長大なVLBI(超長基線電波干渉計)計画が、異星文明との接触につながり、さらにこの宇宙における知的種族の運命についての物語となっていく。
春暮康一『オーラリメイカー』 - logical cypher scape2や春暮康一『法治の獣』 - logical cypher scape2の作者による、初の長編作品
版元の惹句には「レム、イーガンに匹敵する、驚きの宇宙探査SF」とある。
こうした売り文句は、大袈裟であることも多いが、少なくとも「イーガンに匹敵する」というのは大袈裟ではないかもしれない(レムについては自分が大して読んだことないので判断できない)。
読後感に、イーガンの『ディアスポラ』と近いものがあった。
それは、スケールの大きさと、ある種どこまでも前へ進んでいくことの楽観主義みたいなところだと思う。
『法治の獣』においては、地球外生命体との接触における失敗を描いていたが、本作では確かに、このコンタクトは失敗だったのではないか、倫理的によくなかったのではないか、という逡巡が描かれるところはあるものの、基本的にはうまくいく話が描かれている。
うまくいく、といえば、次から次へと異星種族が登場するが、コミュニケーションが致命的にうまくいかないということはなく、わりとあっさりとみんな仲良くなっていくところがある。そのあたりは、SFとしては物足りなさを感じるところもあるかもしれない(特にレムと比較するのであれば)。
実際、そのあたり読んでいるときは、「面白いけれど、前評判などで上がってしまったハードルに対してどうなのか」と思わないではなかったが、とはいえ、よくこれだけ惜しげもなく、色んな種類の異星種族を出してくるな、というところが勝る
そもそも筆者によると最初は長編のつもりではなかったとのことで、いや、正気か、と。
第一部
遠未来(一) 17
彼方を望む 8
遠過去(三) 3
第二部
遠未来(二) 18
真冬の遠日点 9
遠過去(四) 4
第三部
遠未来(三) 19
自由の旅人 10
遠過去(五) 5
第四部
遠未来(四) 20
時計を合わせる 11
遠過去(六) 6
第五部
遠未来(五) 21
梯子を接ぐ 12
遠過去(七) 7
第六部
遠未来(六) 22
一億年のテレスコープ 13
遠過去(二) 2
第七部
遠未来(七) 23
導きの星 14
遠過去(一) 1
第八部
遠未来(八) 24
地平の彼方へ 15
第九部
環が閉じる 16
この目次を見ればわかる通り、各部ごとに「遠未来」「遠過去」というパートが挿入されている
目次の右側にある算用数字は、実際には四角囲みで書かれていて、ページ数ではない。実際の時系列での順序を示す数字になっている。
時系列とは違う順序で並べられているのには意味があるので、まずは目次通り読むとして、一読したあとは、右に書かれた時系列順をたどって読む、という読み方もできるようになっている。
遠未来パートは、大始祖の来歴をたどるため、惑星をへめぐる母子の話
遠過去パートは、〈飛行体〉が、これまたいろいろな惑星をめぐる話
これらのパートが、本編と関わっているのだろうということは読んでいるうちにすぐ分かる。ただ、遠過去パートは、後半になるまで何の話をしているのかはわからない。
主人公の鮎沢望は、父親から自分の名前の由来が「遠くを見る」ことだと教えてもらったこと、また小学校の窓から見えた天文台につれてもらったことをきっかけにして、天文少年になっていく。
高校の天文部で千塚新と、大学の電波観測研究室で八代縁とそれぞれ知り合ったあと、望は彗星を用いて太陽系サイズのVLBIを作る、というアイデアを披露する*1
もっともその時の望は、実現不可能な夢・楽しいお話のレベルとして話していただけだった。
話が転がりはじめるのは、彼らが老年にさしかかった頃、意識のアップロードが実用化され、アップロード知性となってからだ*2。
アップロードの話自体は、この物語の前提であって本筋ではないのだが、ある量子ビットが人間の「魂」となっていて、いわば転送可能だけど複製不可能になることの説明が与えられていたり、アップロード後は、蚊のような群体ロボットを通して地球の各地を見ることができたり、といった話だけでも、まあ短編が1つ、2つ書けるよね、という感じになっている。
アップロード後に再会した3人は、本格的に彗星VLBI計画を進めていくのだが、地球外生命がいる候補天体へ、実際に探査へ赴く話が出てくる
