傘をひらいて、空を

伝聞と嘘とほんとうの話。

2025-01-01から1年間の記事一覧

緑のベストのサンタクロース

サンタクロースを見た。おそらく本物である。 東京の年末はいいものだ。 わたしがそう感じるのは、年末年始にしなければならないタスクがなく、気詰まりな予定もない、暢気な立場にあるからだろうか。甥姪にお年玉を用意したのはもうずいぶん前のことで、自…

わたしの人工的な帰省

「帰省」の準備をする。 友人たちに連絡を取る。幸い、仲の良かった全員と会えそうだ。といってもわたしを入れて五人だけだから、全員集合が非現実的というわけではない。 とはいえ一人とは五年ぶり、わたし自身も帰るのは二年ぶりだから、貴重な機会ではあ…

愛された人

お話、二つとも、愛情の対象が怖いやつですね。こういう男やこういう女になるのが怖い話でもある。 かっこいい叔父さん、将来こうなりたいような男だった叔父さんが、ろくでもなかった話。 愛してくれるはずって思い込んでた母親のはずの人が、生んだ子ども…

美しい人

あら、ちゃんとオチのついた話じゃないの。傅かれる「家長」になるという誘惑、ってとこかしら。田舎の旧家の親戚がいる男性らしいお話だわね。 ああ、わたし、この人の連れあいです。 その感じでいくなら、わたしが怖いのは美魔女的な人かな。 いえ、美容に…

特別な人

怖いものの話をしましょう。 私の隣に座っている、はじめて会った人が言う。マッシュというのだろうか、今ふうの髪型に若白髪としては多めの白いものがまじり、つるりとした白面に手ばかりが老人めいて筋ばった、声の低い人である。 山から帰京する車の中で…

バカの読書

私の読書は「バカの読書」である。 そう名づけたのは学生時代にアルバイトをしていた家庭教師派遣事務所の経営者だった。本人はよほどの依頼でないと家庭教師業務をしないと聞いていたが、出入りする者はみな「先生」と呼んでいた。 先生は専門でも何でもな…

あなたが宇宙で五百二十日を過ごす条件

人類が火星に行くために、閉鎖環境で五百二十日過ごす訓練をした人たちがいるんだってさ。どう、そういう話が来たら。来るわけないけど、来たとしたら。 そう言われて、頭の中で宇宙飛行士になった。 五百二十日というと、一年半くらい。フィクションに出て…

アメリカン・クッキーと異国の花嫁

今年はもう、クリスマスから日本に帰っちゃおうかなあ。 姉がそう言ったのでわたしはいくぶん驚いた。姉は十数年前にアメリカで就職しており、航空券が安い時期にしか帰国しない。もちろん年末年始に帰国したことはない。けちなのである。 この数年にかぎっ…

彼女の作った顔

この顔が整形じゃないわけないじゃないですか。 そう言われて返答に詰まった。それから慎重にこたえた。私そういうのよくわからないんですよ。今そう言われてしげしげ見たって、そんなに不自然には感じないし。 彼女はちいさく首を傾け、ちいさくくちびるを…

私を好きな街

その日の読書会には、中央線沿線の住民が三人来ていた。 私がときどきお邪魔している読書会で、会場は公営の会議室だ。そこで本を囲んで話したあと、八割がたの参加者が打ち上げに流れて雑談を楽しむのがならいである。 その打ち上げの場で、誰がどこに住ん…

あの日のほっともっと

善子ちゃんは以前、僕の上司だった。今は妻である。 僕が善子ちゃんを好きになったのは、ある意味で打算の産物だと思っている。マンガみたいに突然恋に落ちたとか、世界一美人に見えるとか、そういうふうに感じたことはない。善子ちゃんより容貌のすぐれた人…

自分ひとりの食卓

一度言ってみたいせりふがある。 「自分しかいないと作る気になれない」である。 料理は愛情、などという妄言を支持したことは一度もない。子どものころから、バカがバカなことを言っている、と思っていた。料理屋の仕事は愛することではない。料理を出すこ…

才能に戻る

筋トレを減らして走ろうかな、と思う。 中年期の身体メンテナンスとして週二回ほどマシントレーニングを続けて二年ほど、ふだんは一人でやっているのだが、トレーナーに状態を見てもらった。そうしたら、「特別なスポーツをするのではない中年女性としてはじ…

ロマンティックの適齢期

友人がやって来る。店の入り口でわたしを探す。わたしは軽く手を挙げる。それから、お花、と思う。友人の背景にお花が飛んでいる。そんなふうな感じがする。昔の少女マンガみたいに。そもそも、待ち合わせのためのメッセージの文体が変わっていた。 これはあ…

彼女の最後の言語

大伯母が英語を話さなくなった。 彼女のことを知らない人に話すときには「大伯母」と言うが、そんな機会は滅多になく、だから僕はそう口にするたび、「そうかこの人は大伯母だったのだよな」などと思う。彼女は親戚のあいだで「ジェシカ」と呼ばれている。僕…

