『現代思想』で恐竜特集というのもかなり不思議な感じがするのだが、
大人向けで、恐竜初学者も対象にしつつ最新研究まである程度はフォローして、複数の専門家ないし周辺分野の書き手による論文集、というのは、おそらくあまり類例をみないのではないか、というわりと貴重な企画かもしれない。
まず、恐竜関連書籍は、全体の数に対して大人向けは少ない。
また、どうしてもグラフィック主体になりがちで、文章量の多いものも少ない。
『日経サイエンス』の恐竜特集だと、これらの条件は満たすが、あれは翻訳雑誌なので、日本人研究者の論文はあまりない。
恐竜展の図録だと、日本人研究者による解説エッセイをわりと読めたりする。
ただ、今回『現代思想』ならではのところとしては、イラストレーター、学芸員といったある意味で恐竜専門家ではあるものの、表だって出てこない人や、科学史・思想史など人文系の研究者にる論文・エッセイも収録されていることだろう。
また、古生物専門サイエンスライターの土屋健が、出版業界から見る恐竜ブームの論を書いている、というのもなかなか他では見られないものだろう。
*インタビュー?
世紀の発見“むかわ竜”が指し示す恐竜学の未来 / 小林快次*インタビュー?
古生物学者のみる世界――首長竜の謎と魅力から / 佐藤たまき*概論
恐竜学の現在――研究の始まりから体の色まで / 冨田幸光*復元画
CGイラストで蘇る恐竜たちの世界 / 服部雅人*特異点としての恐竜
なぜ、恐竜ばかりが人気を集めるのか / 土屋健
恐竜とモンスターの分岐 / 倉谷滋
中生代の特異な地球環境における恐竜の誕生・進化・絶滅 / 鎌田浩毅
ディノサウロイドとヒューマン――知的恐竜から逆投射した人間 / 長沼毅*研究の最前線
現存鳥類から恐竜形態の形成の仕組みを推定するという方法論 / 田村宏治
ボーンヒストロジーが解き明かす新しい恐竜の姿 / 林昭次
卵化石から探る恐竜の営巣方法 / 田中康平
もしもジュラシック・パークができたなら――古生物学の現在と未来 / 平沢達矢
羽毛恐竜発見の地、中国の研究史――北部中国の恐竜を中心に / 黒須球子*姿を立ち上げる
生き物としての恐竜を立ち上げる――恐竜イラストがかきたてる想像力 / 山本匠
「恐竜復元」という仕事 / 徳川広和
「恐竜」と科学普及のみちすじ / 荻野慎諧
恐竜展示のリニューアル――ミュージアムパーク茨城県自然博物館の実践から / 加藤太一*恐竜へのまなざし
私の恐竜 / 吉川浩満
恐竜の発見と復元とメアリー・アニングと / 矢島道子
怪物・化石・恐竜――フランスにおける近代自然史の展開から / 大橋完太郎
恐竜と怪獣と人類のあいだ――恐竜表象の歴史をたどって / 中尾麻伊香
恐竜とハンティング――「赤ちゃん教育」から「ジュラシック・パーク」まで / 丸山雄生
世紀の発見“むかわ竜”が指し示す恐竜学の未来 / 小林快次
おおむね、最近の恐竜研究の概説であるが、個人的に気になったポイントは以下。
・恐竜の進化のポイントは巨大化と飛翔、どちらも骨の軽量化(含気化)で可能になったこと
・越冬についての謎。渡り説は昔から言われていたが、現在の哺乳類でも長距離移動している種はおらず、群れの速度は幼体の速度に制限されるので、渡りは不可能。当時のアラスカは今より暖かったが、それでも今の札幌くらいの気候。
・生命体としての優秀さは極限地域にどれだけ進出できたかではないか。その点で、アラスカの恐竜に着目
あと、佐藤たまきさんオビラプトル類の研究をしている旨書かれていた。この次に掲載されている佐藤たまきインタビューではそれについて触れられていなかったが、恐竜の研究もしているのか。
