「愚妻と言っても愚夫とは言わない」とか「愚妻というのは『愚かな妻』ではなく『愚かな自分の妻』という意味だ」などという話で盛り上がっているので調べてみた。
まず、中国語では「愚〜」は「自称」としてしか使われないようだ。
たとえば「愚兄」は年長者が使う自称で、「愚老」は老人が使う自称、「愚臣」は家臣が使う自称である。
弟が兄を指して「愚兄」、孫が祖父を指して「愚老」、王が家臣を指して「愚臣」などとは呼んだりしない。
「愚妻」や「愚息」という言い方はなさそうだが、もし存在するなら、
「愚妻」は妻自身が己を指して使う言葉となり、「愚息」は息子自身が己を指して使う言葉となるのだろう。
つまり「夫が妻を指して言う愚妻」「親が息子を指して言う愚息」は日本独自の用法ということになる。
本来は自分にしか向かない謙遜の「愚」が、自分以外(身内)に向くような用法が生まれてしまった。
「愚妻の愚は自分の意味である」という説明は明治時代にも見られる。
愚息 わたくしの子供と云ふ心なり 愚とは自分を卑下して云へるコトバにて、馬鹿なコドモと云ふ心にあらず、愚妻、愚弟ミナ然り、ツマり愚がコドモと云ふ心なり
ただ、他の辞書は、単に「自分の妻を卑下して言う語」などと書いているだけで、ここまでの細かい説明はしていない。
全体として「愚妻」は素直に「愚かな妻」として解釈されることが大半だったようだ。
以下の随筆が興味深かった。
自分の妻のことを、人に対して愚妻といふのは、謙遜のつもりであらうが、甚だしく妻を侮辱した言語である。妻は人に対して、自分の夫のことを、愚夫とはいはないやうである。
昨今の議論と同じことが、この当時から言われていたのだなあと思う。
しかし「愚妻の愚は自分の意味である」という説は終戦後に復活する。
さきごろ、京都に滞在中、新村出博士を訪問して班日の閑談をした。(中略)博士の言われるのに、「愚妻」というのは「おろかなる妻」ということではない、「愚(自分)の妻」ということだ。だから、決して女性を軽視したということにはならない、うんぬん。
新村出は言語学者で、広辞苑の編集者でもある。ただ、荻原井泉水はこれを「新説」とみなしている。
男女同権論者が、ことばの正解的の意味を取り上げて屈辱的と非難するのはあたらないけれども、そのニュアンスを取り上げて封建的な「におい」がするというのは、かならずしも不当だとは言えない。それなればこそ新村博士の「愚(自分)の妻」という新説が提言されるわけなのである。そしてこの新説はおもしろいと思う。ちかごろ、流行するアメリカふうの同権論者の時流を背負っている公式的広言の口を封ずるにはキキメがある。
変わらなすぎて草。
1966年(昭和41年)寿岳章子『レトリック -日本人の表現-』
この「愚」は他の何かのことばが下につくが、たとえば「愚亭」とか「愚鷹」とかの実例を通じて考えられることは、この種の表現法はどうも「愚かなる〇〇」ではなくて、「私の〇〇」ということらしい。つまり「愚」というのは「私」という一人称の一つであるのだ。
寿岳章子は中世を専門とする国語学者だが、やはり「史料から推察される」というだけで、「学術的に常識である」という書きぶりではない。
1977年(昭和52年)『サンデー毎日』市川三郎「只今笑談中」
愚妻というのは、愚かな妻、イカれた女房のことではなく、愚生の妻、愚老の女房、の意で、この愚は亭主のほうにかかる形容であって、決して妻を形容するものではない。
愚妻の愚は妻にかかっているのではなくて、むしろ夫にかかっているのをご存じないらしいのだ。愚かなる私奴の妻でございます。ということである。
「どうも〇〇らしい」→「一説には〇〇という」→「これは〇〇である」→「〇〇ということも知らないのか」と、どんどん断定調になっていて面白い。ありがちな伝言ゲームである。
「愚夫」という言葉については、その多くは単に「愚かな男」という意味で使われていた。
つまり、夫婦の「夫」ではなく、男性一般の意味の「夫」であった。
「愚夫愚婦」と総称されて「愚かな庶民」のような意味で非常に多く使われていた。
