ターナー展

東京都美術館
初めて行ったところだった。大きめ。
土曜の午後から行ったので、そこそこ混んでた。会場全体の照明は暗め。
最初から最後までターナーの作品だけで、およそ110点ほど
ほぼ全てテート美術館所蔵のものだが、テート美術館には2万点ターナーの作品があるらしい。むろん、未完成のもの、習作、スケッチブックのものとかが含まれているんだけど。


1.初期

水彩って、油彩画と違って普通の紙に描いてあって、額とかも違う
まあそれはそれとして、このパートでは「パンテオン座、オックスフォード・ストリート、火事の翌朝」が、ロイヤル・アカデミー展出品作品だし、よい感じ。初期はやっぱり建物を細かく描いている作品が多い感じで、これもそうで、タイトルにある通り火事の翌朝で、燃えた後の建物とか
聖堂の内部を描いた作品や修道院の廃墟を描いた作品とかがあって、ロマン主義ーって感じがするw
そういえば、トマス・ガーディンとの共作*1で「ナポリ湾越しにヴェスヴィオ山を望む」ってのがあったけど、この頃はまだイタリア行ってないので、想像で描いてたんかなー

2.「崇高」の探求

「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」がこのパートでのイチオシ作品なのかな。
「アンデルマット付近の「悪魔の橋」、サン・ゴッタルド峠」は、アルプスの峠にかかるアーチ形の石橋を描いた作品で、縦長の構図の作品。横長の構図の作品が多い中で、縦長なので、それだけでも「おっ」と目に止まる感じ。
それからここのパートで個人的に一番印象的だったのは、「グリゾン州の雪崩」
雪崩が右上から流れてきていて、手前の樹が折れているのが画面のこちら側に向かってきていて迫力のある作品だが、雪の描き方がなんか独特。キャプションでは「絵の具の「物質性」が」なんて口(?)走っていたけれど、確かにそんな感じもする。雪がカクカクしているのが面白い。

3.戦時下の牧歌的風景

ここでいう「戦時」とはナポレオン戦争のこと。
タイトル通り、牧歌的風景を描いた作品が多い。牛の絵とか
「スピットヘッド:ポーツマス港に入る拿捕された二隻のデンマーク船」はその名の通り、ナポレオン戦争時に、イギリス船がデンマーク船を捕まえてきたところ。ターナーは海の絵が面白くて、波が荒々しく描かれていて、空も全面的に晴れてはいなくて半分晴れてて半分曇りみたいな感じで、で、船がとても細かく描き込まれている。
あと、「「エディストン灯台」のための習作」というのがあったんだけど、ならその「エディストン灯台」という作品も見たいなあと思った。
何せ、100点以上きてるので、習作とかも結構あって、そして習作とかでもなかなかよかったりするんだけど、それがどういうふうに完成作品になっていったのかとかも見てみたい。

4.イタリア

今回の展覧会のポスターなどにも使われている大作「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」が目立つが、その隣の「レグルス」がよい。画面の真ん中に光が溢れている。この構図、他の作品でも時折出てくる。
ターナーはやっぱ風景画が多いので、水平線なり地平線なりで画面の真ん中に横線が引かれて、上が空になっている構図がまず多くて、それに加えて画面の真ん中に垂直方向で光が入っているというのもちょくちょく見かける。
「チャイルド・ハロルドの巡礼」は、松が一本真ん中に立っているのだが、解説では夏目漱石も見たかもしれないとある。『坊ちゃん』に、生えてる松がターナーの描く松と似ているためにターナー島と呼ばれる島が出てくるらしく、もしかしてこれのことか、とのこと。

5.英国における新たな平和

ここのパートでは、個人的に特にこれといったものはなかったのだけど、エグルモント卿のペットワース・ハウスにいたときに描かれたスケッチや、版画集の原画、詩集のための挿絵などが展示されていた。
詩集のための挿絵は、かなり小さいサイズに細かく水彩で色づけられていて、これを当時の技術ではどうやって本にしていたのだろうかというのが気になった。