それから、鳥類は爬虫類と言っていたので、その解釈でいいのかとすっきりした。
爬虫類は側系統群ということにするのか、鳥類も含めた形に修正しているのか、どっちで考えるものなのだろうか、というのが前々から気になっていたので。
古生物学者のみる世界――首長竜の謎と魅力から / 佐藤たまき
こちらも、首長竜の概説にあたるものだろうけれど、やはり首長竜メインでの話はあまり読まないので、面白い。首長竜だけでなく、恐竜以外の爬虫類の話をしている感じ。
また、佐藤さんは「記載分類学」をやっているとのことで、それがどういうものかについても説明されている。
例えば「どうやって泳いでいたか」という研究は機能形態学で、専門外。むしろ、それ以前の、この化石は、どの種のどの部位の骨かということを記述していくもの。
博物館で標本を見ていくとき、展示用の偽物を見つけられるようになっていった話とか。
日本や中国のポテンシャルの話
佐藤さん、面白いなーと思ったのは、首長竜の首の長い形について「流体力学的にどこがよいのか私にはさっぱり理解できません(笑)」と言っていたり、研究している鰭竜類のユンギサウルスの仲間が首の骨の数が非常に多かったりする点について「首の骨の数なんてフレキシブルにして、どうするんだろう」と言っていたりする点w
恐竜学の現在――研究の始まりから体の色まで / 冨田幸光
近年(といっても幅があるが)の主なトピックをコンパクトにまとめた記事
挙がっているトピックは以下のとおり
- 恐竜研究史の概説
- 羽毛恐竜の発見
- 恐竜の系統の解析と鳥類の起源
- ティラノサウルス類や角竜類などの起源について
- 恐竜の色はわかるか?
- 角竜類の新種とブラキオサウルスの再検討
- “巨大隕石衝突説”から“説”を削除
- 日本の恐竜:新種がぞくぞく
角竜の新種について、1889年から2006年までに知られていたのが15属なのに対して、2007年以降、22の新属が命名されているとか。
恐竜とモンスターの分岐 / 倉谷滋
どちらかといえば、恐竜の文化的側面に着目したエッセイの1つ
怪獣映画において、恐竜と怪獣がイコールだった(恐竜がそのまま怪獣として現れても不自然ではなかった)時代から、それが次第に分化していったことを論じている
科学的リアリティをもった「恐竜」として現れたのだが、次第に「モンスター」となり、さらには一種人格化されるようにもなっていった、と。
その一方で、60年代には、怪獣映画から分化した「恐竜映画」や「恐竜ドラマ」もあった、とか。
怪獣映画における恐竜表象の歴史
中生代の特異な地球環境における恐竜の誕生・進化・絶滅 / 鎌田浩毅
地球科学の観点から、地質学と恐竜について
前半、中生代の大陸配置や気候、あるいは恐竜の体温、羽毛、色、低酸素環境への適応などについて触れられているが、むしろメインは、後半の巨大隕石衝突説の概説かもしれない
隕石衝突説の簡単な学説史、概要、その証拠、衝突後の酸性雨について触れらている。
ディノサウロイドとヒューマン――知的恐竜から逆投射した人間 / 長沼毅
『現代思想』の自然科学系特集における準レギュラー的存在、長沼さん
恐竜がもし絶滅していなかったら誕生していたかもしれない知的生命体を、ディノサウロイドと呼ぶが、もしいたら、どのような社会を形成していたかなどの考察。
爬虫類なので、妊娠しないというのは、確かにどのような社会を構築するかに影響を与えそう。
雄ヘテロではなく雌ヘテロなので、女系社会になるはず、というのがあったが、ここは謎
そのほか、哺乳しないので「愛」がない?
大脳新皮質がないので社会性がない? オキシトンによって社会性が生じる?
