロに落とした。僅か2キロであるが病んだ心臓への負担は随分と軽くなり息切れもあまりしなくなった。
落語披露の時は体調が悪く行けなかったので、今回こそはと言う思いと「ステージに上がるのはこれが最後」と言う息子の言葉が後押しをしていた。息子がどんな演劇を見せてくれるのか、新幹線の車窓から流れる景色を見詰めながら心が踊った。
静岡の地に足を下ろすのは2011年11月以来5年ぶりの事。会場である『静岡音楽館Aoi』は静岡駅北口から徒歩数分の所にある。ステージ正面にはフランス・ストラスブール\アルフレッド・ケルン社によって建造された高さ8.5m、幅9.5mの巨大なパイプオルガンがあり、その音響効果は最高レベルと世界的な音楽家たちから認められるなど折り紙つきで、クラシックやオペラなどを鑑賞するには理想的なホールとなっている。
開場は13時半だったが、その前から大勢の人の列がビルの外にまで連なり、このコンサートに対する関心の高さが伺えた。チケットが当日購入出来ない可能性があった為、息子が事前に確保してくれていた。開場時間と共に8階へ移動し電話を入れると、「お父さんですね?」と女性の声。その直後に若い女性スタッフが笑顔を振り撒き駆け寄って来て、「勇樹さんからです、お父さんが来てくれると大喜びですよ」とチケットを渡してくれた。
開場から30分も過ぎると館内は1,2階ともほぼ満席。おそらく客数は600人を超えていると思われた。開演14時になると、このコンサートの主幹でピアニストの『呉 恵珠』さんご挨拶。そして第一幕、ソプラノ:渋谷文規による『日本の歌、こころの歌』が始まった。詩人・星野富弘氏の作品に曲を付けた歌曲集である。
呉 恵珠の流れるピアノと透き通るようなソプラノが館内全体を優しく包み込む。マイクなど電気機材を全く必要としない生のステージは初めての体験であった。続いて金子みすゞの詩に曲を付けた童謡歌曲集。ソプラノが五井野百合子に代わった。『こだまでしょうか』など幾つかの作品は私も良く知っていたので、眼を閉じその魂を揺さぶる歌声に聴き入った。
そしていよいよ息子が登場する第二幕、オペレッタ『赤ずきんちゃん』の始まりである。それまでステージ中央に設置されていたグランド・ピアノが隅の方に移動。若い女性のフルートと円熟味のある語り手の登場で劇は幕を開けた。
テンポよく流れるようにストーリーが展開して行く。キュートなバレリーナのステップがステージを一層華やかに盛り上げる。赤ずきんちゃんを演じているのは3人の女の子たち。そして息子が準主役と言う『狼』の登場であるが、なんと1階客席横のドアから登場となった。これには観客も予想していなかっただけに、館内が一瞬どよめいた。私はてっきり狼の着ぐるみかと思ったが、そんな事はなくユーモアたっぷりの尾っぽが可愛かった。
台詞に時々アドリブを交えるなど、その演技には余裕すら感じられたが、本人曰く「満席の観衆を眼の前にしたら心臓がバクバク」だったらしい。そのステージは私の予想を良い意味で裏切り、非常に完成度の高い舞台で、自信を持って人にお勧めする事が出来るほどであった。
館内は携帯・カメラは禁止の為、演技中の撮影が出来ず残念であったが、舞台終了後にロビーにて記念撮影が始まっていて、大勢のファンが息子を取り囲みもみくちゃになっていた。ファンから贈られた花束やプレゼントは腕に抱えきれないほどで、まるで芸能人を見ているようだった。
息子に話しかけようとしたがとてもそんな余裕はないようで、次々とカメラを向ける人たちの応対で舞台より緊張しているようにも見えた。ソファに腰掛けてそんな息子の姿を見ている私に女性スタッフが声を掛けて来る。「勇樹さん、人気者ですから」。その人気を支えているのは、人との繋がりを自分の事より大切にする息子だからと納得していた。
ロビーから人影が消え静寂が訪れると、漸く私の時間がやって来た。スタッフに声を掛け息子について尋ねた。「お父さん、勇樹さんとまだお話ししてないですよね?」「楽屋の方にいますので、今案内致します」。楽屋は7階にあったが、出演者たちで溢れかえっておりとても中で話せる状態ではなかった為、廊下で待った。
暫くすると普段着に着替えて汗だくになっている息子が姿を表す。5年ぶりの再開だ。「父さん、ありがとうね、ホント嬉しかったよ」そう言いながら私の手をがっちり握ってくる。「母さんは来なかったのかな?」「うん、多分ね。確認出来なかったけど」。「素晴らしいステージで感激したよ、とても初めてとは思えない」そんな親子のやり取りを5分ほどして音楽館を後にし、ミュージカルの余韻に身を預けながら帰路についた。
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