では、謙称として自分の夫のことを「愚夫」と呼ぶ例はどのくらいあっただろうか。
1896年(明治29年)『人情世界』「探偵実話 美人冤罪死刑」
1904年(明治37年)エドワード・ソーンダイク著・北沢定吉訳『人性研究』
江本夫人 この倶楽部の始められた晩の食事の時に、荒木教授の演説に就いて、我々の話した事を御記憶ですか。私は、見るのは、眼でなくて、眼のうしろの智慧だと主張し、愚夫(ヤド)が、澤田様には、二間も先の小虫を見ることが出来ると、いふ事実を語って、私に加勢しました。
手紙の書き方ガイドの「謙称のまとめ」のようなところで「拙夫」などと並んで「愚夫」が出てきていたりもした。
検索のやりようが難しいので、探せば他にもありそうだが、とりあえず例が無いということはないようだ。
↓
日本では謙譲の対象範囲が身内にまで拡大されて「愚妻」「愚息」などの言葉ができた
ただ当時の感覚では「愚(自分)の妻」のような意味だった可能性が高い
↓
明治時代にはもうほとんど「愚かな妻」という意味で認識されていた(謙遜としてではあるが)
↓
「愚妻」の対となる「愚夫」の用例も無いではなかったが
単に「愚かな男」という意味で使われるのが大多数だった
↓
戦後になって「愚妻」への非難のカウンターとして「愚は自分のことである」との説が復活した
といったところではないか。
謙譲の対象を身内まで広げたのが悪いよ。
どうやって原文調べたのか気になる。国会図書館?
国会図書館デジタルコレクションやで 適当に検索すれば引っかかるやで
そうなんだ、調べるの偉いしすごい
「site:aozora.gr.jp」を付けて検索すれば、明治~昭和初期の豊富な資料から書誌付きで用例を探せるという知恵は共有しておきたい。 例: site:aozora.gr.jp 愚夫 674件
青空すごいくないか?
すげー! ガイジンのウィッキーペディアなんかよりここにカネを…
補足すると、それら文章はすでにAIの学習データとして利用されている。 つまり、まずAIに聞いて、それから図書館でソースを確認したほうが早い。
👮🚔️キミどこのAI?
ざっと見てみたけど "愚夫愚婦" と並べる形で、しかも謙遜の意味じゃなく「愚かな男女」ってそのままの意味っぽいね
青空文庫で言葉調査もいいけど、それは結構昔に流行った調査ハックで、今は元増田が使った国会図書館デジタル使うのが資料の質量ともに最強でしょ 昭和までのほとんどの日本の文字...
お前らこれ知らなかったのか みんな、エロ動画調べる時に何度もお世話になるもんだと思ってた
青空文庫にエロ本ってそんなにあるか?
site: っていうコマンドを使うって話だ。
site:aozora.gr.jp ズゴック 0件
グフはいるのにな
中国語にも自分の息子をへりくだって呼ぶ言葉として「犬子」や「豚儿」があると聞いたぞ
犬子は司馬相如に由来するらしい。 例の「わざと子供に蔑称をつけて災いから守る」というやつだな。 司馬相如にちなんで自分の息子を犬子と呼んだということなので単純な謙称ではな...
いったん こういうの大事な指摘だと思います https://anond.hatelabo.jp/20260421201542 と納得したのにまたややこしくなってきたな
素晴らしい夏休みの研究になるな、これは
「愚妻」は妻を侮辱した語であるというのが一般的だった、という根拠が上司小剣一人にかかってるのはしんどくないかね もうちょい用例を見ないと判断できん
ザコ「愚父とは違うのだよ!愚父とは!」
仮に、愚かな自分の妻だったとしても。 愚かな男と結婚するような女は愚かでしょ。 だから、どう解釈しても愚妻の妻は愚かなのよ。
こやつ愚かにも断じよったわ
女性が下方婚しないのは統計的事実です
でもそりゃあたしかに『科捜研の女』の中の人は下方婚していませんよね?
女性が下方婚しないことを認めるんですね?
問題点を理解してなくて愚か
ただ、他の辞書は、単に「自分の妻を卑下して言う語」などと書いているだけで、ここまでの細かい説明はしていない これ元々は、妻を直接愚かとして卑下するというよりは、話者で...
