『都市 江戸に生きる』
『都市 江戸に生きる シリーズ日本近世史4』吉田伸之、岩波新書
「裏長屋の暮らしをみ給え、かれらは義理が固い、単なる隣づきあいが、どんな近い親類のようにも思える、他人の不幸には一緒に泣き、たまに幸福があれば心からよろこびあう…それはかれらが貧しくて、お互い同志が助け合わねば安心して生きてゆけないからだ、間違った事をすれば筒抜けだし、そうなれば長屋に住んではいられない、そしてかれらが住居を替えることは、そのまま生計の破綻となることが多いんだ、なるべく義理を欠かさないように、間違ったことをしないように、かれらはその二つを守り神のように考えて生きているんだ、かれらほど悪事や不義理を憎むものはないんだよ」
シリーズ日本近世史の4巻目となる『都市 江戸に生きる』を読んでいる最中、ずっと思い出していたのが山本周五郎『寝ぼけ署長』のこの一節でした。
少し時代は進んでいるとはいえ、基本的に庶民の暮らしは貧しく、一歩間違えば悲惨な運命が待ち構えている。そんな世間の実相を描いた『都市 江戸に生きる』はシリーズ日本近世史の4巻目。
一六世紀から一七世紀前半には世界各地で城下町=城塞都市が一斉に出現するんだそうです。ヨーロッパだけでなく欧州の植民地にも。これは西欧起源の単一の世界が地上を覆い始めた時期。武器の革命、軍団編成や戦闘形態の激変などが要塞都市を生み出したのであろうか、というあたりはなかなか(p.15-)。でも、この考証、これ以上は進まないのがつまらない。これで押し切ってほしかったのに。
ということで、江戸の機能とそれを支える日雇いの独身男性の悲哀みたいな人情話口調になっていきます。
江戸幕府は町方の賄機能に依存して存続できたというんです。そのため独身男性が多く、しかも諸国から流れてきた、と。
名主の家に残されている「日記言上之控」によると、こうした男たちは、よくモノを取ってから逃げるんですよ。そして、その後は無宿になるんですが、その末路は悲惨なんすよ…(p.104)。
日記言上之控は市中からの訴えを記録した名主の記録。
綱吉が亡くなって町中物静が命ぜられていたんですが、小田原藩主が式に必要な桶類を新調しようとして、桶屋が大急ぎでこしらえたが、うるさいと文句をつけられたとかいう話しも紹介されています。結局、十分気をつけて細工の音が響かぬように、と仰せつけられたんだけど、こんなことまで職人は気を使わなくてはならなかったのか、みたいな(p.85-)。
重罪人の子供は市中の町に奴婢として与えられ雑用に使われていたんですが、町から金一両を添えて大工の弟子として引き渡され、職人にもなれた、というんですね。しかし、南伝馬町の日記言上之控では、こうした子が三ヶ月もしないうちに親方の家を逃げ出した例が記録されていて、切ない…。にしても、江戸幕府は、こうしたセーフティーネットもつくっていたんだな、みたいなことも考えました。
品川宿の章では、無宿人悪党狩で捕まった無宿人源次郎の供述内容が、なんかブレッソンの『ラルジャン』の主人公みたいな転落ぶりで切なくなります(p.184)。
日雇い稼ぎで暮らしながら、後家と一緒に暮らすことになった源次郎ですが、三十七歳の時に武士を打擲する事件をきっかけに所払いの刑を受けて無宿になります。その後、いったんは品川宿にもどりますが、所帯を持っていた後家からは拒絶され、故郷の尾張に戻っても母や兄弟たちから厄介者として絶縁を通告される、と。
無宿人は賭博や盗み・強請(ゆすり)で生きて行くかなかったのかもしれません。
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