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「鋳型成形」が子を追いつめる

2006/11/08(Wed) Category : 親の諸相
毎日泣いて暮らしている若いお母さんがいた。
幼稚園の子どもは、言うことをきかず、少し乱暴で、大きな声を出したり音を立てたり…。
夫は全く気にしておらず、それどころか、育児やしつけの方針も正反対。
休日しかいないくせに、話も聴いてくれない。
自分一人で問題を抱え込んで、一体どうすればいいのか!
八方ふさがりだった。

お会いすると、ご自身も愛情豊かに育ち、極めて常識的な、不健康な考えのないお母さんだった。
ただ、話を伺う中で、一つの言葉にひっかかった。

「中学受験」
ン?…まだ、その子は幼稚園…。



聴けば、その地域では中学受験が当たり前らしい。
それで、小6のときにはどこを受験するのか選ばなければならない。
その時に、「自分で自分の進路を決めることができる子どもに育ってほしい」-それが、このお母さんの目標だった。

<あぁ、これが子どもを追いつめていたんだ…>
内心、私は合点した。

自分の道を自分で決める-それができる人は、大人でもなかなかいない。
それを、小6で! それは最初から無理な相談である。
しかし、このお母さんは、太陽が東から上がって西に沈むくらいのごく当たり前のこととして、小6で自分の道を選べる子どもに育てようとしていた。

つまり、お母さんの頭の中には、小6で自分の進路を自覚的に決めることのできる「理想の少年」がいる。ゴールは、我が子が小6になったときに、その少年像になっていること。そのため、お母さんの子育ては、我が子をその少年像にはめ込んでいく「鋳型成形」の作業になる。

だから、目の前にいる幼稚園の我が子の言動を、無意識のうちに自分の頭の中の理想像と比較しているのである。無意識というのがくせもので、自覚しないままに、自分が子どもに言っていることは“しつけ”だと思っている。
子どもは、常にお母さんの頭の中にいる「理想の少年」と闘っているのである。子どもの立場から言えば、常に過大な要求をされて背伸びさせられ続けているようなものだ。それがつらいから、言うことをきかず、少し乱暴で、大きな声を出したり音を立てたりする。…


話を伺っている内に、お母さんが気づかれた。


あ、私が原因だったんだ!


それまでは、子どもに問題があるのか、子育て方針の違う夫婦関係にあるのか、介入してくる親族にあるのか…ともかく、自分以外に原因を求めていた。
医者や児童相談所にも行った。が、子どもにレッテルを貼られるだけで、何の解決にもならず途方に暮れた。追いつめられて夫とはケンカの日々だった。
しかし…、
な~んだ、自分の頭の中に原因があったんだ。

顔つきがパッと明るくなった。核心を掘り当てた輝きが宿っていた。
根が健全なお母さんは、自分の頭の中から「理想の少年」を追い出すことに決めた。
すると、自分がとても楽になるのがわかった。

その後、子ども本来の個性を見るようになったという。
こちらに押しつけるものがなくなったから、子どもの気持ちを聴くようになったという。

「あれ以来悩みも吹き飛んだようで」
と書かれたご主人からの手紙には、笑顔の家族写真があった。


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