ウクライナで軍総司令官解任の可能性

 ウクライナで政権と軍のトップの間で意見の相違が大きくなっているとの報道が数日前から出てきた。

 ゼレンスキー大統領が、軍のトップ、ザルジニー総司令官を解任する方向で動いていることを4日、イタリアの公共放送RAIとのインタビューで認めた。ゼレンスキー大統領は、「リセットと新たな出発が必要です。軍だけでなく、複数の政権幹部の交代を考えています」と語ったという。

日テレのニュースより

 去年秋、私がウクライナに行って、ゼレンスキー氏にあまり人気がない一方で、ザルジニー氏が国民に圧倒的に支持されているのを知った。もしザルジニー氏が大統領選に出たら間違いなく当選すると私の通訳は自信ありげに言ったものである。

 去年12月に発表された世論調査ではザルジニー氏を「信頼している」と回答した人が88%にのぼり、ゼレンスキー大統領の62%を大きく上回り、今も国民からの人気が高いことがうかがえる。

 ゼレンスキー氏とザルジニー氏は以前から戦況の見方や戦闘の進め方をめぐって意見の相違があったという。ザルジニー氏は軍人らしく見方がリアルで、去年秋には外国プレスに両軍が「膠着状態」だと認め、このままだとロシア軍に有利な情勢になると語った。これにゼレンスキー氏がすぐ反論、「膠着状態」ではなくウクライナが攻勢にあると主張。作戦がうまくいっていないとなれば、欧米からの軍事支援をつなぎとめられないと見たゼレンスキー氏の強がりだったと見られている。

 年末には、ザルジニー氏が前線の兵員不足が深刻で50万人の追加動員が必要と政府に対策を要求したが、国民からの反発が強いとみたゼレンスキー氏が「慎重に検討」すると応じた。ゼレンスキー氏はやはり政治家なのである。

 もし本当にザルジニー氏を解任するなら、国民にも現場の軍部隊にも大きな衝撃を与えるだろう。ちょっとこわい。

 動員年齢を現在の27歳以上から25歳以上に下げるなどの軍への追加動員案だが、年明けから国会で審議入りする予定だった。ところが今になっても、まだ審議が始まっていない。 

 ロシアが刑務所の受刑者までをも兵士として動員し、消耗品として戦場に投入するのに対して、民主国家ウクライナでは、兵士の追加動員は世論を二分するデリケートなテーマである。

 首都キーウでは、昨年10月以降、前線にいる兵士の妻や母親たちが、「夫や子どもが無期限で戦地に派遣されている。兵士の除隊時期をはっきり示せ」と政府に不満をぶつけるデモを定期的に行っている。戒厳令でデモが禁止されているにもかかわらず、この抗議行動が弾圧されたり逮捕者が出たりすることはない。また、汚職をはじめとする政府の不祥事は容赦なく庶民に批判され、公然とジョークのネタにされている。

戦争のなかスタンダップコメディ(即興話芸)がさかんで、人気急上昇のアーニャ・コチュグーラは、プーチンからNATO、国連までこき下ろし笑いを誘う。政府の汚職も格好のネタになる。
(https://www.youtube.com/watch?v=4XGXsQBwxx4より)

 戦時下でも人権が尊重されるウクライナ社会の雰囲気にはほっとさせられる。

 民主主義はたしかに非効率かもしれないが、これこそが国民の強靭な抵抗を支えているのだろう。
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 ウクライナの軍事情勢については、私は小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター准教授の分析を信頼している。

 先日、「BSフジLIVEプライムニュース」で「小泉氏・兵頭氏と検証 “兵器不足”ウクライナは守り切れるか…米露大統領選の影響は?」で小泉氏が戦争の現状と今後の見通しを語っていたので抜粋で紹介したい。

「BSフジLIVEプライムニュース」1月30日放送

Q:今後1年の戦況はどう展開するか。

小泉悠 :ウクライナは持ちこたえるだけではダメで、負けない程度に後退しながら後方では2025年以降の反転攻勢のための予備戦力を作らねばならない。相当厳しい1年になることは間違いない。

Q:米ニューズウィーク誌によれば、1日あたりの砲弾発射数はロシアが2万発以上、ウクライナは約2000発。10対1の火力差がある。

小泉悠:塹壕戦かつドローンの戦争であり、お互い砲兵戦で叩き合う状況でこの火力差は相当厳しいと思う。攻勢をかけようとしているロシアがより火力を必要とするのは確かだが、ウクライナも火力が足りなければ局所的な逆襲も難しい。発射数が落ちているのはアメリカから弾が来なくなり、ヨーロッパにも弾を作る能力が不足していたため。ドイツやフランスが増産に入っているが、攻勢に出るためにはヨーロッパの弾薬生産を抜本的に増やすか、アメリカの軍事支援を再開させるしか選択肢がない。

