インド・カナダ論争に於ける米国の二重取引は、デリーとの関係を台無しにする危険性が有る(抄訳)
アンドリュー・コリブコ氏の分析の抄訳。インドとカナダの論争は、米国が関与していたと云う暴露を受けて、インドと米国の対立に発展した。米国のリベラル・グローバリスト派閥はプラグマティスト派閥が計画している印米協力関係を損なおうと陰謀を巡らせているが、これは今後の展開次第によっては世界のバランスを大きく変える危険性が有る。
The US’ Double-Dealing In The Indian-Canadian Dispute Risks Ruining Ties With Delhi
NYタイムズが米国の関与を暴露
21世紀に入ってから米国はインドとの関係を包括的に拡大することに成功して来たが、これは大戦略上の成果のひとつと言える。だが今やそのパートナーシップは両国関係を蝕む不信感によって、その土台が揺らいでいる。2023/09/23、ニューヨーク・タイムズが爆弾レポートを発表したのだ。
U.S. provided Canada with intelligence on killing of Sikh leader
これは有料記事なので、別リンクも紹介しておく。
U.S. provided Canada with intelligence on killing of Sikh leader
US shared intelligence on killing of Sikh leader with Canada
この記事は匿名の西洋同盟当局者達(「ファイブ・アイズ」の諜報共有同盟の関係者と思われる)の発言として、インドがシーク教分離主義者の指導者の殺害に関与したことを示唆する情報を、事件が起こった後で米国がカナダに提供したことを伝えている。情報源はアメリカ人でもカナダ人でもないと言っているので、恐らくはオーストラリア人、イギリス人、ニュージーランド人のどれかだろう。そしてこの事件でインドが殺害に関与している「決定的な証拠」となったのは、カナダ当局がインドの外交官達の通信傍受を行ったことだとされている。興味深いことにこのレポートは、米国がカナダに伝えた内容をインドにも知らせたのかどうかについては何も触れていない。
これに加えて、09/22のブリンケン米国務長官の発言は、ワシントンが、殺害されたのはテロ容疑者ではなく平和的な活動家だったと云うカナダのトルドー首相の主張を支持しており、インドとは安全保障上の懸念を共有していないことを示唆していた。
09/23、カナダ駐在の米国大使が、「この件についてカナダと米国との間で多くの遣り取りが有った」と暴露したことも、米国が或る程度秘密の関与を行っていたことを示唆していた。
また同日、NYTの報告書が発表される直前、インターセプトは「FBIはカナダの活動家殺害後、殺害の脅迫について米国のシーク教徒達に警告した」とも報じている。
これらの展開は、NYTの爆弾レポートを人々が受け入れる土壌を作った。この事件が秘密主義の特徴を備えていることを考えると、この所謂匿名の当局者達が、米国がこのスキャンダルを引き起こす上で果たした役割を隠蔽しようとしている可能性は排除出来ない。
エドワード・スノーデンのリークによって明らかになった様に、米国の情報収集能力は至る所に及んでいる。従ってインドの脅威を疑わせる情報を米国が実際に何か掴んでカナダ側に伝えたのかも知れないと推測するのは、突飛な話ではない。そもそもカナダ当局は何故インドの外交官達をスパイしていたのかと云う疑問も、これで説明が付くかも知れない。米国は独自の「決定的証拠」をカナダに提供したのかも知れない。
情報共有の背後で働いていた力学
この事件の真相がどうあれ、NYTの報道は、米国が秘密裏に或る程度この件に関与していることを確認した。これは、印米両国が過去30年間に亘って努力して培って来た戦略的パートナーシップの精神に矛盾しており、米国の政策決定サークル、特に諜報機関のメンバーの間で、何等かの策謀が有ったことを示唆している。
ここでは詳しく述べる余裕は無いが、現時点では、自分達の所謂「価値観」を他人に押し付けることに執着するリベラル・グローバリストの派閥と、客観的な国益を優先することで多極化に適応することを望んでいる、よりプラグマティックな派閥が対立している。
