ウクライナとベトナム

 ウクライナの戦いを考えるとき、いつもベトナム戦争を想起する。

 私は学生時代、ベトナム人民支援運動にのめり込み、抵抗するベトナムの人々の姿に感動し、ベトナム語を学びに東京外語大に通った。大学4年のときサイゴンが陥落し戦争が終わる。大学卒業後は、ベトナム法の専門家になろうと大学院に進んだが、アカデミズムに就職口がないことが分かると(そんなこと最初から分かってたはずだが(笑))ベトナム戦争報道で知られた日本電波ニュース社に入社した。

 振り返ると、ベトナム戦争によって人生のコースを選択してきたことに感慨を覚える。無謀だったなと呆れもするが。

 ウクライナを見てベトナムを思うのは、こういう個人的な背景もあるのだが、小さな弱い国が、大国の侵略をはねかえしたことを教訓にできるのではと思うからだ。

 ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』には、20世紀に「グローバルな視点」が重要になっているとして、こんな記述がある。

「アルジェリアの独立戦争(1954∼62)で、アルジェリア人が勝利を収めたのは、反植民地主義の世界的ネットワークに支えられていたからであり、また、世界のマスメディアはもとより、フランス自体の世論を、首尾良く自らの主張の見方につけられたからだ。北ヴェトナムという小さな国がアメリカという巨人を敗北に追い込んだのも、同様の戦略による結果だ。こうしたゲリラ兵力は、限られた地域での戦いが世界的大義になれば、超大国でさえ負けうることを立証した。」(下P116)

 南ベトナム政府軍と米軍の残虐行為、北爆での民間人の殺傷、トンキン湾事件の謀略などアメリカ政府にとって都合の悪い事実が報道で暴かれ、アメリカだけでなく世界中でベトナム反戦運動が吹き荒れた。

 世界中でアメリカの「大義」は認められず、アメリカ大統領がジョンソンから戦争終結を掲げたニクソンへと交代。米軍が撤退した後、1975年の北ベトナムの大攻勢で戦争に決着がついた。

 メディアによってアメリカは負けたと言われるほどで、小さな国が情報戦を制し、世界の世論を味方につけたのだった。

 いま、ウクライナは、ベトナムの辿った道を歩んでいるように見える。国際世論は圧倒的にウクライナ支持であり、ロシアの残虐非道に憤っている。

 戦争前から、ロシアによるフェイクニュースの拡散などインターネット上での情報撹乱には警鐘が鳴らされていた。アメリカの大統領選にも影響を及ぼしたほどの「力量」に要注意だったが、ここまで来ると、情報戦は圧倒的にウクライナ優勢で進んでいる。

(ウクライナの「ストップ・フェイク」というサイトでは、ロシアのフェイク情報を暴いている。大学のジャーナリズム科が中心になっているようだ)

 

(ロシアはロシアでさかんに情報発信をしている。これは「ウォーオンフェイクス」というサイトで、ウクライナ側の情報はフェイクだと反論)

 ゼレンスキー大統領自身が自撮りでSNSで世界に発信、各国のトップリーダーにネットで繰り返しアピールして存在感を示している。
 さらにウクライナには「インターネットアーミー」という国民参加の「軍隊」による戦いが進行中だという。この「アーミー」には30万人の国民が加わり、精力的な情報発信、対外ロビー活動を行っていると報じられている。

(「ロシアの言い分がまかり通る隙を与えずにウクライナの主張を理解してもらいます」という政府アドバイザー。彼女はこれにつづけて、「ウクライナは国家の独立や国民の命を守るためだけに戦っているのではない。世界の民主主義のために戦っているのです」と語った。NHKニュースより)

(「銃は撃てなくても」これならできると、ウクライナ政府が呼びかけると、約30万人が呼びかけに応じたという。各国の政治家へのアピールなども「アーミー」が呼びかける)

 私たちがテレビで観る、生々しい現場映像もかなりの部分が、地元のウクライナ国民がスマホで撮ったものだ。こうしてウクライナからの発信が世界中に一瞬にして伝わり、膨大な人々がウクライナでの出来事を固唾を呑んで見守っている。
 ウクライナは、国際世論を完全に味方につけ、各国からの支援を得ることに成功している。
 スマホによる映像・音声の記録は、今後、ブチャその他の町のロシア軍による戦争犯罪の追及にも活用され、これがさらにロシアを追い詰めるだろう。

 先に挙げたハラリの言葉を使えば「限られた地域での戦いが世界的大義になれば、超大国でさえ負けうる」状況を作りつつあると言えるだろう。
 ただ、課題が残っている。アルジェリアは宗主国である「フランス自体の世論」を味方につけた。またベトナム戦争のとき米国の中で厭戦気分や反戦運動が広がり政府の政策を返させた。しかし、フランスやアメリカと異なり、今のロシアは国内の言論を厳しく統制し弾圧しており、戦争反対の声は抑え込まれている。今後、ロシアの国民の意識をどこまで変えられるかは未知数だ。
 そしてもう一つ、アルジェリアもベトナムも、戦場において互角かそれ以上の形勢を保つことに成功していた。ウクライナには今度のロシアの大攻勢を耐え抜いてほしい。
 マリウポリの悲惨な戦況を知るにつけ、暗澹たる気持ちになるが、すぐにプーチンを翻意させる手段が見当たらない。物量に優るロシアが戦場で大きく形勢を損ねるには相当の時間がかかりそうだ。