「総員玉砕せよ!」―国から「死ね」と言われた若者から、親に「死ね」と言う若者へ
「みんな死ね!」というのが、“作戦”であり“命令”なのだ。
赤紙とやらで有無を言わさず連れて行かれ、有無を言わさず、ただそこで「死ね」と命令される。自分がそのようにされたら、一体どのように思うか…。
あとがきで水木しげるは書く。
『ぼくは戦記物をかくと“わけのわからない怒り”がこみ上げてきて仕方がない』(*1)
総員玉砕せよ! (講談社文庫)
このマンガは、前項の「水木しげる伝(中)戦中編」の最前線の現場を描いたものだ。
『軍隊で兵隊と靴下は消耗品といわれ、兵隊は“猫”くらいにしか考えられていないのです』―その戦地での、まさに猫のごとき日常が描かれている。無為の日常の挙げ句の「死ね」という命令。
『将校、下士官、馬、兵隊といわれる順位の軍隊で兵隊というのは“人間”ではなく馬以下の生物と思われていたから、ぼくは、玉砕で生き残るというのは卑怯ではなく“人間”としての最後の抵抗ではなかったかと思う』
そう思う彼は、マンガの中で(といっても『九十パーセントは事実です』とのこと)軍医に次のように言わせている。
『虫けらでも何でも生きとし生けるものが生きるのは宇宙の意志です』
『人為的にそれをさえぎるのは悪です』
『軍隊というものがそもそも人類にとって最も病的な存在なのです』
なぜ、その病的なものが存在するのか。
それは、資源を確保し豊かになるため。
豊かになるには手を取り合うしかないのだが、
手に武器を持って殺し合っている。
雲も、星空も、海岸も、鳥たちも、草花も、どこまでものどかだ
誰をも拒みはしない
誰のものでもない神からの賜であるこの島を
愚かにも取り合っている
大らかな自然
美しい島
人間の歌う歌だけが哀しい
そして、人の姿だけが無惨だ
『あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか』
隣の陣地を守る連隊長が言ったというこの言葉の空しさ。
しかし、この空しい言葉にすべてが表されている。
守るべき地球を破壊しながら、
その地球のごく一部の陣を取るために殺し合っている。
陣を取ったら、開発という名の破壊が続く……
結局、生態系の一部となることを拒んだ文明は地球を破壊し続ける
(地球に甘え続けている)
破壊の権利を誰が握るのか、その「破壊権」を奪い合うのが戦争だ。
だから、破壊し合う。
破壊の凄さを見せつけ合う。
愚かだ。
一体何のために、人間はその脳を使っている。
いや、使っていない。
それは、この物語を見れば明らかだ。
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ところで、巻末のインタビューで彼は次のように言う。
『私、戦後20年くらいは他人に同情しなかったんですよ。戦争で死んだ人間が一番かわいそうだだと思っていましたからね、ワハハ』
そうなんだろうと思う。
何しろ、国から「死ね」と言われたのだ。
情を持つどころか、肉の器ごと人が破壊される日々を過ごしてきたのだ。
喜怒哀楽を体で表現できるだけマシ―そういう思いも湧くだろうなぁと思う。
あれほど感性豊かな水木しげる氏が、戦後20年間もの間、情をなくしたのである。戦争は、この時代に生きた人から情を奪ったのだと思う。
しかも、20年たって情を取り戻して、あるがままの気持ちで生きられるようになったわけではない。「水木しげる伝(下)戦後編」に出てくるが、彼は昭和天皇が亡くなったとき、こう書いている。
『昭和から「平成」になってなぜかボクの心も平静になった。それはあの戦争へのやり場のないいかりから解放されたような気になったからであろう』
『戦争中はすべて天皇の名ではじめられ、兵隊もその名でいじめられたものだから、ついやり場のないイカリを、天皇には悪いけど、何となく無意識に“天皇”にむけていたのだった。それがなくなってしまったのだ』(*2)
つまり、水木氏は情を取り戻してから後も、さらに20年あまり怒り続けていたのである。私も怒りから解放されて初めて、日常生活の基調に「怒り」があったと気づいたが、水木氏もまた同じだったのだろう。
そして、それに気づくまでは、自分が怒りの中に棲んでいるとは思っていなかった。その間に家族に及ぼした影響はいかばかりか…。
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私はあるお父さんのことを思い出した。
奥さんは鬱で子どもは自分を傷つけていたのに、自分の家庭が全く普通の家庭だと思っていた方である。なぜこれほどまでに「気持ち」に鈍感であったのか。【人は内的現実を生きている】を読んでみてほしい。
お父さんにとっては戦時ではなく平和な日々であっても、家族にとっては存在を無視された日々であった。お父さんが国から「死ね」といわれたように、お父さんは無自覚だが、家族の存在を認めていなかった。つまり、「死ね」と言っているようなものだった。だから、子は苦しくなって自分を傷つける。あるいは人を傷つける。または、自分が親になったとき我が子を虐待したり無視する…。
いかがだろうか。
今、親に「死ね」と言っている若者は、国から「死ね」と言われた祖父母の封印された怒りが噴出しているのではないか。
今、子(第4世代)を動物のように虐待したりネグレクトしている若い親(第3世代)は、国から犬猫のように扱われた祖父母(第1世代)の怒りが反映しているのではないか。
私は、自分の両親(第1世代)―私たち夫婦(第2世代)―子供たち(第3世代)、の関係を考えたとき、戦争を体験した親の怒りが影響し、世代間連鎖していることをハッキリと感じるのである。
決して安心を得られない物質的豊かさを追い求めてなされる競争や戦争が、その後3世代以上にわたって人を苦しめ続けることを、人の社会を地獄におき続けることを、しっかりと認識してほしい。
戦争に正義がないことの本質は、数世代にわたる「心の破壊」にこそある。
なすべきことはひとつ。
競争からおりよう。
*1 憑かれたような創作意欲の根源に戦争の不条理に対する怒りがあるだろうと思う。山崎豊子さん、平山郁夫さん、新藤兼人さんなどに通じる怒りだ
(他にもいらっしゃいますが、3人挙げました)
・山崎豊子さんを突き動かした不条理への怒り
・静謐の裏の不動明王―平山郁夫氏
・新藤兼人さんに映画「ヒロシマ」を作って欲しい
*2 なお、ご本人は怒りがなくなったと書かれているが、それはぶつけ先がなくなったために封印しただけのこと。それがまだ残っていることは、解説のエピソードを読めばよくわかる
**8月6日8:15
原爆死没者慰霊式・平和祈念式の中継を見ました。
そして、8:15、妻とともに黙祷を捧げました。
【ご参考】
・「死ね」「殺す」と子に言われる親御さんへ
・精霊に守られた人―水木しげる伝
・水木しげる、ジョー・オダネル、吉田堅治-3人の人生から感じたこと