傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

学校のメダカ あるいは闘争の経費

 若い女性の先生は絶対イヤでしょう。ストーカーがついたらどうするんですか。いや若いとか関係なく女性の先生はイヤでしょう。

 勤務先の大学の定例の会議で「その他」として出た議題である。本学では人事があるたびに教授会で履歴書と業績一覧が提示されるのだが、そこに住所がそのまま書かれているのが問題だというのが、このたびの発議だ。なお、人事はしょっちゅうある。正規の教員の新規雇用だけでなく、非常勤採用も定年後再雇用も名誉教授任命も大学院兼務も、もちろん准教授昇任・教授昇任も、教員の肩書きが動く話はぜんぶ含まれるからである。つまりこの場の全員の履歴書がかつて回覧され、そしてほとんどの場合、いずれまた回覧される。
 さて、とわたしは思う。どうするかな、これ。
 わたしは一般的には若くない年齢の、女の教員である。ただしこの会議のメンバーの中では相対的に若い。
 顔を動かさずに視線を走らせる。年配の女の先生が、半白髪を人差し指で梳きながら、軽い口調で発言する。
 あのねえ、わたし前の大学で見たことがあるんです。男性の先生でね、履歴書のマンションの名前を会議後に検索されて、「へえ、あの人けっこう住宅費節約してるんだ」なんて噂されてたの。下世話よねえ。
 空気が少しほぐれてざわつく。
 そんな話、廊下でしちゃダメでしょ。
 彼女は言い、そりゃそうだと皆がうなずく。わたしの隣の教員が眉間に皺を立てた深刻そうな顔のまま、ごく小さい声で「ガバガバガバナンス」とつぶやき、わたしは必死に笑いをこらえる。「自分はおじさんになったからおやじギャグを言っていいんだ」と思ってるだろ。ずるいぞ。わたしだって同じこと思いついたのに。
 規則の改変は面倒、それ以上に慣習の修正は面倒で避けられる傾向にあるが、この件はそのまま通すことになった。

 あの人もねえ、他人事として精査させれば何が問題かわかると思うけど、昔っから、まー、自意識がクラシックな人で、男がプライバシーに過敏になるべきではないし自分はもちろんそうではない、という思い込みがあるのでしょ、それでああいう物言いをするのでしょ。昨今はそういうの何ていうんだったかしらね。
 例の女性教授が言う。わたしはこういうとき、自然にこの人の研究室についていき、立ったまま少し話す。
 「有害な男らしさ」です。わたしがこたえると、そうねえ、と彼女は続ける。
 身体を壊すまで働く、援助を希求できず自殺する、というような深刻なレベルでなくても、イヤなことをイヤと言えないのは自分に有害だし、「女の人はイヤでしょう」と自分が属していないほうの性別だけの話におさめて、「女性への配慮のため、組織がコストを支払います」とするのは他者への有害性だわね。言うまでもなく性差別です。
 そう、この人はこれくらいのことは日常的に言うタイプなのである。その人が会議の場ではああいう具合に丸めておさめるのはどう見てもケアで、同じ業務内容の労働者なのに女性が男性をケアしている構図になって、わたしはそれが気持ち悪い。でも同時にありがたい。自分が矢面に立って「なぜ女性に限った話になるのですか?」と問わなくても済んだことが、ありがたい。
 わたしがそのような話をもごもごと語ると、彼女は言う。
 そりゃ、あなた、わたしが今たまたまそういう係だからですよ。

 小学校のメダカの飼育係みたいなものです。わたしは「今学期の飼育係」をやっている。職場でのポジションと気質の上で無理がなくて、係が回ってきたからやっている。メダカアレルギーならやらなくてよろしい。ゆくゆくはクラスで話し合ってメダカは中庭のビオトープで飼ってもよろしい。それだけの話です。
 あなたはわたしがその係をしていることを理不尽だと思う。女だからよぶんな調整業務が発生しているのはもちろん理不尽なことです。あなたはそのように思って、自分の今の立場でできることをする係。議題を提起した彼は「全員イヤなことだし変えたらいい」という結論を受けて、自分が「女性はイヤでしょう」と言ったことを意識する係。
 イジメの道具として飼育係が押しつけられて囃されるクラスなら、わたしはもちろん明示的に戦いますよ。でも今回はおそらくそうではない。そういう時には「なぜこの係があるのか」を全員が考える確率を上げるほうがいいとわたしは判断している。つまりそちらのほうが、男性特権の解体により有効な闘争の手法であると。そのための経費は払います。払える範囲でね。

 わたしはほんのちょっとだけ泣きそうになる。それから言う。わたし、次、飼育係、やります。先生が定年しちゃったら。