2025-02-05

堀江貴文はなぜ「境界知能」をターゲットにするのか

 堀江東大中退で知られており、学力ポテンシャルで言えば同学年の上位0.3%に当たる偏差値80相当の人間である経済的にも成功している。その立場からすれば、「境界知能」などというマイノリティ知的弱者仮想敵にしなくとも、世の中の大半の人間を「愚民」と見下していても誰もあえて疑問には思わないだろう。それが「境界知能」を連呼執拗に敵意をむき出しにすることに、倫理的問題以外にも言い知れぬ違和感を受けるのは増田だけだろうか。堀江立場であえて「境界知能」をターゲットにする異質性心理分析簡単にまとめる。

 

そもそも境界知能」とは

 境界知能とは、IQ分布において平均-σ~-2σの範囲を指す概念である。その定義から統計的にそれなりには数のいる存在であり、正規分布に則れば7人に1人ほど存在する。小中学校の各班に1人いるかいないかくらいの「ちょっとトロい」くらいの人間を指す。

 これを、同じように統計的概念である偏差値に置き換えるなら、偏差値40~30に相当する。IQテスト偏差値をつけたとき、だいたい偏差値30台に当たるのが「境界知能」という概念だということだ。

 そのことを踏まえると、堀江行為は(テストの種類が違うものの)偏差値80がわざわざ中間層をすっ飛ばし偏差値40以下のマイノリティ執拗に敵視するという非常に奇異な現象になる。この異質な心理可能性を以下に3つ上げる。

 

可能性1: 知的中間層を煽るための意図的な犬笛である

 可能性としてもっと合理的ものは、堀江がすべて理解した上で、自分の「金づる」層である、そんなに成功してもいないがプライドだけは高く、見下せる相手を常に探している知的中間層を手なづける手法として、意図的マイノリティの「境界知能」をターゲットにしているという解釈である

 この場合論理的には何も矛盾は生じなくなるが、堀江という人間人間性の評価がこれまでにもなく下がることになる。これはナチス極右政権大衆を操るために弱者をあえて「敵」という凶悪存在にしたてあげ、攻撃をあおるのとまったく同じである人間として最後倫理観も投げ捨てた存在に成り下がる。

 

可能性2: IQに引け目がある

 これはたまたまなのだが、増田はもう何年も前に、テレビの「大規模IQテスト」的な企画に参加している堀江を見たことを覚えている。その番組では、堀江は100そこそこのIQという結果になっており、IQ学力はあまり関係ないんだなあと、受験を控えた増田勇気付けられたものである

 さて、仮にこの番組、あるいは番組外でのIQテストの結果に堀江自信も何らか思うところがあって、「自分は平均的な知能である」ということに他人想像する以上のこだわりを持っていたらどうだろう。もしかすると、堀江は「自分は平均的な普通人間なのだから自分理解しないのは異常な、少数の特に知能の劣る相手でなければならない」というコンプレックスといえるまでの卑屈な考え方をしている可能性がある。先の例で言う「知的中間層」に、無自覚に心からシンパシーを抱いているということになる。

 しかしその場合、なんという惨めな話だろう。堀江の経歴をもってして、そこまで卑屈に考える必要があるのだろうか。病的と言えるまでの深層的な自己評価の低さがあるのかもしれない。

 

可能性3: ボケ

 第三の、あまりありそうでもないように思えるもののなくはない可能性は、このような論理的思考回路がもう既に堀江の脳には一切残っていない可能である自覚的言葉を曲げてるわけでも、病的なコンプレックス盲目になっているわけでもなく、「境界知能」のような少数弱者に対して自分のような成功した立場からかように執拗攻撃を繰り返すことの異常性に、客観的にまったく気づけないという可能である

 「境界知能」のような科学的に定義のあり、統計的に必ず一定数出てくるマイノリティ異次元存在のように悪魔視、あるいは単に自分敵対者に対する口触りのいいレッテルとして連呼して、恥も何も感じないほど知性というものに対する鋭敏さが鈍ってしまったのだとすれば、かつての時代の寵児としてそれはとても悲しいことである

 

まとめ

 まとめると、堀江の「境界知能」連呼には、倫理的問題もさることながら、堀江の経歴から発される言葉としては群を抜いて異質なものがある。これが「明確に憎悪煽動意図したもの」なのか、あるいは「異常な自己評価の低さから来るコンプレックス的な反応」、また「鈍りきった知性」、いずれから来るものしろ堀江貴文という人間の経歴全体を見てもとてつもなく大きな問題の発生を感じさせる。

 やってることを単にそのまま表現すれば、しつけの悪い小学生が、それがどれだけ重い言葉かもわからず「○イジ」などの差別語連呼するのとまったく変わらない。ただ、今は「その言葉」は放送禁止用語などになっていないというだけの話である。それをこのような立場で、公の場でこれだけ平気で繰り返すということの異常さに、堀江本人、そして堀江の回りの人間堀江批判者、みながあまりにも反応が鈍すぎやしないかと思う。

 それとも、もう日本全体から、これがどれだけタガの外れた行為かを感じとるようなセンサーが消え失せてしまったとでも言うのだろうか? 日本の「知性」の誠実さが問われる。

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