伊藤計劃の遺した『屍者の帝国』の設定をもとに、いわゆるシェアード・ワールドものとして編まれたアンソロジー。
ここまでこういう作品ばかりが集まってると知らなかったので、「みんな好き勝手やりすぎww」と思いながら読んでた。
まあ、元々の伊藤計劃版からして、ワトソンやヘルシングが出てくるので、そりゃそうなるわって感じではあるんだけども。
好き放題やってるなーって感じで読んでて楽しかったのは、高野、北原のそれぞれの作品。
仁木のも結構好き。
話として一番まとまっていて面白いのは藤井か。
以下、各作品のあらすじを書いていく際に、主な元ネタ作品などについても言及するので、ネタバレ気になる人は注意。
藤井太洋「従卒トム」
主人公は元黒人奴隷のトム、舞台は江戸城総攻撃直前で江戸湾に待機する薩摩の軍艦
トムは、元々アメリカ南部の奴隷だが、才覚があり、例えば綿花農場の効率的な収穫のための方法を編み出しそれを採用してもらったりしていた。のちに南北戦争に従軍し、そこで屍者部隊を率いて様々な戦術を編み出すようになる。
そんな彼が、屍者部隊とともに西郷隆盛の弟に雇われ、江戸城総攻撃へと参加することになる。
その前夜、西郷隆盛とトムの乗船する艦に侵入者が来訪する。トムの考案した陣を展開する屍者部隊をものともしないサムライは、山岡鉄舟。そして、彼の後ろから現れたのは勝海舟だった。
高野史緒「小ねずみと童貞と復活した女」
こちらは『白痴』をベースとしている。
『白痴』の物語の後日談で、ロゴージンに殺されたはずのナターシャが戻ってくる。
死者に霊素を注入すると屍者となる。では、生者に霊素を注入するとどうなるのかという実験が行われており、ムイシュキンは実はその被験者。知性が一時的に復活していたのは、これのため。で、実験施設にいたときの日記が作中に出てくるのだが、これが完全にアルジャーノン。アルジャーノンってネズミも出てくるし。
SFからの引用も多くて「デイジーデイジー」とか歌い出すシーンまであるw やりたい放題w
仁木稔「神の御名は黙して唱えよ」
こちらは、ロシアのイスラム圏での話。
カザン大学の文化人類学の教授が、とある村のイスラム聖職者に会いに行く。
イスラムにおける屍者
沈黙のズィクルによる屍者のコントロール
主人公は、村の有力者の息子でカザン大学に進学し、そこで教授と出会い、学問の魅力を知った。
進歩的なイスラムだと自分のことを思っていたが、科学についてもイスラムについても中途半端でしかないことを痛感する。
北原尚彦「屍者狩り大佐」
これも結構やりたい放題w
こちらは、円城版『屍者の帝国』の第1章と第2章の間にあたる話。ワトソン、フライデー、バーナビーがアフガニスタンから日本へ向かう途中、インドあたりにいる頃。
訪れた村で、人を襲う虎の話を知り、調査を開始する。その虎が実は屍者であることが判明。人間以外の動物の屍者化は成功したことがなかったはずだが……。
さらに調査を進めると、そこにはモロー博士が。動物の屍者化を行うために、人間の脳と動物の脳とを組み合わせる実験を行っていた。モロー博士は、助手の李徴が虎になりたいと言っていたので、彼の脳を虎に移植した上で屍者化させたのだという。
倒すためには停止コードを打ち込まなければいけない。そのために、タイトルにもなっている屍者狩り大佐=モラン大佐がとった方法がまたすごい。天才的な射撃の腕がないとできないミラクルショット。
モラン大佐は「空き家の冒険」の登場人物とのこと
津原泰水「エリス、聞えるか?」
タイトルから分かる通り、森鴎外『舞姫』が元ネタ
屍者化した作曲家の作ったオーケストラ楽曲を聴いた観客達が何故か乱交を始めるという事件が起きて、指揮者が裁判にかけられる。その裁判記録が挿入されているのだが、それがコミカルで面白い。
森林太郎は、その作曲家と知り合いで演奏会にも居合わせていた。屍者は、動くことはできるけれど魂を失っているので、コミュニケーションしたりすることはできない。が、その作曲家は弟子とのコミュニケーションが可能だった。
そして、森の前にエリスが来日する。
山田正紀「石に漱ぎて滅びなば」
森鴎外ときて、次は夏目漱石
漱石がロンドン滞在中のことについて記した『ロンドン日記』には謎の一文があって、それに対する「奇説」として書かれた話。
漱石は、ロンドン滞在中に、在英日本人から「夏目狂せり」と言われた時期があって、その時期の出来事。
海軍で新しいメニューを考える橋爪竜之介が、実は諜報畑の人間でもあって、ロンドン情報部が屍者漁りをしている理由を探ろうとする。その際、通訳として漱石を連れて行くのである。
そこで潜入したり捕まったり脱出したりする中で、文字通り「石で漱ぐ」シーンがあったり、カレーに小麦粉入れることを思いついたりするシーンがあったりする。
坂永雄一「ジャングルの物語、その他の物語」
冒頭は、おそらく20世紀後半か21世紀かのところから始まるけれど、その時点から過去を振り返るような形で語られる。主な舞台は、19世紀後半から20世紀前半のイギリス。
冒頭の時点においては、屍者技術は既に姿を変えており、19世紀のように屍者が屍者のままに歩き回るような時代は終わっている。屍者の脳や筋肉がそれぞれの機械の中の部品として使われている。そんな時代から、まだ屍者が使われていた頃のことを回想するように語られる。
元ネタとなっているのは、なんと『くまのプーさん』、それと『ジャングルブック』である。
作家を志す若きミルンは、ウェルズに誘われて「副業」を始める。それが、屍者化された獣人を使った作戦行動である。時が経ち、そうした獣人は研究所に封印されていたのだが、ミルンの幼き息子が彼らとともにごっこ遊びをしていた。
それをもとに書かれたのが『くまのプーさん』だという。
宮部みゆき「海神の裔」
この作品集に収録された作品の中では、かなり毛色の違う作品
というのも、ほとんどの作品が19世紀を主な舞台としている中、20世紀中盤の話だからだ。
民俗学者による、ある老婦人からの聞き書きの記録である。
この作品集、最初の作品もトムが主人公だったが、最後の作品もトムが主人公である。大森望曰く偶然とのことだが。
その村落で祀られているのが、実は外国人の屍者だったと。通訳とともに逃げてきた海軍の屍者が、かくまってもらった礼に、近くの漁場を使えなくしていた岩をどかし、その結果、屍者としても生(?)を終え、密かにその村で弔われていたという話。
書き下ろし日本SFコレクション NOVA+:屍者たちの帝国 (河出文庫)
- 作者: 大森望
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2015/10/03
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