エルドアン大統領の「民族統一主義」とそのバルカンへの影響
Bună seara.
ミルチャです。
今回はトルコのエルドアン大統領の「民族統一主義」とそのバルカンへの影響について「前編」です。
なぜ「前編」なのかというと、エルドアンの「民族統一主義」について見ていくとはっきりと輪郭を捉え辛い部分があり、まだ考察を要するからです。
この件は、先月10月16日にエルドアンがトルコのジョージアとの国境に近い町リゼのレジェプ・タイイプ・エルドアン大学の始業式において行われたエルドアンの演説が報道されたことにより、トルコの周辺国とトルコの対外政策に関心のある人たちの強い関心を呼びました。
https://www.tccb.gov.tr/en/news/542/53641/pyd-ve-ypg-teror-orgutleri-pkknin-atigidir.html
このトルコ大統領府の公式HPに掲載された演説内容は、「トルコは常に虐げられた人々、犠牲者たちを腕を開いて抱擁し、同族を孤立させはしなかった。… 我々の物理的な国境は我々の心の国境とは異なる。」という、バルカン諸国その他で拡張主義を鼓舞する際によく聞かされた民族統一主義(irredentism)、「失われた領土を取り戻せ」のレトリックそのままのものです。
具体的な地名・地域について言及されるのは「我々はバトゥーミ(ジョージア領)からリゼを、セサロニキ(ギリシア領)とカルジャリ(ブルガリア領)からエディルネ(トルコ領)を切り離せるのか?… 君たちはトラキアから東欧まで広がる地理のどこでも我々の祖先の跡を明瞭に見つけることができる」の部分などです。
この文言には中東方面の地名も出てきます(省略しました)。上記の地域も含めて、これらは1920年のアンカラでのトルコ大国民会議で決議されたナショナルパクトに基づくものとの見方がなされています。この6つの決定の中の領土に関するものでバトゥーミと西トラキアの帰属は住民投票でなされるとされています。
この点について、ギリシアの報道機関がエルドアンが西トラキアの住民投票を「今呼びかけた」と報道して話題になりましたが、すぐ誤報であるとの訂正がなされました。
http://www.ekathimerini.com/212931/article/ekathimerini/news/erdogans-talk-of-kinsmen-in-thrace-raises-concerns-in-greece
この「構想」に基づく地図(公式ではない)が形を変えていくつか出回っているようですが、その一つはこの記事の中で見ることができます。
http://foreignpolicy.com/2016/10/23/turkeys-religious-nationalists-want-ottoman-borders-iraq-erdogan/
この演説の件でジョージアはトルコ大使に質問し、ギリシアは、エルドアンがエーゲ海東部のギリシア領の島々は昔はトルコ領だと言ったこともありローザンヌ条約を守れと釘を刺しています。
さて、このエルドアンの「構想」ですが、どこまで本気なのでしょうか。本気だとしてそれは実現可能なものでしょうか。
まずこの演説はモスール攻撃を念頭に置いたものであり、攻撃を正当化するためにナショナルパクトを持ちだし、その精神について説明する過程でジョージアやバルカン半島にも言及したという見方もできます。しかしエルドアンは以前からこのような言動を行っており、彼の「あるべきトルコ」の理念はこれに近いものなのかもしれません。
