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January 31, 2016

『シリーズ日本中世史1 中世社会のはじまり』

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『シリーズ日本中世史1 中世社会のはじまり』五味文彦、岩波新書

 五味文彦さんは史料を徹底的に読み込むとともに、文芸作品や遺跡調査なども含めて立体的に当時の社会を描いてくれる方です。
 
 [はじまり]で後三条天皇による荘園整理令などの一連の国政改革によって地域権力が成長し、武士や民衆が台頭して分権化が進んだということが書かれます。同じく後三条天皇にはじまり白河院によって本格化する院政とともに、同時に「家」の形成がされる、ということが重要だとされています。院政とともに、一見、天皇「王家」は優越的なものになっていきますが、その裏で源氏・平氏は院に仕えた地位を利用して地方の武士たちとの間に主従関係を築き、力を蓄えていきます。

 後三条天皇の後を継いだ白河天皇はタブーを恐れず、異母弟がいたにもかかわらず幼い我が子の堀河天皇を立て、譲位します。これが家長権を掌握していく中で成立した院政の起点。経済的には荘園や公領が集積され、継承され「王家」となっていきます。

 白河院は堀河天皇が若くして亡くなると孫にあたる幼い皇子を鳥羽天皇として位につけます。摂関時代には陣定(じんさだめ)の会議が意志決定機関でしたが、それを院の御所で開かれる議定に変え、鳥羽殿(とばどの)を造営し、実力の背景として武士を集めます。

 モニュメントで「王家」を飾った白河院に対しコレクションで王権を飾ったのがこの鳥羽院で、鳥羽院の宝物収集に応じたのが越前守として貿易に精通した平氏だった、という具合に歴史は流れていきます。

 こうして貴族や武士に「家」が生まれ、その地位や家産が子孫に継承されてゆく動きが広がるなか、家から逃れ、遁世する動きも出てきます。実は西行もそうしたムーブメントに乗ったひとりとか(p.83)。

 院政時代になって氏から家が形成されてきたわけですが、このことを歴史物語として語っているのが『今鏡』。今鏡の作者は藤原為経。その父為忠は藤原道長を語った『大鏡』の作者で、歴史物語も多くの情報が集まる家に蓄積されていくようになります(p.136-)。

 ぼくは好きな歌集は断然、新古今と金槐なんですが、実朝のは東国の王として民を慈しんだ撫民の歌という観点はありませんでした。五味さんによると

 時によりすぐれば民のなげきなり 八幡龍王雨やめたまへ

 などは撫民の歌と考えられるそうです(p.173)。

 個人的に一番唇に乗せた歌は、実朝の

 大海の磯もとどろによする波 われてくだけて避けて散るかも

 で、吉本さん流に、実は波の動きをリアリズムで歌ったのかな、と思ってたんですが、和田合戦から、鴨長明と会ったことから無常を痛感する、あたりを反映しているとか。

 『中世社会のはじまり』のキーワードは家、王、身体。荘園など所有物に価値が高まり、それを子孫に間違いなく残すため氏から家への変化が生まれ、院政も天皇が自分の子供に位を譲るために始まり王家となっていき、社会的な家の秩序化も進展。さらには自分の価値に目覚めて養生を図るなど身体化も進む、ということでしょうか。「茶」も養生のために飲むことが進んだそうです。

 それにしても06年11月の〈シリーズ 日本近現代史〉の第一巻『幕末・維新』から刊行されてきた日本史のシリーズは古代史、中世史、近世史が刊行され、鎌倉時代から戦国時代を扱う4巻の中世史シリーズで完結することになります。全26巻。日本史を語る最低限のベースとなるシリーズだと思います。

 五味先生は『日本の中世を歩く 遺跡を訪ね、史料を読む』も読んでみようかな、と。

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