『高度成長』
『高度成長 シリーズ日本近現代史 8) 』武田晴人、岩波新書
シリーズ日本近現代史も8冊目となりました。今回、扱っているのは55年体制からニクソンショックとオイルショックを経て低成長下の経済に入ったところあたりまで。
ここらあたりになると、歴史という感じはだんだんしなくなりますね。しかも、著者があとがきで書いているような『朝日年鑑』を順番に読んでメモをとっていくという手法は、有難みを感じさせませんし。
どっかで読んだけど忘れていたな…と思ったのは鳩山首相が勇退の代わりに結んだ日ソ共同宣言の発効と同じ日に日本が80番目の国連加盟国になったこと。鳩山首相は右派などから随分、批判されたんですが、こうした一連の動きの中でIMFやGATTへの参加も実現した、というあたりの指摘は新鮮(p.27)。GATTへの加入には、戦前の繊維製品のダンピング輸出で苦い経験を持つイギリスなどが反対し難航したというんですな。そこで助け船を出したのはアメリカ。アメリカは日本に対して関税引き下げを行う国に対しては、その国の希望する関税を下げる用意があると表明。55年にやっとのことで3年がかりで加盟国になったというんです。いやー、戦後はアンクル・サムにお世話になりっぱなしなんですね、日本は。
55年以降《経済が好景気に向かうと、決まって原材料等の輸入が増加し、貿易収支が悪化して「外貨の天井」にぶつかる》という「ストップ・アンド・ゴー」の状態が続いて、それが景気政策になっていた、というのは考えてみればオートマティカルで中立的な政策だったのかもしれません。しかし《1967年を転機にして、貿易収支は、恒常的に黒字を示すようになり》(p.152)、外貨は好況が持続しても増えるようになった結果、「ストップ・アンド・ゴー」による景気循環は消滅した、と。
これが「いざなぎ景気」の長期化の理由のひとつにはなったのですが、景気の舵取りが財政当局によるコントロールに委ねられるようになった結果、巨額の財政赤字が残ったというのは皮肉な限り。
こうした外貨による「ストップ・アンド・ゴー」が効かなくなったとことの結果は、以下のこととパラレルなんじゃないか、ということを言いたかったのではないかと思いました。それは最後。本書はこう結ばれています。
しかし、経済成長を目指した時代には、成長それ自体が目的だったわけではなかった。鳩山内閣の経済自立五ヵ年計画が五%成長を目標としたのは、未だに広範に残っていた雇用の不安や潜在的な失業を解消していくことが必要だったからである。そうした目的を失ったとき、成長は自己目的化し、日本は成長の神話を追いかけ続けることになった。(p.240)
始めに戻りますと、経済成長という言葉が経済白書に最初に載るのは「もはや戦後ではない」と同じ1956年版だそうです(はじめにiv)。
鳩山内閣の策定した経済計画は「完全雇用の達成」を重視したものだったけれども、生産性向上の原則と相入れないという通産省からの批判で「経済規模の拡大と雇用機会の増大」に修正させられた、という話も面白かったですね(p.76)。「完全雇用を重視すると生産性が落ちて、国際競争力が損なう」という当時の通産省の立場が間違っているとは思いませんが、それがあまりにも続くと中曽根内閣あたりの時には保守内部でも路線対立が見いだせなくなる、というのはなんとも皮肉な話です。
そうした話は《61年に国民皆保険・皆年金が達成されたのち、潜在的な医療需要が掘り起こされて》(p.170)医療費が増加していったということにも通底しているように個人的には感じます。
まあ、月並みな話にはなってしまうんですが、人間は満腹を知らないんですな(それが一概に悪いともいえませんが)。
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