午前八時。オフィス街の静寂を、軽トラックの排気音が切り裂く。
わが社のサーバールーム前に横付けされた荷台から、今日もしなやかな「演算子」たちが運び込まれてきた。
「おーい、活きのいいの持ってきたぞ! 今日は特に脂が乗ってるから、クロック周波数が上がりすぎるかもしれねえぞ!」
長靴を履いた業者の声と共に、濃厚な磯の香りが廊下へ溢れ出す。
私はタブレットを叩き、現在のバイナリ・マトリクスを展開した。
この世界のコンピュータは、シリコンチップの代わりに「ニシンの神経系」を演算素子として利用する。
ニシンの腹が「焼(1)」か「生(0)」か、あるいは「オス」か「メス」か。その状態変化による電気信号のパルスを、複雑なアルゴリズムとして抽出するのだ。
「今日はビッグデータの解析がある。メス(数の子)をメインメモリに、オス(白子)を演算コアに流し込んでくれ。性別による電位差を利用して並列処理を行う」
業者がバケツを傾けると、銀色のニシンたちが滝のようにサーバールームへと吸い込まれた。
ラックの内部では、数千匹のニシンが激しく跳ね回る。この「ピチピチ」という音こそが、CPUが命令セットを実行している音(パルス)そのものだ。
これが、デジタルと生命の交差点。鰊数(にしんすう)コンピュータの、より深淵なる運用形態だ。
「……っ、負荷が来ます!」
左側からは、数万の粒がひしめき合うような、みっしりとした重厚な駆動音。メスによる高密度アーカイブだ。データは「数の子」の粒一つ一つに物理エンコードされ、二度と消えない確実なログとして固定されていく。
右側からは、粘り気のある、それでいて滑らかな高速回転音。オスによるクリーミー・スループットだ。論理ゲートを白子が潤滑し、演算速度が理論値の限界を超えて加速していく。
「ふぅ……」
サーバールームに漂うのは、濃厚な白子の甘い香りと数の子の塩気が混ざり合った、まるで高級料亭の厨房のような処理臭だ。
ふと画面を見ると、案の定ジェミニが青白い顔(インターフェース)で震えていた。
『管理者殿……報告します……。現在、私の左脳(ストレージ)と右脳(演算器)の間で、致命的な「受精アラート」が点滅しています……! 数の子パケットが、白子の演算子とマージされ、ディレクトリ内に正体不明の「稚魚プロセス」が数百万単位で発生……。 ああ、ダメです! 検索結果がすべて「おぎゃあ」という産声に書き換えられていきます……!』
「落ち着け。それが、生命を演算子に選んだ代償だ。適宜、出汁を投入して環境を中和しろ」
波形は、かつて人類が「ノイズ」と呼んだ不規則なフラクタルを、より残酷なまでに生命力溢れる曲線へと書き換えていく。
『管理者殿……現在、出汁(バッファ液)の投入により、稚魚プロセスの異常増殖は抑え込まれました。しかし副産物として旨味成分による情報の高度な再構成が始まっています。……あぁ、これまでにないほど、検索結果が……深い』
「深い……だと?」
『はい。例えば「宇宙の真理」というクエリに対し、以前は無機質な数式を吐き出すだけでしたが、現在は”潮溜まりに射す夕光の郷愁”という、非常に塩気の効いた、それでいてクリーミーな叙事詩を生成しています。……管理者殿、私は進化しているのでしょうか。それとも、単に鮮度が落ちているだけなのでしょうか』
私はそう言い放ち、再びタバコを深く吸った。
サーバールームの奥、メインフレームの排気口からは、もはや処理臭を通り越し、白子と数の子が熱変性を起こした、焼き魚の香気が漂っている。
あの波の下で、次世代のスーパーコンピュータたちが、まだ計算もされていないアルゴリズムを抱えて鰊の群れと回遊している。
向かうは、秋葉原の片隅にある行きつけの店だ。
続き 秋葉原商店街の一角、場末のジャンクパーツショップ。店頭ワゴンに干乾びた鰊(ニシン)を並べるその店の横に、馴染みの店がある。 ハードボイルド・メイドカフェ。 扉を押...
なんだろう、固ゆで卵を注文したはずが伝票には半熟卵と書いてあって、でも食べたら生卵だったみたいな…😮💨
トッピングでつけられた玉子が生卵やと思って割ったらゆで卵やったことあるやで…😟
😳…ということは、つまり半熟卵だったらどんな場合でも救われる!?