今年の夏、熱中症で搬送された義母に検査で癌が見つかった。すでに転移があり、今年の冬は越せないだろうとのことだった。
しばらくして、ホスピスに転院する段取りがついたので再び帰省。
幼い子供を連れての移動は大変だったが、私以上に夫の方が辛かっただろう。
夫と義母は折り合いが悪い。
夫はあまり昔の話をしたがらないので、具体的は話はあまり知らないのだが「人間的に合わない」のだそうだ。
地方出身の夫は地元の進学校に進学し、東京の大学に進学した。実家を出たかったらしい。
付き合い始めてから今まで何度か帰省はしていたが、段々期間が空いていき、結婚の顔合わせ以降はコロナや仕事を理由に帰省していない。時々連絡は来るそうだが、何通かに一度そっけなく返信する程度だそうだ。
側から見ると嫌われていると気づきそうなものだが、義母が夫の気持ちをどう捉えているのかイマイチわからない。
久しぶりに会った義母は痩せていた。
挨拶もそこそこに「あなた少し太った?」と言われた。お義母さんは痩せましたね、とは言いづらかったので「産後なかなか戻らなくて」と笑って誤魔化した。
夫が引き払った義母宅からサルベージした宝飾品を渡される。義母が夫に「私にあげて」と言ったものだが、夫は義母から私にて渡した形にしたいようだった。こういうところに、夫と義母の関係が窺えた。
受け取ったもの中には夫の祖母からのものもあるそうで、それなりの品だそうなのだが、私に審美眼がないので古いデザインのアクセサリーに見えた。
何より夫と義母の関係性を思えば、受け取るのも身につけるのもるんるん気分でという訳にもいかない。
ありがとうございます、私も息子のお嫁さんに渡せるようにしますね、と言った。
言葉を話さない息子はご機嫌な様子で面会室を歩き、ソファによじ登っていた。
私が義母と関わったのはせいぜい数時間で、その間にも「こういうところが夫は嫌いなんだろうな」と思うことはあったが、我慢できないほどではなかった。
ある一点での夫の義母への対応を見れば、夫は冷たい息子のように見える。同じ部屋にいると言葉の端々が鋭く、語気が強くなっていく夫。あぁイライラしているな、と思うのだが義母は全く気にしていない様だった。こういうのを鈍感力というのだろうか。
ホスピスの医師に外出していいと言われたから外出したいと地元に着いてから言ったり、私に「あなたのイントネーションって…‥ちょっと変わってるわね」と言ったり、タッパーを買ってきて欲しいと言いながら、どのサイズか聞いても答えずに違うことを話し続ける義母。
私は要領を得ない会話も、デリカシーの基準の違いもしょうがないかなで付き合えるが、夫は義母の言動に一緒に過ごした時間と思い出が透けて見えるのだろう。
夫に「そんな言い方したらかわいそうだよ」とか言うのが教科書的なのかもしれない。
でもその類のことは思わなかったし、言わなかった。自分も夫と同じかそれ以上に、実家と関係が悪いからだ。
お金をかけずに上京できる手段を見つけられたのが私の人生のターニングポイントだったし、その手段を手にできたのが一番の幸運だった。それがなかったら夫と出会うことも、子供を産むこともなかっただろう。
息子を出産した時、実家とは訣別した。息子にも夫にも、この人たちを関わらせたくないと思ったからだ。
私がもう関わらないでくれ、と送った連絡に、母は「疲れているのね」と返事をした。
あぁ私の気持ちは受け取ってもらえなかったんだな、心が冷えていく感じがした。
連絡しないでと言う私と、通勤中に撮った虹の写真を送る母。会いたいという母と、連絡を無視する私。
あるとき×日に会えますか?と連絡が来て、耐えきれずに、こちらは元気でやっているから、そちらも自分の人生を充実させてくれ、私には関わらないでくれ、という内容で返事した。
その×日にインターホンがなったときの恐怖と悲しみ。母からの連絡と同じ数ある小さな絶望。
母は私の話を聞いてはくれない。私の気持ちを分かろうとしてくれない。もうこれ以上付き合いきれない。
そんな私に「お母さんにもっと優しくしてあげなよ」と言った友人の言葉がいかに軽薄だったか。
家族が仲がいいことはいいことだと思うけれど、私はそうなれなかった。
夫も多分同じだから、余計な助言はせずに話を聞いた。
実家・義実家の手を借りずに子育てをするのは大変だと思うこともあるが、都会には様々な事情の似たような状況の人がたくさんいて、そのための支援やサービスがある。
毎日まぁまぁ大変でそれなりに楽しくやっているが、時々不安になる。
自分が母にした報いが、いつか自分に返ってくるのではないか。息子から嫌われて、疎まれるようになるのではないか。
今子供から与えられている愛情が形を変えた時、私は気付けるだろうか。その時に自分を保っていられるだろうか。
義母は浮腫で歩くことができなくなり、薬の副作用か病状か、辻褄の合わない会話が増えたらしい。
死に向かっていく義母。そして母へ。