ランチ・パーティーは各人の結婚観ないしは結婚生活についての会話で和気あいあいと過ごされました。有志に手作りでかなり大きなケーキを焼いてくれたくれた人がいました。生クリームとパールの砂糖菓子で覆われた真っ白なケーキは、豪華に花束で飾られていました。みんな最初、花束は造花だと思ったのですが、本物の生花でした。茎の根元が水を満たした鞘でおおわれ萎れるのを防ぎ、ケーキに刺してあったのです。しかも中身はチョコレート・ケーキですから、とってもオサレな上においしいのです。こんなケーキを作ってくれる人の凝り様もすごいのですが、パーティーの最後に、独身の女性群が一列に並んで主役の女の子が後ろ向きに花束を放り上げ、女達の嬌声のなか、その中の一人が花束をはっしとキャッチして、次の花嫁となるべくパーティーは締めくくられたのでした。

それで大変印象深かったのは、日本と違って、女性の社会進出がすっかり当たり前になっている米国の職場での、女性の結婚に対する並々ならぬ関心でした。未婚者のみならず既婚者もです。ヒスパニック(スペイン語を話すスペイン以外の国々、中南米の人)系の秘書さんがおられるのですが、たとえばメキシコ人の文化は昔の日本風で、肝っ玉母さんタイプの働き者で包容力の高い女性に、親分子分みたいな縦関係の強固な男社会です。その普段は暖かく陽気なタイプの女性が、夫に腹が立つとご飯を作らず、キッチンをピカピカにして無言の抗議に出るのだそうです。「子供のご飯はどうするの?」と、他の一人が聞くと、「旦那が面倒をみる」ことになっているのだそうです。普段がとてもあったかい雰囲気で面倒見が良いので、ピカピカで食べ物の気配の無いキッチンというのは、旦那にしてみれば、さぞかしホラーじゃのぉ、と想像してこちらの方が寒くなったのでした。この秘書さんは他にもあれこれ結婚生活について指南していました。

一方、米国の南部のある地域で育って、今二十歳そこそこの人が、彼女の高校では卒業と同時に結婚する人がワンサカいたというので、「親か年長者が仲介する、お見合い結婚なのか」と聞くと、そんなものはないと言って笑われました。つまり高校卒業までに恋愛して、卒業と同時にゴールインが普通と言う地域があるわけですね。それを聞いてドイツ人の大学生が、ドイツの彼女の周りではみんな大学に進学し、生涯の伴侶を選ぶなどと言う考えは彼女くらいの年では想像もつかない、どうやって相手を見つけたらいいのか、どのタイミングで結婚したらよいのかわからない(だから心配というニュアンスを感じました)、と言いました。ユダヤ系の女の子は、若い女の子らしく結婚生活にとても憧れを持っているようでした。

するとアフリカ系の秘書さんが、黒人社会における結婚、家族に関する熱弁をふるったのでした。

黒人には、シングル・マザーがとても多いのです。テレビのドラマなどを見ていても、黒人のカップルは、盛大にけんかします。どうも男性には家庭を持つということに無責任な人が多く、女性とそれなりの関係になってもマジメに家族を作って暮らそうとしない人がかなりあるようです。一方、女性は子供ができると、果敢にシングル・マザーとなってでも、子育て、日々の糧を得る為に健気に働く人が多いのです。日本と違ってアメリカでは、ある女性が強い人だという評価は皮肉ではなくポジティブで、さらに黒人社会では、特にほめ言葉のようです。家庭を作るということに関して男性が当てにならないので、家族の維持、子供を育てるためにも、女性は強くなければならないようです。日本風のかわいい妻は全く通用しないように見えます。

ところで、母子家庭が普通ということになると、家庭における父親像というのが、なんだかわからなくなってしまうのですね。これは後々の世代にも影響を及ぼします。とくに男の子を持つシングルマザーは、男の子をどう躾けたらよいのか、成人男性のあるべき姿とは何なのか、子供に伝えることができなくなってしまったのです。

そこで結婚して家庭を持つという、人生の一大事には違いありませんが、普通の生活と人々が思っていることが、その黒人の彼女にとっては、ことさら難題なのです。



<つづく>