死の床にあった妻が語り始めた。
「死ぬことは怖くはありませぬが、あなたがわらわの死後、再婚することだけが気がかりにございます」
男は強く否定した。
「お前の他に妻を得ようなどと思うものか。武士として誓って再婚などせぬ」
安心した妻は言う。
「本当に誓ってくださいますのね」
「ああ、お前以外に妻などあり得ぬ」
「嬉しい。再婚なさるならばと思ってお願いできませんでしたが、誓ってくださるならばひとつ望みがございます。わらわが死んだら、あなたの姿が見えるこの庭の、2人で植えた梅の元へ、小さな鈴を持たせて埋葬してください」
そう伝えて妻はなくなった。
男は悲しみ、妻の言うとおりにした。
しかし、周囲はそれを許さず、1年もたたぬうちに再婚の話が出るようになった。
「跡取りもいないのにあなた様に何かあればこの家はどうなるのですか。誰がご先祖の供養をするのでしょう」と。
家名を守るのも武士の勤めである、と説得され、ついにはようやく17となったばかりの妻を迎えることとなった。
庭の梅の木からの呵責を感じながらも、新しい妻を迎えた男は少しずつ幸せを感じ始めていた。
その晩、新婚ながらひとり寝する新妻はなかなか寝付かれず、何やら恐ろしさを感じていた。
夜も更けたころ、女は何か音を聞いた。
リン、リン、リン、という音が遠くでなっていたかと思うと、今度は庭で音色が響く。
「おかしいわ、庭に誰が」と思った瞬間、女の閨に黒い影が入ってきた。
それは目が腐り落ちた女の霊だった。
「お主はうちにいてはならぬ。この家の女房はわらわじゃ。そなたは去らねばならぬ。里に帰れ。だが決して、このことを旦那様に告げてはならぬぞ。もし言ったならば、そなたを八つ裂きにしてくれよう」
「誓うか」
「誓いまする」
「ならぬ、お前に意地悪をしたものなどがおったならばわしがなんとかしよう。わけを話してくれぬか」
「誰にじゃ。お主には護衛もつけよう。訳もなく離縁などできぬ」
新妻は、本当のことを話さざるを得なくなり、霊との約束を破り昨晩の出来事をすべて伝えた。
男はすぐに、女の霊から逃げるため、新妻と遠くの村へ移住した。
怨念もここまでは届くまい、と安心していたある日、男は再び宿直を仰せつかった。
城まで向かう夜道、夜の川沿いを歩いていた男は、ふとした拍子に、昔住んでいた町の橋を見つけた。
その橋はもう何年も前に壊され、地図からも姿を消したはずのものだった。
川の対岸の橋のたもとには女が立っていた。
「あなた……わらわのこと、覚えておいでか?」
男は胸が締めつけられる思いでうなずいた。
「約束、したわよね。決して後妻は娶らぬと。
死んでも、わらわだけを愛すると。
誰とも結ばれないって、誓ってくれたわよね?」
「嘘つき」
風が止んだ。
夜の空気が凍りついた。
女の声は変わらず穏やかだったが、
なくなった目の奥にあるものが、男の背筋を凍らせた。
温かい家庭と、新しい妻だったのね。
それが悪いことだなんて、言わないわ」
女は静かに一歩、橋に足をかける。
水面に、二人の影が映る。
死んでも、約束が守られるなら、
この未練も、いずれ静まると思っていたのよ」
「……すまない、本当に……」
「ねえ、最後に教えて。
そんなにおかしいことかしら?」
女はゆっくり橋を渡ってくる。
その時、橋の上に、もう一人の女が現れた。
今の妻だった。
怯えた表情で、男を見ている。
風がざわめいた。
橋が軋み、川がざわつく。
三人がそこに立っていた。
できましたか?
では解説です。
男は、社会的立場を表します。家を守る、仕事を守る、社会的責任を果たすこと。
先妻は、愛、そして契約を表します。夫への愛、大切な人との約束。
後妻は、弱者性、無辜性を表します。若いながら貰われてきただけ、脅されただけ、仕方なかったこと。
男は、妻との約束を破ったこと、身を挺して新妻を守らなかったこと。
その落ち度に目をつぶれますか?
現在の妻が、過去の約束を知らずに夫と結ばれたことは、責められるべきことですか?
あなたがこの話の中で一番「怖い」と感じたのは誰ですか?なぜですか?
どうか、川を渡る前に、自分の影をよく見て。
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