Q:ウクライナの戦力立て直しの肝は西側諸国の支援。NATOは155ミリ砲弾22万発ほどを生産する契約を締結したと発表したが、納品は24~36カ月後としている。

小泉悠:ウクライナ向けの砲弾供与プログラムは複数走っており、2~3年後まで一切来ないという話ではない。だが、30年間基本的に大規模戦争は起こらない前提でいたヨーロッパの国々の、しかも多くは国営ではない軍需産業がすぐ増産に転じることは難しい。プーチンの命令でいきなり増産ができてしまうロシアとの差は歴然で、間違いなく今後1~2年、時間はロシアに味方する。だがその後、ヨーロッパ諸国の本来の経済力と産業能力が発揮された場合、今度は時間がロシアの負担になる可能性もある。

Q:アメリカでは今後、予備選挙でトランプが共和党の候補として確定する可能性が高い。その後、ウクライナ支援はどうなるのか。

小泉悠:アメリカの軍事支援が2024年中には再開しないことは考えておいた方がいい。年内はヨーロッパの軍事支援だけでもウクライナをもたせられると思うが、問題は2025年以降にトランプが、アメリカとして一切ウクライナ支援はしないと本格的に言い出した場合。だがトランプ政権のときにも、蓋を開けてみればそこまでロシアに甘かったわけではなかった。対ロシアの制裁強化法案まで通った。「アメリカの支援が来ない」=「ウクライナは全く手も足も出ない」では決してない。ウクライナは、すぐには勝てないが負けない期間を引き延ばす長期戦略を確保するのでは。

Q*日本は武器の支援をしていない。「サハリン2」から天然ガスを入れているが、この問題にどう向き合うべきか。

小泉悠:ロシアの天然ガスへの依存を減らす方針は日欧共通で出しており、私は賛成。ではウクライナに対しどこまでやるか。現状の資金援助や民生支援は評価されるべきだが、侵略を受け弾もなくなって非常に厳しい状況の国に対しては殺傷性装備の供与を考えていいと思う。道義的なこと云々というより、ここでロシアの侵略が成功することは日本の安全保障にとって非常にまずい前例を作る。日本の安全保障問題として考えてもいいのでは、と一軍事屋として思う。

Q:先日、ロシア軍に受刑者で構成される突撃部隊が編成されていると報じられた。戦闘が激化する東部アウディイウカでは繰り返し投入され、1日300~400人喪失している。

小泉悠:ものすごく嫌な言い方をすると「死なせてもいい兵隊を使ってウクライナ軍に損害を強要している」。守りを強要し弾も人間も消耗させていく間、正規軍の損害は比較的抑えられる。もう一つ私が非常に嫌だと思うのは、占領されているウクライナの4州はロシアの言い分としてはもうロシアであり徴兵をしていて、今後この兵士をウクライナ人と戦わせることがロシアの法律上に可能となる可能性があること。プーチンはこれらにより、支持基盤にあまり影響させず戦争を長期継続する目算なのでは。

Q:2023年末から続くロシアのミサイル攻撃は北朝鮮の兵器を使用しているのでは、との話が出ている。ウクライナ国防省情報総局のブダノフ局長は「北朝鮮はロシアへの最大の兵器供給国。北朝鮮の支援がなければ、ロシア軍は破滅的な状況になっていただろう」。

小泉悠:ミサイル技術の流出や場合によっては原子力潜水艦用の技術など、ロシアの技術者が指導するという枠組みは大いにありうる。我々にとって全く縁遠い話ではない。

(「BSフジLIVEプライムニュース」1月30日放送)
https://tver.jp/episodes/epschannq3

 

 小泉氏は、「殺傷性装備の供与を考えていいと思う。道義的なこと云々というより、ここでロシアの侵略が成功することは日本の安全保障にとって非常にまずい前例を作る。日本の安全保障問題として考えてもいいのでは」と踏み込んでいる。日本は今はウクライナ軍に関する支援としては、金属探知機や防弾チョッキ、ヘルメットなどまでだが、ウクライナが追い詰められている現状では、銃器やミサイルなども支援すべきでは、という提言だ。小泉氏ならたぶんこうくるだろうと予想していたが、これは議論する意味があると思う。

 今月19日には、「日ウクライナ経済復興推進会議」が東京都内で開かれる。

「ウクライナは日本の企業進出や技術協力のほか、財政援助にも期待を寄せているとみられる。ウクライナは今年の国家予算3兆3500億フリブナ(13兆円超)のうち半分近くの1兆5700億フリブナを支援国からの援助などで補う計画だ。しかし、最大の後ろ盾である米国からの支援の先行きは不透明な状態が続き、当面の資金確保が急務となっている。

 ウクライナは同会議を通じ、電力・住宅・交通インフラの再建や地雷除去技術、無人機(ドローン)探知技術などで日本との協力を進めたい考えだとみられている。

 会議では財政援助も議題に上る可能性がある。ウクライナのゼレンスキー大統領は1月11日、訪問先のラトビアで「支援国の財政援助がなければ、われわれは1100万人の年金受給者に年金を支払えない」と訴えた。」(産経新聞5日)

 日本は今後、一般的にウクライナの人々を支援しましょうというのではなく、何をどう支援するのか、その内容を戦略的にかつ具体的に考えなくてはならない。