ただ、可能かどうかという点になると、ジョージアやバルカンで軍事行動を起こすには中東方面での軍事行動をまず片付ける必要がありますがこれはそう簡単には終わらないであろうこと、バルカンの隣人がNATO加盟国である以上トルコ(トルコも加盟国ですが)がこの方面でそのような行動を起こす場合NATOが対応するであろうこと、またロシアも黒海からエーゲ海までが戦闘地域になることを望まないであろうことを考えると、かなり難しいと思われます。
特に親露国ギリシアはロシアにとって重要であり、またトルコのそのような行動にはセルビアが強く反発するであろうことを考えると、ロシアはトルコに対し強い態度で臨む可能性があります。ロシアとの和解にかけた熱意を考えるとトルコにとってロシアの意向は無視できないものとなるでしょう。
またエルドアンが行っている粛清のせいで軍が弱体化する危険性も指摘されています。
http://foreignpolicy.com/2016/10/27/turkey-ongoing-military-purge-drives-erdogan-regional-ambitions-mosul/
となると、最後に残る不安定な未来のシナリオは、トルコがこうした国策を追及し西側の手におえなくなった場合です。トルコが西側と完全に手切れした場合バルカン半島にどのような影響があるでしょうか。
その前に、まずエルドアンがバルカン半島のムスリムをどう位置付けているかを考えてみましょう。まずトルコ系住民は、上記のように「心の国境」の中に含まれます。それでは非トルコ系のムスリム諸民族はどうでしょうか。
くだんの演説では、「トルコは西トラキア(ギリシア領)、キプロス、クリミアその他の同族を無視することはできない。我々はリビア、エジプト、ボスニア、アフガニスタンがかかえる問題を放置することはできない。」とあります。前者はトルコ系住民居住区、後段は過去トルコ系王朝の支配下にあった地域とわかれており、ボスニアは後者に入っています。これだけを見ると、トルコがリビアからアフガニスタンまで影響力を行使することは不可能であり、ボスニアがそこに入っていることを考えると、ボスニアのボシュニャク人については考慮の対象に入っていないように思われます。
しかし、エルドアンがトルコの町ブルサで行ったもう一つの演説があります。
http://trud.bg/%D0%B5%D1%80%D0%B4%D0%BE%D0%B3%D0%B0%D0%BD-%D0%BD%D0%B5-%D0%BC%D0%B8%D1%81%D0%BB%D0%B8%D0%BC-%D0%B7%D0%B0-%D0%BA%D1%8A%D1%80%D0%B4%D0%B6%D0%B0%D0%BB%D0%B8-%D0%B8-%D1%81%D0%BA%D0%BE%D0%BF%D0%B8%D0%B5/(ブルガリア語)
ここでは「カルジャリ(ブルガリア領)、スコピエ(マケドニアの首都)についてエディルネ(トルコ領)とは違うやりかたで考えることはできない。それらは我々の魂の一部だ」と強い口調で述べています。さらに「トルコとシリア、イラク、ボスニアとの結びつきはどのようなものか」と述べたり、別の個所ではボスニアをリビアと一つの文章の中で言及するなど、線引きするのがかなり難しいことがわかります。
このようにエルドアンの「あるべきトルコ領土」のヴィジョンについてはおし測りがたいものがあります。
それでは、後編では、仮にエルドアンの構想がバルカンの非トルコ系ムスリム諸民族を含むものだとして、それにどのような影響を及ぼし得るかについて考えてみたいと思います。
モンテネグロの事件の操作が進展していることもあり、後編は次の投稿にはならなこともありますのでご理解ください。
Noapte bună. La revedere.
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モンテネグロでの「陰謀」とロシアの関与、セルビアの動向
Bună seara.
