はてなキーワード: チベット侵攻とは
問題は、琉球の独自性自体は歴史的事実であって、琉球の歴史的権利を尊重するべきであるということ自体は正論だということなんだよな。
琉球王国は、どう考えても軍事的にムリヤリ併合されたわけで、沖縄県が日本領であることが歴史的不正義と言われればそれはそう(ちなみに、アメリカはハワイ王国の滅亡に関してクリントン政権のときに謝罪している。日本も琉球王国を滅ぼしたことを謝罪すべき)(もちろん中国によるチベット侵攻も不正義なので、中国はチベット併合を謝罪して正統なパンチェン・ラマ11世の居場所を明らかにし、ダライ・ラマ14世の後継者問題にはノータッチであるべきだ)。
琉球人は国際的な先住民族の定義にきれいに当てはまるにもかかわらず、日本は琉球人を先住民族とは認めていない。これは間違っているので、琉球人を先住民族として認定しなければならない。
また、沖縄語をはじめとした琉球諸語が日本語とはまったく異なる言語であり(確かに同じ日琉語族ではあるが、同じ語族であることは同じ言語であることを意味しない。個人的には琉球語が九州語の内系統であり日琉祖語から直接分岐した系統ではないという説に魅力を感じるが、しかし、比較言語学的な分岐の年代と言語としての独自性は別の話だ。日本語と琉球諸語との違いは、デンマーク語とスウェーデン語の違いよりも明らかに大きい)、保護・尊重されるべきであったにもかかわらず黙殺・抑圧されてきたこともまた事実だ。
さらに、日本の戦争指導によって、沖縄戦という地獄が現出し、多くの文化財が失われ、多くの琉球人が強制的に自決を強いられたり殺されたりしたというのは、本土の日本人が忘れてはいけない琉球への負債だろう(余談だが、ウクライナ戦争とかでとんでもないことを言う沖縄の左翼がいるのも、こういう歴史的経緯からはまあしゃーないと思う。防衛戦争の名目でご先祖様を自国軍に殺されたんだから、そりゃ、防衛戦争は悪! 防衛側の軍はさっさと降伏しろ! っていう発想の人が一定数出てきちゃうのは仕方ないよ……)(賛同しているわけではない、念の為)。
もちろん、現在の琉球の人びとが日本国民としてのアイデンティティを抱いているのは事実だし、沖縄県内の選挙で琉球独立派は泡沫候補としての票しか得られていないし、彼らが中国への併合に同意する日が来るとは思えないので、政治的な帰属の問題としては現状維持でまったく問題ないだろう。だがそれは、日本が琉球の民に行ってきたことが免罪されるということを意味しない。日本は中国の横槍を粛々と無視して、正面から琉球問題と向き合うべきだ。つまり、琉球に対して日本が行ってきた不正義を認識し、是正のための方策を探るべきだ。
香山リカと小林よしのりの対談の話題を見てからどうにも我慢がならなかったのでここに書きたい。
小林よしのりはアイヌは既に血が薄くなっていて民族と言えないというようなことを言っていたらしい。
中国はチベット侵攻からしばらくの間はともかく、現在はその土地へ漢民族を移住させ経済的に支配する事で困窮するチベット族の女性が漢民族の男性と結婚するという類いの同化政策が主だと思う。
中国があと100年、世界の声を無視して、今のアイヌと同じ程度に混血が進めば、小林よしのりと同じ事を言えば許されることになる。
小林よしのりは確か九州出身だから、現実感というか関心が今まで無かったためにこんな矛盾した事を言うのだと思う。
かつて日本人がアイヌの民族的特徴を研究する為に勝手に墓を掘り返したり、祭や儀式は宗教的な意味合いのあることは日本文化でも同じはずだが、観光目的で毎日その儀式をさせ、その意味を失わせるようなことをしてきた事。
それに怒りを覚えて活動し、議員になってアイヌ新法が制定される原動力となった萱野茂の存在を知っている北海道民としては、小林氏の発言はとんちんかんで無責任としか感じない。
アイヌの人たちは昔ほどではないにしろ、今も差別を受けていて、中にはそれがきっかけでアイヌのアイデンティティを意識し活動している人もいる。
彼らはそもそも差別の原因が民族の違いに基づくものだから、差別がある事そのものがアイヌが民族として確かに存在している事を示している、ということを皆も素直に受け入れられるのではないか?
ただ、差別が受ける側の人間は、差別する側にとって自分達とは違うグループの人間だという考えがあるとすれば、差別されるグループはある意味民族の要素を持っているのではないかとも思う。
例えばオタク。
脱オタが必要とされる服装は民族衣装と同じでやっぱりそれを理由に差別される。
差別される要因となる考えに基づく文学、芸術作品がある、つまり文化。
専門的にはどうかわからないが、少なくともより大きな枠、或いは別の視点で民族、部落(東北あたりから北だけかも知れないが集落の意味でこの言葉を使う。差別的な意味ではないが、結局、差別の原因となる多数派とは異なるグループと言う意味では同じだと思うのであえて使ってみた)をとらえなおしては?と言う問題提起としては悪くないし、議論の余地はあると思う。