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2026-04-22

愚夫愚妻問題

「愚妻と言っても愚夫とは言わない」とか「愚妻というのは『愚かな妻』ではなく『愚かな自分の妻』という意味だ」などという話で盛り上がっているので調べてみた。

まず、中国語では「愚〜」は「自称」としてしか使われないようだ。

たとえば「愚兄」は年長者が使う自称で、「愚老」は老人が使う自称、「愚臣」は家臣が使う自称である

弟が兄を指して「愚兄」、孫が祖父を指して「愚老」、王が家臣を指して「愚臣」などとは呼んだりしない。

「愚妻」や「愚息」という言い方はなさそうだが、もし存在するなら、

「愚妻」は妻自身が己を指して使う言葉となり、「愚息」は息子自身が己を指して使う言葉となるのだろう。

まり「夫が妻を指して言う愚妻」「親が息子を指して言う愚息」は日本独自用法ということになる。

本来自分しか向かない謙遜の「愚」が、自分以外(身内)に向くような用法が生まれしまった。

第一問題は、このねじれにあるのだろう。

愚妻

まず、「愚妻」は日本でどういう解釈をされてきたのか。

「愚妻の愚は自分意味である」という説明明治時代にも見られる。

1906年明治39年河村北溟『中学漢文辞典

愚息 わたくしの子供と云ふ心なり 愚とは自分卑下して云へるコトバにて、馬鹿なコドモと云ふ心にあらず、愚妻、愚弟ミナ然り、ツマり愚がコドモと云ふ心なり


ただ、他の辞書は、単に「自分の妻を卑下して言う語」などと書いているだけで、ここまでの細かい説明はしていない。

全体として「愚妻」は素直に「愚かな妻」として解釈されることが大半だったようだ。

以下の随筆が興味深かった。

1905年明治38年上司小剣『小剣随筆 その日その日』

自分の妻のことを、人に対して愚妻といふのは、謙遜のつもりであらうが、甚だしく妻を侮辱した言語である。妻は人に対して、自分の夫のことを、愚夫とはいはないやうである

昨今の議論と同じことが、この当時から言われていたのだなあと思う。

しかし「愚妻の愚は自分意味である」という説は終戦後に復活する。

1962年昭和37年荻原井泉水人生は楽し』

さきごろ、京都滞在中、新村出博士訪問して班日の閑談をした。(中略)博士の言われるのに、「愚妻」というのは「おろかなる妻」ということではない、「愚(自分)の妻」ということだ。だから、決して女性を軽視したということにはならない、うんぬん。

新村出言語学者で、広辞苑編集者でもある。ただ、荻原井泉水はこれを「新説」とみなしている。

男女同権論者が、ことばの正解的の意味を取り上げて屈辱的と非難するのはあたらないけれども、そのニュアンスを取り上げて封建的な「におい」がするというのは、かならずしも不当だとは言えない。それなればこそ新村博士の「愚(自分)の妻」という新説が提言されるわけなのである。そしてこの新説はおもしろいと思う。ちかごろ、流行するアメリカふうの同権論者の時流を背負っている公式的広言の口を封ずるにはキキメがある。

変わらなすぎて草。

1966年昭和41年寿岳章子レトリック -日本人の表現-』

この「愚」は他の何かのことばが下につくが、たとえば「愚亭」とか「愚鷹」とかの実例を通じて考えられることは、この種の表現法はどうも「愚かなる〇〇」ではなくて、「私の〇〇」ということらしい。つまり「愚」というのは「私」という一人称の一つであるのだ。

寿岳章子中世を専門とする国語学者だが、やはり「史料から推察される」というだけで、「学術的に常識である」という書きぶりではない。

1977年昭和52年)『サンデー毎日市川三郎「只今笑談中」

だが、一説によると、「愚妻とは、愚生の妻の意で、夫みずから謙そんしていう語だから一向に差しつかえない」という


1981年昭和56年楠本憲吉『女ひとりの幸はあるか』

愚妻というのは、愚かな妻、イカれた女房のことではなく、愚生の妻、愚老の女房、の意で、この愚は亭主のほうにかかる形容であって、決して妻を形容するものではない。


1985年昭和60年藤本義一『男の遠吠え』

愚妻の愚は妻にかかっているのではなくて、むしろ夫にかかっているのをご存じないらしいのだ。愚かなる私奴の妻でございます。ということである


「どうも〇〇らしい」→「一説には〇〇という」→「これは〇〇である」→「〇〇ということも知らないのか」と、どんどん断定調になっていて面白いありがちな伝言ゲームである

愚夫

「愚夫」という言葉については、その多くは単に「愚かな男」という意味で使われていた。

まり夫婦の「夫」ではなく、男性一般意味の「夫」であった。

この場合に対となるのは「愚妻」ではなく「愚婦」である

「愚夫愚婦」と総称されて「愚かな庶民」のような意味で非常に多く使われていた。

では、謙称として自分の夫のことを「愚夫」と呼ぶ例はどのくらいあっただろうか。

1896年明治29年)『人情世界』「探偵実話 美人冤罪死刑

私が先年愚夫(つれあい)と離縁れまして父の方へ今の玉を連れて復籍致しましてから続く不幸に今の如な難儀に落入りました……


1904年明治37年エドワード・ソーンダイク著・北沢定吉訳『人性研究

江本夫人 この倶楽部の始められた晩の食事の時に、荒木教授演説に就いて、我々の話した事を御記憶ですか。私は、見るのは、眼でなくて、眼のうしろ智慧だと主張し、愚夫(ヤド)が、澤田様には、二間も先の小虫を見ることが出来ると、いふ事実を語って、私に加勢しました。


手紙の書き方ガイドの「謙称のまとめ」のようなところで「拙夫」などと並んで「愚夫」が出てきていたりもした。

検索のやりようが難しいので、探せば他にもありそうだが、とりあえず例が無いということはないようだ。

まとめ

中国では「愚〜」は自分に対してしか使われない

 ↓

日本では謙譲の対象範囲が身内にまで拡大されて「愚妻」「愚息」などの言葉ができた

ただ当時の感覚では「愚(自分)の妻」のような意味だった可能性が高い

 ↓

明治時代にはもうほとんど「愚かな妻」という意味認識されていた(謙遜としてではあるが)

 ↓

「愚妻」の対となる「愚夫」の用例も無いではなかったが

単に「愚かな男」という意味で使われるのが大多数だった

 ↓

戦後になって「愚妻」への非難カウンターとして「愚は自分のことである」との説が復活した

といったところではないか

個人的感想

謙譲の対象を身内まで広げたのが悪いよ。

2023-08-06

anond:20230805205546

花登 筺さんとか藤本義一さんとか田辺聖子さんとか浜村淳さんとか、大阪ことば文化って感じするよ。普通にしゃべってても全部音程ついてる。

 
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