P2P(ピア・ツー・ピア)ファイル共有ソフト「Winny」の開発者として知られる金子勇氏に、筆者は2009年末、日本経済新聞記者として1度だけお会いしたことがある。金子氏が新たに取得したという特許について、技術の概要を取材するためだ。大阪高等裁判所が金子氏に対して逆転無罪の判決を出して間もない頃だった。
金子氏が取得した特許は、同氏が設立に関わったドリームボート(現Skeed)が開発するP2Pコンテンツ配信ソフト「SkeedCast 2」の中核技術だという。残念ながらリリース時期の都合で記事にはできなかったが、こちらの拙い質問に対し、ホワイトボードをいっぱいに使って熱心に解説していただいたことを覚えている。
3年半がたった2013年7月7日、金子氏が前日に急死したとの情報に触れ、驚いた。金子氏と親しかった慶応義塾大学の村井純教授(当時)に連絡を取って事実を確認し、同氏の追悼メッセージを掲載した。
関連記事: 「金子勇さんの遺志が健全に羽ばたける世に」、慶応大環境情報学部長 村井純氏が追悼の言葉それから10年。2023年3月に映画「Winny」が公開され、Winnyは再び世間の注目を集めた。制作に関わったのは、いずれもWinny事件を直接には知らない世代だ。筆者は時代の流れを感じつつ、監督・脚本の松本優作氏、主演の東出昌大氏、企画の古橋智史氏にインタビューした。
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新たなアイデアをソフトウエアの形で実装した技術者に対して、予見が難しい法解釈を基に刑事罰を科すことに、これまで筆者はオピニオンコラム「記者の眼」などで反対意見を表明し続けてきた。
特にWinny裁判で検察が示した幇助(ほうじょ:正犯の実行行為を容易にする行為)犯のロジックを裁判所が認めれば、ユーザーがソフトウエアを使って実行した犯罪行為について、あらゆるソフトウエア開発者に罪を着せることが可能になる恐れがあった。金子氏が2011年に最高裁判所で無罪判決を勝ち取ったのは、その点で日本のIT業界にとって大きな意味があった。
ただその一方、刑事責任とは別に、専門職として社会と接する規範、いわゆる技術者倫理という視点からみれば、Winnyの機能や開発工程にはいくつかの改善すべき課題があったと言わざるを得ない。
技術者が新たなアイデアやその実装を世に問うことは、世の中に対して一定の説明責任を負うことでもある。そのアイデアが従来の社会通念と摩擦を生じさせるものであれば、「炎上」や信頼の低下を招いたり、最悪の場合は不当な形で逮捕・拘留に至ったりする恐れもある。「そこに山があったから登った」という言葉を、若い技術者が額面通りに受け取って無防備なまま挑めば、Winnyとは別の形で悲劇を生みかねない。
開発者が自由にソフトウエア開発を進めるうえでも、社会の摩擦を克服し、身を守る手段を知る必要がある。識者への取材を基に、その標準的な方策として3つの方策を挙げてみたい。