この頃には、計画に携わるのは既に3人だけではなく、世界的なプロジェクトへと変わっていた。
探査船〈ディヴィンヌ〉には、3人だけでなく大勢のクルーが乗船した。
特に、ネームドキャラクターとしては、物理学者アフマド、微生物学者レイチェル、人類学者エレーナ、機械工学者ジェイクが出てくる。
この作品、キャラクターも結構出てくる。この4人について、設定などが深堀りされているわけではないのだけど、キャラ自体はそれなりに立っている。
設定が深堀されていないという意味では、主人公の望はともかく、新や縁にしたところで、それほど描かれているわけではないのだが、それで問題なく成り立っている。
ほかに、この後に出てくる異星種族のキャラクターも含めて、アイデアと同様、もっと色々お話を作れそうなところを、惜しげもなく投入されている感じがある。
さて、〈ディヴィンヌ〉が最初に到達した惑星ブランは、自転軸が傾いた惑星で、ずっと移動を続ける渡り鳥のような異星種族が文明を築いている。
彼らは、非常に優れた遺伝子工学を発展させていたが、地球とは技術体系が異なりすぎて、お互いに提供しあえるような技術はなさそうではあった。
ブラニアンは、多数派で渡りを続ける正弦族、少数派で定住生活をする水平族、さらに少数派で、正弦族とは逆方向に渡りを行う逆相族の3つに分かれている。もともとは正弦族しかいなかったが、遺伝子改造によって、水平族や逆相族が誕生したのだが、生まれついて決まっているのではなく、ほかの族に変身することができる。
望は、惑星ブランで、それぞれナーニ、ルァクという個体と知り合う。
地球人・ブラニアンの連合となった〈ディヴィンヌ〉は、次に、砂でおおわれた惑星グッドアースへと到着した。
グッドアーサーは、〈砂〉というマイクロマシンによる構造物を生み出していた。
バッタのような姿をした彼らには、孤独相と群生相がある。
群生相は、数百年に一度、姿を現すのだが、サイコパス的な性格をしていて、破壊の限りを尽くす。しかし、技術的には天才で、〈砂〉テクノロジーを生み出したのも群生相である。
彼らの、非常に独特な遺伝の仕組み(後天的性質を遺伝させる仕組みがあるのだが、しかし、それが使われているように見えない。実は、群生相とかかわっている)が物語のキーとなる。
群生相のシストが仲間に加わることになる。
一方、遠過去パートでは、希望の星の狼族(レキュという個体のエピソード)、英知の星の蛸族(〈二つの月〉という個体のエピソード)、栄光の星の蜂族のエピソードが紡がれていく。
望たちは、ブラニアン、グッドアーサーだけでなく、ほかの異星種族ともコンタクトを続けていくが、一方で、滅びた文明にも多数遭遇することになる。
望は次第に、なぜ彼らは滅びてしまったのか、文明には寿命があるのか、といったことを考えるようになる。
また、滅びた文明が残した天体データから、彼らは亡霊星を発見する。
異星文明をつないだ超巨大VLBIは、かくして、過去に向けても観測範囲を拡大し、亡霊星を探すミッションへと望たちは旅立つ
でもって、亡霊星へと辿り着き、そこではブラックホール発電やブラックホールをストレージとして利用するステラエンジニア種族が住んでいたのだった。
船団の人々はここに旅の終わりを見出していく。
しかし、ステラエンジニアのもとにいる〈客人〉からいわれた言葉にモヤモヤする望は、さらに遠くを目指すことにする。
最後の最後で、本作が実は時間SFにもなっていたことが明かされる。ここで、ああなるほどそういうことか、と物語が回収されていく。
時間SFのアイデア単体でいえば、単純なものなのだけど、ここまでこれだけ色々なアイデアを見せられてきて、ブラックホールの話もガシガシ出てきて、ここでこのプロット構成も回収されると、まあすごく読んでいて気持ちいい。こういうのは、イーガンにはあまりないかも?
そうして環は閉じるわけだが、さらなる門出で終わる。
この、じゃあさらにもう少し行ってみますか、みたいな感じで終わるところに『ディアスポラ』みを感じたし、もっといえば、長編SFってこういうのわりとあるかなと思うんだけど、SFのもたらしてくれる感動という感じがする。
タイトルの意味は中盤で明かされるわけだが、しかし、最後の最後でもう一つ意味がかかっていたのかな、となる。