ミルチャです。
今回はモンテネグロ・セルビア・ロシアが絡む事件についてお伝えします。
この件について語るにはまだ十分な情報が出そろっておらず、憶測で語る部分が多くなってしまうのでこれを書くかどうか迷っていたのですが、とりあえず現在までに出ている情報と、それについての(控えめな)論評を書いてみます。
事が起きたのはモンテネグロ議会選挙の日、10月16日。元セルビア憲兵指揮官のブラティスラヴ・ディキッチ含むセルビア国籍数名が、モンテネグロのジュカノヴィッチ首相の支持者を襲撃し首相を拉致するという陰謀を企てたとしてモンテネグロ当局に身柄を拘束されました。
ディキッチは逮捕は不当だとしてハンストを行っている模様です。セルビア政府は事件とのセルビア政府の関係を否定しています。
その後、10月24日、ヴチッチ首相はセルビア国内でモンテネグロで違法行為を企てたとしてセルビア国籍の者数名を逮捕したと発表しました。これはモンテネグロで逮捕されたグループとは別のものであること、これについてもセルビア政府は無関係である、が、ある第三国と繋がりがあるという点に言及しました。
http://www.balkaninsight.com/en/article/serbian-pm-failed-to-explain-coup-in-montenegro-10-24-2016
そしてヴチッチ首相は、モンテネグロでの「陰謀」はセルビアで準備されたものであること、ジュカノヴィッチの行動は絶え間なく監視されていること、セルビアでは「東西の」情報員が活動していること、それに対して対処していく方針であることを表明しました。セルビアとモンテネグロの政治家の関与についてはやはり否定しています。
http://www.b92.net/eng/news/politics.php?yyyy=2016&mm=10&dd=25&nav_id=99497
この件はその後新たな展開を見せました。セルビアの有力紙Danas(ダナス)が、27日、セルビア政府に近い匿名ソースからの情報として、モンテネグロの「陰謀」に関与したロシア国籍の数名がセルビアから追放されたというものです。
この時期ロシアのパトルシェフ安全保障会議書記がインテリジェンス面での協力強化についての協議のためにセルビアを訪問しており、この訪問はこの事件で悪化する可能性のあるセルビア・ロシア関係を修復するためだという憶測がなされました。
http://www.b92.net/eng/news/politics.php?yyyy=2016&mm=10&dd=28&nav_id=99536
ロシア政府はこのロシア国籍者のセルビア追放の件について否定。セルビアのステファノヴィッチ内相はパトルシェフの訪セルビアは以前より決定されていたとしてこの見解を否定しています。
合理的に考えればセルビアがこの「陰謀」を企てたというのは考えにくいです。こんな無謀ともいえる襲撃・拉致を行えば、政府の関与を否定したとしてもセルビアは国際的、わけても欧州内で非常に苦しい立場に追い込まれ、それはセルビアの西側・ロシアと等距離を置くという基本スタンスにもとるものとなります。
確かにモンテネグロはNATO加盟を目前に控え、実現すればセルビアは事実上NATOに包囲されることになります。セルビアはNATO加盟志向の立場ではなく国民には反NATO感情が根強いですが、今現在NATOとの関係が悪化しているわけではなくむしろNATOもセルビアとの良好な関係を重要としています。
考えられるのは、やはりロシアの思惑でしょうか。セルビアをバルカンにおけるロシアの「橋頭堡」としているロシアにとってセルビアのNATOによる包囲は好ましいものではない。モンテネグロのアドリア海の港湾(コトル、バール)も魅力的である。ロシアはベオグラードとモンテネグロのバールを結ぶ鉄道修復に投資するなどモンテネグロの動向を重視してきました。もちろんNATO加盟には強く反対の意向を表明してきました。
モンテネグロ国内のセルビア系は概ね政府に対し反抗的です。ジュカノヴィッチ退陣とNATO加盟への反対を主張するデモではセルビア国旗とロシア国旗が振られました。
今までセルビア人とモンテネグロ人は武力紛争を起こすまでに関係悪化したことはなく、ユーゴ連邦崩壊までセルビアとモンテネグロの関係も概ね良好でしたが、セルビア系の反政府の姿勢が政府との衝突を招き、それが民族関係を損なうということは考えられうることだと思います。
今バルカンでセルビア系が絡む武力紛争が起きれば、それはロシアにとって都合の悪い話ではないのです。先日のワルシャワサミットでの決定通りNATOはバルト方面と黒海方面での前方展開の強化を行っています。その裏側の西バルカンでの武力紛争はNATOにとって厄介なものとなります。武力紛争単体でも厄介ですが、ロシアがセルビア系保護を名目に紛争地に部隊を派遣でもすれば、ロシアとの全面対決を避けたいNATOとしては90年代のような手荒な手法で紛争解決を行うことはできなくなります。紛争が長期化すればバルカンの他の地域も連鎖的に不安定化する可能性も出てきます。
