考えるのが好きだった

徒然でなくても誰だっていろんなことを考える考える考える。だからそれを書きたい。

先生用の塾ができたりして~

2005å¹´05月12æ—¥ | æ•™è‚²
 高校で新課程が始まって、教科書が変わった。微積分のなんとか公式が復活してきたらしい。一時姿を消していたが、今回、扱っても扱わなくてもどちらでも良い形式で復活したらしい。教科書にあるとなるとやらないわけにはいかない気分らしいよ。(私は数学じゃない。)

 数年前だが、何かの冊子で、英語の副読本や補習教材の解答をもっと詳しくしてくれという要求が現場の先生から出ていると読んだ。そう言えば、ここ10年くらいで、マニュアルがずいぶんと丁寧になっている気がする。問題集の解答も丁寧である。(これは生徒の自習用ではあるが。)これは、先生の学力低下、および、勉強の仕方を知らない先生が増えてきたことを意味するだろう。

 「団塊の世代が退職すると」で書いたが、ゆとり教育世代がどんどん教職につくと、何しろ自分たちが習ったこと以上を教えなければならないわけだし、彼らは今時の学校で、高校でも書き込み式問題集やプリントで学習を進めてきたわけだから、大学でよほどの訓練を受けなければ、まして教える側には立てないだろう。
 塾ばやりの今日である、学卒で先生になると、人員補充のために訓練不足のまま、学力もあまりないままの状態で先生になれちゃったりすると、たとえば、院卒の人(昔に比べて人口が多いはず。)が先生用の塾を始めるなんてことが起こりうるかも知れないね。ゆとり世代は、本当に必要な学習は、塾で行う経験を中学生のころから積んでいるから、意外に抵抗がないかも知れない。(おっと、その前に、大学生対象の家庭教師なんて言うのも存在してくるかも知れない。)

 学校教育をしっかりしたものにしたかったら、教員資格を院卒にするのが一番良いかもしれない。オーバードクターも解消するだろう。高校での教育実習生に院生が増えている感じはある。薬学部だって、6年になるんだもの、教員養成も6年にしちゃえばいい。6年となると、いい加減な気持ちで進学する生徒は減るだろう。(4年卒で企業に就職してもいいようにして。)大学の先生だって就職口が増えることにならないかな? 学校教育の質は、確実に上がると思う。難点は、貧乏な子が先生になりにくくなるかも知れないことだが、そこは奨学金とか何かで補えると良いね。

 何にしても、きちんと漢字が書けない、平均点を正確に出せない、偏差値の意味がわからない教員が増えてくる気がする。(最後のは、すでにいっぱいいるか。。。) 
 文系教科を教えようと、コンピューターが出した数字をそのまま鵜呑みにする、数感覚のない教員ではなんやかんやと(本人は困らなくても、周りが)困る。

コメントを投稿