など
ボーンヒストロジーが解き明かす新しい恐竜の姿 / 林昭次
骨組織学
(1)恐竜の年齢
骨には年輪のような成長停止線というのがあって、これを数えて年齢が測定できる
恐竜の成長速度は速いことがわかってきたが、一方で、鎧竜は鎧を作るのにカルシウムを使って、成長が遅くなることがわかってきている
(2)性別
骨髄骨から性別や性成熟の時期を調べたりする研究が可能になってきている
(3)装飾物の機能
剣竜と鎧竜はともに皮骨を持つが、内部組織が異なっている
剣竜の皮骨は、もろく海綿状の構造をもつ(一方、尾の棘は成長とともに緻密になっていく)
鎧竜の皮骨は、形態の違いにかかわらず、大量のコラーゲン線維によって内部を強化している
(4)そのほか
恐竜の病気や生活様式(陸上か水中か)、骨内部の血管など
現存鳥類から恐竜形態の形成の仕組みを推定するという方法論 / 田村宏治
発生遺伝学
タイトルにもあるとおり、どちらかといえば方法論の話が主
共有派生形質の話とか
あと、ゲノム配列の違いや遺伝子の働きの違いがどのように発生に違いをもたらすか
例えば、異時性(ヘテロクニー)=遺伝子が機能する時間的な長さの違いが変異をもたらす(ある遺伝子の機能時間が長いと指の本数が多くなるなど)
異所性(ヘテロトピー)、異量性(ヘテロメトリー)など
「現存する動物の共有派生形質を作った仕組みは、祖先が持っていた仕組みと同じ」という推定から、恐竜について推定する
羽毛恐竜発見の地、中国の研究史――北部中国の恐竜を中心に / 黒須球子
1902年 中国で初めての恐竜発見(黒竜江省アムール川沿い)、マンチュロサウルス・アムレンシス。ハドロサウルス類→記載は1925年
1922年〜1930年 アメリカ自然史博物館による中央アジア探検隊。1921年モンゴル人民政府樹立と1931年満州事変の間
1930年代 楊鐘常ら中国人研究者による研究開始。日中戦争により雲南省へ避難。また、その後山東省にて、1950年、チンタオサウルス発見、1954年マメンチサウルス命名
1996年 寧夏省熱河層群から李強によりシノサウロプテリクス報告
私の恐竜 / 吉川浩満
子供時代のエピソードを書いたエッセイ
CGイラストで蘇る恐竜たちの世界 / 服部雅人
5枚のカラーイラストが掲載されている
卵化石から探る恐竜の営巣方法 / 田中康平
卵殻にある気孔の数から、巣の形を推定するなど
(卵が露出するタイプの巣の場合、乾燥を防ぐため気孔が少なくなる。一方、卵を完全に埋めるタイプの巣の場合、気孔が多くなる)
もしもジュラシック・パークができたなら――古生物学の現在と未来 / 平沢達矢
『ジュラシック・パーク』には、古生物学者のグラント博士が、実際に動き回る恐竜たちを見て感動するとともに、古生物学者は失業だなと呟く。
実際に生きている恐竜を見ることができるとしたら、古生物学者として何を研究したいか、そして古生物学者は本当に失業になるのか
まず、機能形態学の研究の現在として、ティラノサウルスを例に挙げて紹介されている
(1)走る能力
1980年代後半、骨格に着目した研究により。ティラノサウルスは時速65キロくらいでたのではないかと考えられていた。
ところが、2000年代以降、筋肉量の推定が行われるようになると、そもそも「走る」能力をほとんど持たないことが分かってきた。移動速度の限界は時速29キロと推定されている。
祖先の小型種において、速く走るのに適した骨格プロポーションとなったが、その後、巨大化すると、その骨格プロポーションは維持したものの、その大きさで走るだけの筋肉が不足したのではないか、と(しかし、体の小さいうち(子供の頃)は走れるのに有利なので、この骨格プロポーション自体は維持された)
(2)噛む力
(3)呼吸
哺乳類と違って、鳥と同じ気嚢を使った呼吸(一方向に流れる呼吸)
(4)成長様式
骨から成長曲線や性成熟について
化石からも恐竜の生態についてはかなりわかるようになってきていて、もし恐竜が生き返っても新しい発見はないのではないか、とまで述べる。
一方で、それでも化石の研究はなくならないという。
それは進化の解明につながるからだ。
獣脚類恐竜は、1億6000万年のあいだ、椎骨の数が一定に保たれてきたが、現生の鳥類では多様性が見られる。進化の途上で、発生機構が変化したと考えられていて、今後の研究課題。
化石研究と進化発生学のつながりなど
