2024年の今年の1冊は『わが投資術』清原達郎
ずっと細々と選んできた今年の1冊は『わが投資術 市場は誰に微笑むか』清原達郎、講談社とします。
「最後の長者番付」で1位となった伝説のサラリーマン投資家・清原達郎さんが、咽頭がんで声帯を失い、引退を決め「私には後継者がいない」ということで株式投資のノウハウと、バブル期以降の市場の動きを公開したのが本書。過去に類書がなく、面白さを味わうためには、ある程度の知識と経験は必要ですが、こんな本が読めるとは思いもしませんでした。
個人的には小型株をやるつもりはないんですけど、「ネットキャッシュ比率」などの考え方は本当に参考になりましたし、ベイズの定理を使った分散投資の仕方などは唸りました。また、野村證券社員による放火殺人、検察の不当逮捕など今年話題になったトピックについて生々しい記録が書かれている点も見逃せません。
清原さんは過去の野村証券について「準詐欺組織」と書いていて、こんなエピソードを紹介してくれています。
《「素晴らしい。野村證券は人材の宝庫なのかもしれない」と思いましたねえ。
支店長が大損している顧客を見つけて担当セールスを呼びつけ、
「お前の客これだけ損してクレームにならないか?」
「大丈夫ですよ。このババア完全にボケてますから。ほら、私このババアのハンコ持ってるんですよ。手数料足らない時は私に声 かけてください。いつでもペロ切りますから(売買手数料稼ぎま すから)」
「頼もしいなあ。よくぞ言ってくれた! 期待してるぞ!」》(p.91-92)
「検察なめんなよ」と不当逮捕されたプレサンスの山岸忍元社長の件などもどんな報道よりも分かりやすい。さすが、バリバリの経済人だと思いました。
8月の大暴落の時、800億円の自己資金のうち200億円超で三菱UFJを買われた清原さんに何も差し上げるものなどありませんが、いつものようにパチパチと拍手を。
今年は清原さんの『わが投資術』の他にも、『経済評論家の父から息子への手紙』山崎元、『100兆円の不良債権をビジネスにした男』川島敦など現役を引いたビジネスマンというか投資家の良書が目立ちました。
山崎元さんの『経済評論家の父から息子への手紙』の、資本主義とは生産手段(≒資本)の私有が許されることであり、優秀な社員の叡智を集めた企業が利益を上げた株式を買うことで資産を増やすことが新しい時代の稼ぎ方のコツだというのは分かりやすい。
『100兆円の不良債権をビジネスにした男』川島敦では、バブル期までの自称経営者たちはデューデリジェンスもやらずに不動産取引をし、バリュエーションも分からずに株式投資して大失敗したのは当然で、戦後復興から高度成長時代にかけては朝鮮戦争とベトナム戦争の地政学で儲けていただけなんだな、と改めて実感できましたし、仕事が出来ず威張ってばかりいた長銀がバブル紳士に骨抜きにされたのも頷けます。《東京には違法物件はそれほど多くないが、大阪にはものすごい量がある》なんてあたりも面白かった。
このほか、経済関係では『強い通貨、弱い通貨』宮崎成人、ハヤカワ新書も面白かったです。
残念ながら人類の歴史の中でカネほど平等なものはなかったし、いまのところ自由で恣意的な規制のない社会で資本家たちが利潤を求める中でしか社会の持続的経済的発展は望めそうにありません。吉本隆明さんの言葉を借りれば、資本主義は無意識の最高の発明なのかな、と。
政治関係では『冷戦後の日本外交』高村正彦が面白かった。石破首相に関して、自衛隊のヘリ部隊をアフガンに出すことは「やれないことはない」と無責任な発言したり、集団的自衛権の問題でも、無理筋な芦田修正を根拠にしようとしたり、自分では専門知識があるように振る舞っているのが危ういな、と感じました。
『一片冰心 谷垣禎一回顧録』での「安倍派はある意味で、派閥がなくなった自民党の姿の走りだったのかもしれません。それだけ、集団のガバナンスは難しいということです」という言葉は示唆的だな、と。
『国家はなぜ存在するのか ヘーゲル「法哲学」入門』大河内泰樹、NHKでは《ヘーゲルが生きていたのも感染症の時代であり、彼はその時代にパンデミックを引き起こしたコレラで死んだと考えられています。まさしく、感染症やその予防接種に対して社会がどう向き合うか、その際の国家の役割とは何かが議論されていた時代に、ヘーゲルは自分の社会哲学・国家哲学を練り上げようとしていました》というのが面白かった。
『THE UNIVERSE IN A BOX 箱の中の宇宙 あたらしい宇宙138億年の歴史』アンドリュー・ポンチェン、竹内 薫、ダイヤモンド社ではダークマター、ダークエネルギーなど未知の物質がなければ宇宙は現在あるような形にはなっていないし、実は質量の95%を占めているというのがコンピュータによるシミュレーションによって明らかにされてきたということを知りました。
以上が2023年12月から24年12月の書評年度に出版された新刊書の中でお勧めする本です。冬休みの読書計画の参考にしていただければ幸いです。
新刊書ではありませんが、『遺伝子 親密なる人類史 上下』シッダールタ・ムカジー、早川書房と『がん 4000年の歴史 上』シッダールタ・ムカジー、『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか? 上下』カーネマンほか、『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊 上下』アセモグルほかも凄かった…。人文書の翻訳はすっかり早川書房が中心となりましたね。
あと、今年は個人的に『光る君へ』にハマった年となりましたが、角川ソフィア文庫のビギナーズ・クラシックス日本の古典シリーズで『風土記』橋本雅之編、『権記』藤原行成、倉本一宏(編)、『小右記』藤原実資、倉本一宏(編)、『紫式部日記』山本淳子(訳)、『御堂関白記』繁田信一(編)、角川ソフィア文庫を読めたのは感謝でした。
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