今回の件ではセルビア政府内での亀裂という危険性も考えられるかもしれません。10月30日、ヴチッチ首相の自宅近くに止めてあった車の車内からRPG、手榴弾、銃弾が発見されました。
http://www.b92.net/eng/news/crimes.php?yyyy=2016&mm=10&dd=31&nav_id=99547
この件を、国外の情報機関の活動を抑え込むのに積極的な(少なくともヴチッチの声明から見るに)ヴチッチ首相への恫喝だと考えることも可能かと思います。セルビア内務省は「こちら側」でしょうか。
ただし、冒頭で述べたようにまだ情報が少ないので、今のところ「推測」しかできない段階であることをご理解ください。
ともあれ、モンテネグロがNATO加盟を目前に控えた今、ロシア(とセルビアのモンテネグロNATO加盟を望まない勢力)の行動が激化することは考えられます。
9月11日、モンテネグロのコトルで「バルカンコサック軍」が設立されました。指導者のザプラチン氏はロシア人でソ連崩壊後様々な紛争で転戦してきた人物です。設立式には記事によればバルカン諸国の26のコサック集団の代表とロシアの政権寄りバイカー集団「夜狼」のメンバーが出席しました。
http://www.rferl.org/a/balkans-russias-friends-form-new-cossack-army/28061110.html
コトルでは警察が強制捜査で銃器、弾薬を押収する事件も起きています。
http://www.cdm.me/drustvo/hronika/kotoranin-u-kuci-i-stanu-krio-vatreno-oruzje-i-municiju
今後とも目が離せない状況です。
今回はこんなところでしょうか。
Noapte bună. La revedere.
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中東情勢悪化の東欧への影響
すぴかです。
油断していたら今日もまた暑さがぶり返して体の腐敗具合が…
さて気をを取り直して本題です。
中東情勢が悪化していますが、今回はこの件と絡めて露の地政戦略と東欧への影響について考えてみたいと思います。
何を争点にして争ってるのかわかりづらい今の西側と露の火花散らしを理解するには、冷戦終結からウクライナ戦争勃発までの西側・露関係を簡単にでも通して見る必要があります。ただ理解したとしても今の争点がはっきりしないのは変わらないので何をどうすれば事態が収拾するのか見えてきません。
2008年のジョージア戦争も2013年のウクライナ戦争も西側の地政学的攻勢に対する露のリアクションです。つまり露をその国境にまで封じ込めるのが西側の目標であり、それが今の「新冷戦」の原因(戦争目的)になっているのですから、露が完全に弱体化されて国境の中に封じ込められるまで「新冷戦」は終わらないということに論理的にはなります。ただそれは不可能であるとしか思えないので、今の状態が延々と続く中でウクライナやシリアのような泥沼があちこち口を開けていくことになると思います。
事実上、この「新冷戦」には落としどころがないも同然です。
露が西側に対し敵対的でなかったころから西側は露に対し地政学的攻勢をかけているわけですし、露にしてみれば今和解してウクライナ戦争前の状態に戻ったとしても意味がないと思えるわけです。
私のツイッターアカウントのTLにいる露を非難中の欧米人さんたちは一体どのような状態になったら「新冷戦」が収束したと宣言するのでしょうか。露が国境の中に押し込まれて周囲にソフトパワーすら行使できない状態になったら、でしょうか。
こう考えると露が中東に突っ込んだのは賢い選択だったかと思われます。旧ソ連圏で泥沼になって一方的に血を少しずつ抜かれてる状態だったのが一気に西側を困難な状況に追い込んだ観です。
やはり露にはそういう認識があったのかもしれません。中東に突っ込むまではNATOの壁の外で巨大なヒルどもに体に吸い付かれて吸血されもがいてるだけの状態だったですし、それを認識したからこその中東かきまわしでしょうか。
西側諸国を直接消耗させる瀉血の地政戦略は使えないにしても、露は別の場所で西側を地政学的に困難な立場に追い込んで疲弊させることはできるでしょう。
それらの成果が大きければわざわざバルト海やバルカン半島で冒険に出るモチベーションは低下する思います。
露の地政学思想に影響を与えているといわれるドゥーギンの思い描く世界地図を考えるとこの地域に対する危険は消えていないとも思われるのですが、今の露の国力では中東含むユーラシア方面に努力を集中していれば、欧州方面に相当のパワーを割ける可能性は無くなります。
ただ、以前から書いているように地政戦略的防勢のために東欧地域で遅滞行動を行う可能性はまだ消えてはいないと思います。まだまだ注視が必要です。
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ロシアのバルト海方面での活動について小考察
Dobry vecer!