印米関係のコンテクストに於ては、リベラル・グローバリスト達は、中国封じ込めと云う共通の利益を犠牲にしてでも、ロシアを非難・制裁すると云う要求にインドを従わせたいと考えているが、プラグマティスト達は中国封じ込めを優先したがっている。
6月にモディ首相が訪米した時には、プラグマティスト派閥が勝利したことが示されたが、今にして振り返ってみれば、リベラル・グローバリスト派閥はその背後で両者の絆を妨害しようとと画策していたのだ。
この仮説は「陰謀論」ではない。これには前例が有るからだ。トランプ政権時代、米国諜報機関内のリベラル・グローバリスト分子はイデオロギー上の理由から、トランプが構想していたロシアとの和解を妨害する為に積極的に活動した(所謂「ロシアゲート」)。この時はロシアが標的だったが、彼等は今また、バイデン政権が構想しているインドとのグローバルな戦略的パートナーシップを妨害する為に働いている。
これは米国からカナダに渡された情報も、捏造または操作されている可能性が高いことを示している。但指摘しておくべきなのは、印米関係の将来に関して政策に影響を与える人々の意見が一致していれば、この様なカナダとの情報共有は起こらなかっただろうと云うことだ。6月以降に起こった一連の出来事は、リベラル・グローバリストとプラグマティスとの対立によって説明することが出来るが、これは印米関係の将来について疑問を引き起こしている。
インドは黙っていないだろう
インドの観点からすれば、このスキャンダルによってリベラル・グローバリスト派閥が戦略的パートナーシップを妨害しようとしたことが明るみに出されたので、米国が両国関係について合理的に振る舞う、或いは結束しているとは最早期待出来なくなってしまった。プラグマティスト派閥の影響力は、これまで考えられていた程絶対的なものではなかった。中国に対する共通の地政学的目標追求の為に、イデオロギーの違いを乗り越えて協力を包括的に拡大すると云う合理的な計画は、土台がしっかりしたものではなかったのだ。
米国は殺害事件に関する疑わしい情報をカナダに提供しただけはなく、自分達もまた同じ目に遭うかも知れないと云う恐怖を、米国内のシーク教徒の間で煽った。これはインドとカナダの論争が、インドと米国の論争に発展したことを示している。
これらは全てインドやプラグマティスト派閥の預かり知らぬところで進行していた為、国際関係と国内の政策決定力学の2つのレヴェルで二重取引が行われていたことを示している。
モディ政権はグローバルに重要な大国としてのインドの台頭と、14億の国民の文明的プライドの回復に責任を負っている。従ってカナダとの論争に米国が関与していたとの暴露を受けて黙っている可能性は低い。彼等がどの様に反応するかは不明だが、どの様な行動を選択するにしても、リベラル・グローバリスト派閥による策謀は容認出来ないものであって、今後1世紀を計画している両国の戦略的パートナーシップを台無しにする危険が有ることを伝えるだろう。
それと並行して、学界、市民社会、メディアは、この突然の政治危機に直面して引き続き共同戦線を張り、恐らく当局者達よりも遙かに先行して、米国に対してより厳しい非難を表明することが予想される。これは具体的には、インドがテロ組織と見做している多数の地域組織(多くはパキスタンを拠点としている)と米国との関係を暴露すると云う形を取る可能性も有る。社会と世界全体が、米国の二枚舌の歴史を思い出させられることになるかも知れない。
揺らぐ印米協力の未来
リベラル・グローバリスト派閥が米国の対インド政策の主導権を握れば、或いはプラグマティスト派閥が国内の政策決定力学のコントロールを取り戻すことが出来なければ、1世紀に亘って計画されている印米の戦略的パートナーシップの未来は危うくなるだろう。以前の様な相互の信頼が不可能になれば、米国はパキスタンに軸足を移し、中国との和解を模索する一方で、インドは大戦略を変更してロシアを重視するかも知れない。そうなれば世界全体のバランスが再構築されるだろう。
このシナリオはまだ既成事実と云う訳ではないが、ここ数日間の出来事によって印米関係は甚大なダメージを受けたばかりだ。少なくともその一部が現実化するのを防ぐのは非常に難しいだろう。米国の二重取引は既に合理的で裏表の無いパートナーと云う米国のイメージを損ない、インド人の間に不信感を植え付けている。