6.色彩と雰囲気をめぐる実験

なんだか他のパートと比べて明らかに人が少なかったのだがw 個人的には好きなところだった
1820〜30年代(ターナーが4、50代の頃)に、人知れず描きためていたもので、公開するつもりはなく死後になって発見された作品群。タイトルも死後につけられたものである。まあ、おそらく習作というか下絵というかそんなようなもので、本人としてもこれが完成作だとかは思っていなかったのだろうなとは思うのだけれど、どこか抽象画的なものを思わせて、20世紀絵画が好きな身としては好きw
水彩では特に「城」が印象的で、薄く全体的に色を塗られた画面の中央で、城の形をした四角形だけが色を塗られていない。このパートで並べられている水彩はどれも輪郭がなく、色が置かれているだけではあるが、それでも何らかの風景であることは何となく分かる。
それから「三つの海景」は、海を描いた三つの絵が縦に並べられている。水彩画を描く時に、同じ紙にいくつも描いていたので、それを油彩でもやったのではないかというもの。そういう意味でこれも全く完成作品を作ろうとして描かれたものではないのだろう。でも、いい絵になってるんだ、これがw ちょうど真ん中の絵にあたるところの海の波を描いていると思われる白の絵の具なんかが、まさに海を描写していると同時に絵の具の固まりでもあるという感じで、20世紀的である。あと、ターナーの描く空や海の何ともいえない色合いが画面全体に広がっているのもいい。
ここには、ターナーが使っていた絵の具箱も置かれている。チューブが発明される前には、豚の膀胱に絵の具を入れていたらしく、それと思われる黒ずんだ小さな袋や瓶が並べられている。その中で、チューブが一つだけあり、解説によるとこれがクローム・イエローらしい。
ターナーの黄色というの、最初の方を見ていたときはあまりよく分からなかったのだけど、見ているうちに段々分かってきたような気がする。黄色! というよりは、黄土色っぽい感じ。クロームイエローそのものよりもう少し、砂っぽいというか何というか。水彩画はたいして黄色使ってないような気がするけど。あと、ちょいちょい赤も入れている。解説によると、ヴァーミリオンが好きだったらしい。

7.ヨーロッパ大陸への旅行

フランスやスイスの絵
ハイデルベルク」がよかった。これも、水平方向に稜線が描かれてて、真ん中に太陽があって、わりと垂直方向に光というか谷が描かれている。左右に描かれる山並みや城がけっこう輪郭がぼんやりとした感じになっているのに対して、下半分には人びとがはっきりと描かれている。
再現的な画面と(比較的)非再現的な画面が同一平面にあるのがターナーのなんか面白いところな気がする。

8.ヴェネツィア

このパート結構よかった。
ヴェネツィア、総督と海の結婚の儀式が行われているサン・マルコ広場」は、右側の建物が明らかに塗りかけというか絵の具のかたまりがどんと置いてあるだけど、他の場所と塗りが違っていて、「何だこれ」となった。(宮下誠『20世紀絵画』を踏まえると)印象派以後だったら、そういう作品なのかなとも思うけど、どうもこれも未完成作品っぽい。その建物の上の方に茶色い絵の具の固まりも置かれているのだが、これについて解説では絵の内容とは何の関係もない描き損じ的なことが書いてあったし
ヴェネツィア、嘆きの橋」は、ロイヤル・アカデミー点出品作品だし完成作品だろうw 実際、塗り方とかが全然違う。だけど、橋の下の水路と建物の境界がなんだか曖昧に描かれているような感じもして、たんに写実的な作品というわけでもないようなところがあって面白かった。
「サン・ベネデット教会、フジーナ港の方角を望む」は、こんなタイトルではあるが、サン・ベネデット教会も描いていなければ、港の方角ではなく内陸方向を描いているという作品なのだが、そんなことはどうでもいい、よい作品。ラスキンも、ターナーが描いたヴェネツィアの作品の中で最も絶賛している作品だという。これもやっぱり、水平線があって、真ん中に光が描かれていて、そこから放射線状にゴンドラが並べられているという構図になっている。世俗的な題材の中に崇高を描くっていうのはこういうことかな、と思った。
そうえいば、ラスキンターナーが初めて会ったのと、ターナーが60歳の頃で、ラスキンはまだ10代くらいの時みたいだ。その年齢差で、ラスキンがずっとターナーを擁護し続けるってすごいなと思う。