エリシュカです。
米・フィンランド間で防衛協定が締結されました。
http://www.defmin.fi/SOIこれ自体は見たところそれほど突っ込んだ内容ではないと思われますが、この時期にフィンランドを領空侵犯した露軍機の行動はこれに対する牽制という見方をされています。
http://www.reuters.com/arti…/us-finland-russia-idUSKCN1270IDエストニアのほうはウクライナ国防省の訪問とも重なっているようです。
このこと自体は特筆されるべきものはないと思いますが、少々露にとってのバルトでの行動の意味を考えてみたいと思います。
「露は黒海と同じようにバルト海もコントロール下に置こうと望んでいる」
http://news.err.ee/v/news/2bd72ff4-396e-4e61-897a-d8bfe903e6c8/terras-russia-demonstrating-wish-to-control-baltic-sea-area
しかしバルト海の状況だけ切り取って見ればそう思えるのでしょうが、ロシアはバルト海を取ることにまでを含めた地政戦略は持っていないというのが私の以前からの見方です。
バルト三国を疲弊させるという成果が出ない限り露のバルト方面での活動はこれら諸国の防衛力強化を促進させているだけです。一つの場所で長期間同じように圧力かけていたら累積的に相手方の防衛力が強化されて結果何もできなくなるだけですし、やはりここは真正の戦略的正面ではないと思います。
露のバルト海での強みはスヴァウキ地峡の締め付けとカリーニングラード以外にスウェーデンとフィンランドがNATO加盟国ではないことですが、両者は長期にわたる対峙でNATO寄りになっています。相手方陣営を一枚岩にしているだけです。
なのでユーラシアなど他正面、欧州だとバルカンに手を付けるために西側の努力をここに集中させる意図があるようにしか思えません。本当にここでやりあう気があるとは思えないというのが私の見解です。
ただ、ロシアの戦略文化ついての考察も必要なので今後はより深い読みをしていきたいと思います。
今回はこんなところでしょうか。
それでは、Na shledanou!
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西側の南東欧地域の管理についての評価
お久しぶりです! すぴかです。
このところ大分涼しくなって体の腐敗もひと段落していたので油断していたのですが、先日の夏の戻りで少々大変なことになっていました(笑)
今回は南東欧地域を大局的な観点で、具体的には西側の南東欧地域の管理について私なりの評価を行いたいと思います。
今回はまずこの記事について。
https://www.washingtonpost.com/news/monkey-cage/wp/2016/09/19/heres-how-russias-trying-to-sway-opinion-in-serbia-and-the-balkans/?postshare=5131474475459613&tid=ss_tw
ロシアの影響力のバルカンへの浸透についての記事。ここでは露のバルカンへの浸透の努力を行っている理由として、ボスポラス海峡を手中にすること、従前からある汎スラヴ主義を上げています。
話は前後しますが、現在NATOが対露安全保障でもっとも力を傾注しているのはバルト地域です。
この記事はエストニアにおける露の情報戦について。
http://www.jamestown.org/single/?tx_ttnews%5Btt_news%5D=45780&tx_ttnews%5BbackPid%5D=7&cHash=9364caa1acbd17bb7bad9966915e6621#.V-lVX-T_rIW
この記事はエストニア国内の露系に対しエストニア当局に対する不信感を醸成する例をとりあげています。このサイトによるプロパガンダについて。http://www.rubaltic.ru/
露がバルト方面に本気で進出する気がなくユーラシア方面を正面としているとしても、NATO加盟国内で厄介な民族紛争を起こして露系弾圧を「糾弾」しモラル的に優位に立とう(少なくともウクライナ侵攻で受けた侵略者の汚名を相殺)とすることは十分考えられます。