これらの傾向が抑制されるか制御不能に陥るか、今後の展開は世界全体にとって極めて重要だ。
The US’ Double-Dealing In The Indian-Canadian Dispute Risks Ruining Ties With Delhi
NYタイムズが米国の関与を暴露
21世紀に入ってから米国はインドとの関係を包括的に拡大することに成功して来たが、これは大戦略上の成果のひとつと言える。だが今やそのパートナーシップは両国関係を蝕む不信感によって、その土台が揺らいでいる。2023/09/23、ニューヨーク・タイムズが爆弾レポートを発表したのだ。
U.S. provided Canada with intelligence on killing of Sikh leader
これは有料記事なので、別リンクも紹介しておく。
U.S. provided Canada with intelligence on killing of Sikh leader
US shared intelligence on killing of Sikh leader with Canada
この記事は匿名の西洋同盟当局者達(「ファイブ・アイズ」の諜報共有同盟の関係者と思われる)の発言として、インドがシーク教分離主義者の指導者の殺害に関与したことを示唆する情報を、事件が起こった後で米国がカナダに提供したことを伝えている。情報源はアメリカ人でもカナダ人でもないと言っているので、恐らくはオーストラリア人、イギリス人、ニュージーランド人のどれかだろう。そしてこの事件でインドが殺害に関与している「決定的な証拠」となったのは、カナダ当局がインドの外交官達の通信傍受を行ったことだとされている。興味深いことにこのレポートは、米国がカナダに伝えた内容をインドにも知らせたのかどうかについては何も触れていない。
これに加えて、09/22のブリンケン米国務長官の発言は、ワシントンが、殺害されたのはテロ容疑者ではなく平和的な活動家だったと云うカナダのトルドー首相の主張を支持しており、インドとは安全保障上の懸念を共有していないことを示唆していた。
09/23、カナダ駐在の米国大使が、「この件についてカナダと米国との間で多くの遣り取りが有った」と暴露したことも、米国が或る程度秘密の関与を行っていたことを示唆していた。
また同日、NYTの報告書が発表される直前、インターセプトは「FBIはカナダの活動家殺害後、殺害の脅迫について米国のシーク教徒達に警告した」とも報じている。
これらの展開は、NYTの爆弾レポートを人々が受け入れる土壌を作った。この事件が秘密主義の特徴を備えていることを考えると、この所謂匿名の当局者達が、米国がこのスキャンダルを引き起こす上で果たした役割を隠蔽しようとしている可能性は排除出来ない。
エドワード・スノーデンのリークによって明らかになった様に、米国の情報収集能力は至る所に及んでいる。従ってインドの脅威を疑わせる情報を米国が実際に何か掴んでカナダ側に伝えたのかも知れないと推測するのは、突飛な話ではない。そもそもカナダ当局は何故インドの外交官達をスパイしていたのかと云う疑問も、これで説明が付くかも知れない。米国は独自の「決定的証拠」をカナダに提供したのかも知れない。
情報共有の背後で働いていた力学
この事件の真相がどうあれ、NYTの報道は、米国が秘密裏に或る程度この件に関与していることを確認した。これは、印米両国が過去30年間に亘って努力して培って来た戦略的パートナーシップの精神に矛盾しており、米国の政策決定サークル、特に諜報機関のメンバーの間で、何等かの策謀が有ったことを示唆している。
ここでは詳しく述べる余裕は無いが、現時点では、自分達の所謂「価値観」を他人に押し付けることに執着するリベラル・グローバリストの派閥と、客観的な国益を優先することで多極化に適応することを望んでいる、よりプラグマティックな派閥が対立している。
印米関係のコンテクストに於ては、リベラル・グローバリスト達は、中国封じ込めと云う共通の利益を犠牲にしてでも、ロシアを非難・制裁すると云う要求にインドを従わせたいと考えているが、プラグマティスト達は中国封じ込めを優先したがっている。