「一歩下げて」るんだから「愚は自分の事だから妻は下げてません」は間違いってことだよね。 一歩だろうが何だろうが結局下げてるわけで、謙遜するにも「私にはもったいない妻で」...
近年、性癖()が多様化しているので大丈夫だけじゃなくて大丈婦のまんがもアニメ化されてるよな
箱根の山は天下の阻 () 羊腸の小径は苔滑か 一婦関に当るや 万婦も 開くなし
「匹夫(ひっぷ)」は、身分の低い男や、教養がなく思慮の浅い一般人を指す中国由来の言葉です。無鉄砲な勇気を表す「匹夫の勇」や、卑しい男女を指す「匹夫匹婦」として使われる...
HipのYou
Are you, you care
使う奴らがどういうつもりで使っていたかを考えれば明らかなんだよな
エッチ(*´艸`*)
愚息、愚妻を使う奴らが一人称を愚にしてない時点でお察しなのよ
愚鈍「グヘヘ、この愚鈍さまに妻子など不要!!(泣いてないやい!😢)」
だよねー
愚は使わないけど、同じ意味の不肖は最近でも使う
小生、愚生、拙子、拙下
愚夫「ザクとは違うのだよ、ザクとは」
謙譲語で自分以外の身内を下げるのは普通じゃないの?
妻を下げるな → 愚は自分の事だから妻は下げてません ってのが主張だったからね 身内を下げるのが謙譲語なので妻を下げてますって言えばこんなにこじれなかったよ
お前のすぐ下に勝手に妻を下げるな!妻はお前の所有物じゃない!ってこじれそうな奴おるで
それは妻を下げるか下げないかというシンプルな価値観の問題だからね。 現代の価値観で言えば「妻を下げる」と言う行為は分が悪いから「妻を下げていない」という詭弁を持ち出した...
今のフェミはだいぶアレになったな。 この話題の何がアホなのか解説しよう 表現の本質は、"落としてめる"云々じゃないんだよん。そこに反応してる時点で、かなりペラペラ。 ...
これも相当アホだな。 家族を身内と扱うなは無理スジだし 代表とかの言葉で、排他性と上下関係ねじ込んで誘導してるアホ。 妻側も他人に対して夫を下げて言える、言うのが普通って...
でも夫に愚はつけへんし、そもそも自称に愚をつけてないやんって話やで
そういう話をしとるやんけ 相変わらず文章が読めないな
妻「お前外で私のこと『愚妻』って言ってるらしいな」 夫「ちがうよ!『”愚かな僕”の妻』で愚妻ってことだよ!!!」 的な言い訳があったというだけではなくて?
ちんこ「お前外で私のこと『愚息』って言ってるらしいな」 主人「ちがうよ!『”愚かな僕”のちんこ』で愚息ってことだよ!!!」 やっぱおかしいな 愚は謙遜一択
愚利口
ドラえもん「ぐふふ」
奥様方の集まりでも「うちのクソ旦那早くくたばればいいのに!」って謙譲してるの聞くよ
人類はみな愚かなので、愚妻から愚を取るのではなく、自称他称問わずあらゆる人称に愚を付加するべき
愚増田
増田という言葉は愚かな人間を指します 愚増田だと二重表現になってしまいます
明日は休みじゃ 愚夫婦
中国でも謙遜が自分以外(身内)に向くような用法はあったのでは? 「賤内」 「犬子」 などなど。
「漢文的には『愚(自分)の妻』の意味であるのは明らか」とか言ってる人たちに 「中国語ではそういう意味はないから言うほど明らかではないよ」って言ってるだけじゃん? あと犬子...
よーわからんが愚妻がーって言われたら その場でうちの愚夫がーて言ったら解決するんじゃないかね そこで夫が怒ったら話はそれからだってなるんやん
なんで夫婦で喧嘩せなあかんねん
少なくとも愚妻の愚は話者の自称であるという主張の人は 怒らんだろうからそいつの嫁さんは愚夫を使ったらいいと思う それ以外の人が使わなきゃいいだけや
昔は遜るのが相手に対する敬意の表れ?だったけど 最近は聞いてるほうが不愉快になるから 使わんほうが礼儀正しいのは確かだね
中学の頃に父に 「ねぇお父さん、愚妻や愚息はあってもなんで愚娘はないの?」 って聞いたことを思い出した。