さらに露がそうした行動を行ってバルト諸国がNATOに5条対応(集団防衛行動発動)を求めた場合、NATO加盟国内で不協和音があるならばそれを侵略と認める過程が長引くことも予想されます。NATOは公式にはハイブリッド戦争を侵略と認定すると言っているもののこうした事態は判断が難しい故。
さらに、ここで深刻な民族紛争起こせば、ユーラシア方面が正面だとしても後方の安全確保のための遅滞戦術として有効でしょう。
しかし、だからといって露のバルカンに対する脅威は小さいとは言えません。NATOはバルカン地域を楽観しすぎていると思います。NATOのバルカン内陸部・西部における守りは脆弱と言っていいでしょう。
先程書いたようにバルト地域も懸念されるとはいえNATOはバルカンにおいては従前からの安定化活動を継続している以外はせいぜいブルガリア・ルーマニアを黒海での活動のための基地として認識しているだけとしか思えません。
まあ先の露のバルカンへの影響力浸透の記事ではルーマニアがあの重要な地政学的位置にあるのに反汎スラヴ主義であること、ブルガリアのマケドニア問題における姿勢についての言及がありませんが、露の目的の一つであるボスポラスの奪取についてはギリシアが親露、トルコも対露宥和姿勢でという現況では一笑に付せません。
先日、ヴチッチ・セルビア首相は国連総会で「セルビアはバルカンの安定の柱である」と演説しました。地政学的な意味に加えセルビアの中立政策、さらにクロアチアなど歴史的に不仲な国とも関係悪化しこそすれ危険なほど事態をエスカレートさせない点についても今の政権は評価できます。
http://www.b92.net/eng/news/politics.php?yyyy=2016&mm=09&dd=23&nav_id=99295
また、事務総長含むNATOのトップとの会談でヴチッチ首相は「ロシアのバルカンへの影響についても語ったが我々には我々の問題がある」。
http://www.b92.net/eng/news/politics.php?yyyy=2016&mm=09&dd=22&nav_id=99285
バルカンに現時点で存在する諸問題に真剣に取り組むだけでも露の影響力強化を抑えることができます。西側はこの点について真剣に考えるべきだと思います。
しかし西側がこのバルカン安定のために重要なセルビアを完全に取り込むことは不可能な状況となっています。
内部事情の話は置いておくとして地政学的にはセルビアを置いて先にクロアチアとアルバニアをNATO加盟させてしまったのはまずかったというのが私見です。1999年の空爆、コソヴォの事実上の喪失に対する一方的な被害者意識からのセルビア人の反NATO感情について深刻に受け止めていたとは思えないし、それが中長期的にセルビアの対西側政策にどのような影響を及ぼすかについて考えるべきだったでしょう。今のセルビアはスルプスカ共和国もふくめてNATOに包囲される形になっており(モンテネグロが入れば完成)、第二次大戦当時の状況をセルビア人に思いださせるような格好になっています。
西欧諸国の防衛担当者の腹の中で考える南東方面の防衛ラインとNATOの領域とは今一致しているのか、一致していないのならばそれはどのあたりなのでしょうか。
これはあくまでも私見ですが、NATOがこの地域に対する露の浸透に対して鈍感と言えるほどリアクションがないのは、もうNATOはバルカン放棄を考え始めている証左ではあるかもしれない。自分はわりと本気でこれを考えています。もちろんバルカンを失えばNATO主要国のすぐ近くにまた厄介な紛争地帯ができるのみならず黒海・コーカサス・中央アジアへのアクセスを完全に失うことになりますが、パワーがないのではどうにもなりません。
露のバルカン進出にも課題はあります。マケドニアはブルガリアの失われた領土だとするブルガリア、マケドニア人はギリシア古来の領土マケドニアの場所ふさぎをしているけしからんスラヴ人とするギリシア、ブルガリアとギリシアに反発するマケドニア、ロシアはこの三者を親露国として取り込むならこれを抑え込む影響力を持たなければならないでしょう。これは今後の東西の力関係の動向次第だと思います。
今日はこんなところでしょうか。
では、また。
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