6月にモディ首相が訪米した時には、プラグマティスト派閥が勝利したことが示されたが、今にして振り返ってみれば、リベラル・グローバリスト派閥はその背後で両者の絆を妨害しようとと画策していたのだ。
この仮説は「陰謀論」ではない。これには前例が有るからだ。トランプ政権時代、米国諜報機関内のリベラル・グローバリスト分子はイデオロギー上の理由から、トランプが構想していたロシアとの和解を妨害する為に積極的に活動した(所謂「ロシアゲート」)。この時はロシアが標的だったが、彼等は今また、バイデン政権が構想しているインドとのグローバルな戦略的パートナーシップを妨害する為に働いている。
これは米国からカナダに渡された情報も、捏造または操作されている可能性が高いことを示している。但指摘しておくべきなのは、印米関係の将来に関して政策に影響を与える人々の意見が一致していれば、この様なカナダとの情報共有は起こらなかっただろうと云うことだ。6月以降に起こった一連の出来事は、リベラル・グローバリストとプラグマティスとの対立によって説明することが出来るが、これは印米関係の将来について疑問を引き起こしている。
インドは黙っていないだろう
インドの観点からすれば、このスキャンダルによってリベラル・グローバリスト派閥が戦略的パートナーシップを妨害しようとしたことが明るみに出されたので、米国が両国関係について合理的に振る舞う、或いは結束しているとは最早期待出来なくなってしまった。プラグマティスト派閥の影響力は、これまで考えられていた程絶対的なものではなかった。中国に対する共通の地政学的目標追求の為に、イデオロギーの違いを乗り越えて協力を包括的に拡大すると云う合理的な計画は、土台がしっかりしたものではなかったのだ。
米国は殺害事件に関する疑わしい情報をカナダに提供しただけはなく、自分達もまた同じ目に遭うかも知れないと云う恐怖を、米国内のシーク教徒の間で煽った。これはインドとカナダの論争が、インドと米国の論争に発展したことを示している。
これらは全てインドやプラグマティスト派閥の預かり知らぬところで進行していた為、国際関係と国内の政策決定力学の2つのレヴェルで二重取引が行われていたことを示している。
モディ政権はグローバルに重要な大国としてのインドの台頭と、14億の国民の文明的プライドの回復に責任を負っている。従ってカナダとの論争に米国が関与していたとの暴露を受けて黙っている可能性は低い。彼等がどの様に反応するかは不明だが、どの様な行動を選択するにしても、リベラル・グローバリスト派閥による策謀は容認出来ないものであって、今後1世紀を計画している両国の戦略的パートナーシップを台無しにする危険が有ることを伝えるだろう。
それと並行して、学界、市民社会、メディアは、この突然の政治危機に直面して引き続き共同戦線を張り、恐らく当局者達よりも遙かに先行して、米国に対してより厳しい非難を表明することが予想される。これは具体的には、インドがテロ組織と見做している多数の地域組織(多くはパキスタンを拠点としている)と米国との関係を暴露すると云う形を取る可能性も有る。社会と世界全体が、米国の二枚舌の歴史を思い出させられることになるかも知れない。
揺らぐ印米協力の未来
リベラル・グローバリスト派閥が米国の対インド政策の主導権を握れば、或いはプラグマティスト派閥が国内の政策決定力学のコントロールを取り戻すことが出来なければ、1世紀に亘って計画されている印米の戦略的パートナーシップの未来は危うくなるだろう。以前の様な相互の信頼が不可能になれば、米国はパキスタンに軸足を移し、中国との和解を模索する一方で、インドは大戦略を変更してロシアを重視するかも知れない。そうなれば世界全体のバランスが再構築されるだろう。
このシナリオはまだ既成事実と云う訳ではないが、ここ数日間の出来事によって印米関係は甚大なダメージを受けたばかりだ。少なくともその一部が現実化するのを防ぐのは非常に難しいだろう。米国の二重取引は既に合理的で裏表の無いパートナーと云う米国のイメージを損ない、インド人の間に不信感を植え付けている。
これらの傾向が抑制されるか制御不能に陥るか、今後の展開は世界全体にとって極めて重要だ。
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