生き物としての恐竜を立ち上げる――恐竜イラストがかきたてる想像力 / 山本匠
恐竜イラストレーターの談話
発掘現場に行くようになって、イラストに盛り込む情報量が増えたという話
まず、発掘現場に行くと、どれくらいの量かが分かる。例えば、本では、ここからはA種とB種が出てくるというのは分かるが、実際に発掘現場にいくと、A種は沢山見つかるがB種の数は少ないということが分かる。また、発掘現場では、恐竜だけではなく、その周辺から見つかる植物なども見ているという。聞いてもなんの種かは分からなかったりするが、少なくともそこにその植物があったことは確か。
実際に山本が描いてきたイラストが掲載されており、どのようにイラストが変わっていったのかの変遷が分かる
「恐竜」と科学普及のみちすじ / 荻野慎諧
サイエンスコミュニケーション分野
自身も研究者でありつつ、専門家と非専門家をつなぐ事業、具体的には監修や展示企画などを行う企業を立ち上げた筆者の話
復元模型などでも、専門家の監修が入っていなかったところ、作家や博物館と専門家を結ぶという活動を行う。
さらに現在では、恐竜や古生物、ひいては自然科学分野からの町おこし事業に関わる。
恐竜展示のリニューアル――ミュージアムパーク茨城県自然博物館の実践から / 加藤太一
2017年3月に同博物館でリニューアルされた恐竜展示の紹介
ティラノサウルスについて、体の一部に羽毛を再現したとか、トリケラトプスを、藤原説による復元にしたとか、花や哺乳類もあわせて復元したとか
「恐竜復元」という仕事 / 徳川広和
復元模型作家である著者が、初めて国際学会に行ったときのエピソードから書かれている。専門家との関係など。
「復元という仕事は「美と知を細部に宿らせる」ものである」(p.216)
怪物・化石・恐竜――フランスにおける近代自然史の展開から / 大橋完太郎
『百科全書』に掲載された「ベヒーモス」について(旧約聖書の怪物とは別に実在する動物として記載がある。セイウチもしくはマンモスではないかという解釈がある)
→化石の語源について
ビュフォンの「地球の異論」とその影響について
キュヴィエによるモササウルスの研究について
恐竜の発見と復元とメアリー・アニングと / 矢島道子
前半は、マンテルとイグアノドンの復元の変化の話
後半は、メアリー・アニングの話
「化石を発見した少女」としてではなく、賢くたくましい「業者」であったアニング像を描く
恐竜と怪獣と人類のあいだ――恐竜表象の歴史をたどって / 中尾麻伊香
19世紀の小説→20世紀前半の映画→20世紀後半の映画で、どのように恐竜表象が移り変わっていったか
(1)19世紀の小説
『地底旅行』(1864)『大洪水以前の地球』(1863)『ラ・メトリ湖の怪物』(1899)
これらに登場するのは、正確には恐竜ではなく首長竜や魚竜
シーサーペントなど古くから伝わる海の怪物に科学的彩りを添えたもの
『失われた世界』のコナン・ドイルは、魚竜を目撃したとされている。
(2)20世紀前半の映画
『ロスト・ワールド』(1925)『キング・コング』(1933)
マーシュとコープの発掘競争によって発見された恐竜が登場する
どちらも秘境探検映画
未開の地に人間が訪れる。危険な存在ではあるがそこまで恐れるものではないものとして描かれている
ちなみに『キング・こんぐ』公開直後からネッシーが目撃されるようになる
(3)20世紀後半の映画
『原子怪獣現る』(1953)←元になったのはブラッドベリの『霧笛』(1952)
その後『ゴジラ』へ
人間の住む世界へとやってきて、文明を破壊する存在として描かれる
野生の存在から人類が生み出した存在へと変化
核エネルギーの表象とも結びつく
恐竜とハンティング――「赤ちゃん教育」から「ジュラシック・パーク」まで / 丸山雄生
「赤ちゃん教育」という1930年代のスクリューボール・コメディ映画の主人公が、何故古生物学者だったのか。
いわゆる専門バカである学者が、恋愛コメディにおけるカリカチュアだったと監督は述べているが、本論では、それ以上に当時、オズボーンなどによる恐竜と博物館のイメージが関係していると論じている。
それは化石ハンターとしての古生物学者像であり、「ハンティング」というものがもつ、男らしさなどが象徴されているとしている。
また、ハンティングにある動物保護倫理意識や、去勢と父親としての復権という物語構造が、『ジュラシック・パーク』の中にも反復されていることを指摘している