回答受付終了まであと2日
社民党がここまで衰退した理由を簡単に教えて下さい 一時期は おたかさん、 マドンナブーム。村山富市さんが内閣総理大臣など それが今では 惨憺たる状態 社民党がここまで衰退した理由を簡単に教えて下さい
1人が共感しています
回答受付終了まであと2日
1人が共感しています
社会党は 左翼の旗印の下 色々な考え方の人々を 集合しました イデオロギーは 同じでも 実際の政治は 異なりました 自民党も 同じようでしたが 比較的に 自民党が「どぶ板」で民衆の言葉を くみ取ったのに 対し 社会党は「労働組合 組織」から抜けきれませんでした その差が 自民党と社会党の差を 分けました 今の 社民党の姿は 明日の自民党かも 知れません
この回答はいかがでしたか? リアクションしてみよう
一言でいえば、社会主義とか共産主義というものが国民の支持を受けることができなかったから。国民は馬鹿じゃない。旧ソ連や今の社会主義国を素直な目で見れば分かるでしょう。分からない人もいるだろうが、それは屁理屈に洗脳された政治音痴。政治はそんなに難しいものではない。何よりも国民の公平な常識的判断の有無が政治を生かしもし頃しもする。
不適切な内容が含まれている可能性があるため、非表示になっています。
社民党はもともと社会党。 名前が社会主義を連想させるのと、様々な政党に分派していく時期に社民党に。 もともとは、自民党が何をするにもいつも障害になる社会党を潰そうと画策。実行したのは中曽根康弘です。 彼が亡くなるすこしまえに、新聞のコラム記事に彼自身がその動機を暴露していました。そんなこと書いてしまっていいのかと? それは、社会党の最大の支持母体は国鉄の国労と動労でした。国労の方が遥かに大きいが、動労は過激だった。動労とは動力車労組です。動力車とは機関車などのこと。 それをつぶすために、国民のサービス向上などをうたい、民営化するとした。会社にすると大きすぎるため独禁法にひっかかるので分割、もちろん、分割することであらたにできる労組が力を持てないようにすることが肝要であった。 公社だからいかんということで、当時の三公社と呼ばれた、国鉄、日本電信電話公社、日本専売公社もついでに民営化されてしまいました。 これにより、国労、動労で過激にやっていた人たちは、辞めさせられたり、関連事業にまわされ、草取りが仕事だったり、ほとんど仕事がなかったり。 岐阜駅では、駅の入り口にチェーン店ではないバーガー店がつくられ、運転士や車掌をやっていたおじさんたちが、マクドナルドの店員みたいな服を着せられてお客さんにハンバーガー売ってましたよ。悲惨でしたね。 最大母体の国労をつぶされ、あとに出来た鉄労は御用組合(会社の言いなり)なので、社会党は一挙に弱体化。それにあわせて、小さな政党が自民党からも社会党からも竹の子のように生まれて、その流れで社会党から大勢が流出。 自民党に迫る人数だった社会党は一挙に弱小政党に転落していきました。 すべては、自民党の画策であり、中曽根康弘が主体となり社会党を潰しました(自身が新聞に書いてるのでその通りなんだろう)
適当な意見がついていますね… もともとの支持母体は労働組合でした。その労働組合が民主党を支持するようになったから。一部の社会党、社民党の人も、村山富市後にも連立政権を維持したことを批判して民主党に移っています。 労働者・市民目線で頑張っている政党ではあるので、さすがにこの支持率は低すぎだろと思ったりします。水道民営化についての国会の反対質疑は素晴らしかったです。
日本史
ログインボーナス0枚獲得!
1文字以上入力してください
※一度に投稿できるURLは5つまでです
※氏名やメールアドレスなどの個人情報は入力しないでください