9.後期の海景画

このパートはなかなかどう評価すればいいのかが難しいところ。
「荒れた海とイルカ」なんかはパッと見では完全に抽象画の領域に入っている。ただ、ここまでターナーを見てきた目で見ると、そこにはやはり水平線が認められ、海を描いているのだということが分かる。風景をここまで光と色だけにして描いてしまったのか、すごいなとか思うのだけど、ただしここで注意しなければならないのは(解説で繰り返し注意が促されているのが)これは未完成であり、本人もこのままで公開しようという意図はなかったということである。
同じ時期に描かれた完成作品(「捕鯨船員たち」とか)を見ると、船や船員が写実的に描かれているし、海も波頭が分かるように描かれている。
実際どうだったのかは分からないけれど、とりあえずだーっと色の配置とかを決めて、そこから船とかの輪郭がはっきりしたオブジェクトを置いていって、海や空に波や雲を加えていったのかなあとも思う。それこそ、「ヴァニッシング・デイ」に描き加えていったのかもしれない。
そう考えると、ターナーの作品はマルチレイヤー的な構造をしていたのかと思わなくもないし、6.色彩と雰囲気をめぐる冒険で並べられていた水彩画とか「「エディストン灯台」のための習作」とかは、諸レイヤーの中の一つに過ぎないのかもしれないと思う。スケッチなんかは輪郭だけ描いて色はあんまり塗らなかったらしいし。輪郭レイヤー、色レイヤーを別々に描いていって、重ねたのかもしれない。分からないけど。
オリヴィエ・メスレー『ターナー――色と光の錬金術師』 - logical cypher scapeで晩年は渦巻きの構図を描くようになったとあって、渦巻きそのものずばりの作品はなかったけど、ちょっとそれっぽい感じなのかなあというのはあった。

10.晩年の作品

ここではやはり、「戦争、流刑者とカサ貝」と「平和――水葬」の2枚セットが印象的。
どちらも正方形のキャンバスなのが独特で、額によって画面が六角形に切り取られている(この切り取り方も見方によっては渦巻きか?)。
構図としてはやっぱり水平線が走っていて、真ん中に光が垂直方向に入っている感じがする。でも、どちらもなんか奇妙な絵である。「戦争、流刑者とカサ貝」は左側にナポレオンが立っているのだが、これがなんかやけにでかい。バランス悪い感じがするけど、オレンジ色の強い光とあいまってなんか幻想的な雰囲気を醸し出している。
「平和――水葬」は黒い船が描かれているのだが*2、そのマストがあんまり写実的じゃない。他の作品でターナーの描く船は、マストとか結構細かく描かれていた*3ので違和感があった。
しかし、そのどこか非写実的なところが、作品を象徴的な、あるいは幻想的なものとしているような気がする。あと、「平和――水葬」の手前に飛んでる鳥は、「マロード」でターナーの名前と同じ音でっていう言葉遊びみたいなことがされているらしい。
「雨、蒸気、速度」がなかったのが残念だった。見たかったなあ。あれでターナー知ったし。テクノロジーにみる崇高だし。


全然言及しなかったけど、歴史画みたいなのも結構描いていて、それは当時、歴史画が一番偉くて風景画はあんまり偉くなかったので、風景画の地位を高めるために歴史的なものを取り入れていたらしい。
が、まあやはりターナーの基本は風景画。
一方で、そういう伝統的なモチーフを入れてみたり(そもそも「レグルス」とかの構図とかは17世紀のクロードから取り入れているらしいし)、他方で、抽象画と見まがうようなものもある。まあ、抽象画と見えるものはそもそも未完成の作品らしいのでともかくとしても、確かにこれは印象派に影響を与えたのだろうな的な作品はあるし、また初期に顕著だけど、廃墟とか描いててロマン主義っぽいなとか思うし(そもそもターナーロマン主義に位置づけられているはずだけど)、なんか色々なものが見えて面白いなという感じだった。

*1:ガーディンの名前はオリヴィエ・メスレー『ターナー――色と光の錬金術師』 - logical cypher scapeにも載ってた

*2:個人的には全然気にならなかったが、当時は黒が強すぎると、あのラスキンすら批判していたらしい。ターナー自身はもっと黒くしたかったらしいが

*3:建築描いてたからかなーとちょっと思った