放浪の種をのんで生まれてきたの

人生で十一回目の引っ越しをした。ずっと賃貸で暮らしてきたが、このたびは分譲マンションである。すぐに売るのも損なので、十二回目の引っ越しはだいぶ先になりそうだ。子どもが独立する十年後くらいかな、と思う。 本当にそんなに長く一つところに住めるか…

なんてむごいことを

この時期は調子が悪くなるんです。 ええ、あの日は、こういう暑い日だったんです。 わたし、いいように利用されましてね。好意をかさに着て、人を利用する人間っているじゃないですか。そういうタイプに、してやられたんです。 ああ、いえ、わたしの当時の行…

カネを払うから原始人でいさせてくれないか

服が嫌いである。 ファッションが嫌いなのではない。着るものを選ぶのは楽しいことだと思う。買い物も楽しむ。しかしその頻度は、おそらく非常識なまでに低い。 正確に言うなら、長時間にわたって服を着ている状態が嫌いなのである。 職場で許容される範囲の…

友だちを買う

わたしの話、書いてもいいけど、それならマキノさんが「買った」話も書いてよ。 ホスト通いをしている若い友人が言う。あるでしょ、コミュニケーションっぽいものを買ったこと。一回いくらで、総額いくら突っ込んだ? 貢ぎ系は総額だけの回答も可。 貢ぐよう…

アテンションを買う

推しが生きてる若い女じゃなきゃイヤなのは、夢を見たいからでしょ。超わずかでも可能性がないと夢も妄想も生まれないから。で、若い女に夢みといて「これは性欲じゃない、キレイな感情なんだ」みたいな、そういう気分でいて、そのくせアイドルに男がいたり…

偶像を買う

ChatGPTで済む人は、たしかにコスパいいと思います。 僕はぜんぜん、興味もてないです。話してみても薄っぺらい。魅力がない。仕事では便利に使ってるし、調べ物とかもする、でもそれだけです。メンタルには関係ない。 僕のメンタルに効くのは推しです。 推…

ことばを買う

わたしの世代の生成AIの使い方ですか? えっと、わたしの友だちが何人か、ChatGPTを訓練して理想の彼氏を作ってます。目的ですか。メンケアがメインです。あ、メンケアって言いません? メンタルケアって意味なんですけど、そんな専門的なケアとかじゃなくて…

私の小さいがじゅまるのこと

二日間の小旅行から帰ると、がじゅまるが死んでいた。 植物というのはこんなに見るからに「死んだ」状態になるのだなと、私は思った。もっとゆっくり死ぬものだと思っていた。二日前には枯れた葉を一枚取り、いつものように水をやって、それから出かけた。そ…

お姉ちゃんのアップルパイ

姉が三十五歳になったのを機に、お金の話を根掘り葉掘り訊くことにした。 長丁場になったときの兵糧として、家族で贔屓にしている神田の洋菓子屋さんのお菓子、それにコーヒーのドリップパックを調達した。念入りに封鎖しなければ、姉は「コーヒー買ってくる…

生活しか楽しくない

管理職十年目にして未だに好きではない仕事がある。評価面談である。 基本的な仕事もできておらずミスマッチが明白であるような部下が相手なら、ある意味で気が楽である。下の評価をつけることが確定するからだ。もちろん、最高にできる部下が相手でも、うき…

眠る前にやってくる「世界」について

寝る前に頭に浮かんでくるやつあるじゃん。それみたい。 私がそのように言うと、彼はゲームの手を止め、疑問符を持ち上げる。寝る前に? 私はゲームをやらない。やったことがないまま大人になってゼロから覚えるにはシステムが難しすぎるように思う。それで…

優秀ごっこ

昨年度新人として配属されてきた若者があまりに優秀なので訊いてみた。いやほんとすごいよ、平然と努力してひょいひょい挑戦してるように見えるよ、なかなかそうはいかないよ、どうしてできるのでしょう。 彼は一瞬無表情になった。 しまった、とわたしは思…

他人の愛、他人の喪失

インターネットにものを書いている人間ばかり数人で顔を合わせる機会があった。私はそうしたつきあいに疎いので、彼らに会うのは久方ぶりのことである。 うち一人が離婚したという話をはじめた。SNSでちょっと書いたけど、とその人は言った。えっと、いいか…

社会性なんてAIにやらせとけばよくない?

身のまわりで生成AIが話題なので、会う人会う人に「AIに何をさせている?」と尋ねている。 わたし自身は仕事に使用している。大雑把にいって、わたしにとってのAIは、スケジュール管理ツールであり、検索エージェントであり、資料作成補助アプリであり、翻訳…

きみは勝手に死んだので

きみはだいぶ前に勝手に死んだので知らないと思うけど、わたしは今、恋人と一緒に暮らしているよ。 きれいな人だよ。 わたし、その人にずっと、恋をしているの。 きみにしていなかったやつを。 きみはガラスの靴はいてるみたく危うかったから、最初から対象…