電氣アジール日録

自称売文プロ(レタリアート)葦原骸吉(佐藤賢二)のブログ。過去の仕事の一部は「B級保存版」に再録。

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

リアルサウンドブック様にこちらの記事を寄稿

「2026年の干支「ひのえうま」の迷信はいつ生まれ、どんな影響を与えたのか?」
https://realsound.jp/book/2026/01/post-2256913.html
「大槻ケンヂ、小泉今日子、酒井順子……2026年に還暦を迎える注目の世代「1966年生まれ」の生き様」
https://realsound.jp/book/2026/01/post-2260172.html
新年のちょっとした暇つぶしになれば幸い。

それでは皆様よいお年を

■2025年最後の挨拶とか年間ベストとか
多忙のためほとんど更新しないブログであるが、こうして記しておかないと自分でも一年を振り返る機会がないので、年末だけは書くことが義務化してる。
また例によって本年の収穫物(印象に残ったトピック)だが、完全に新旧ごちゃまぜだ。

1.米不足
2.映画『宝島』
3.小説『粒と棘』
4.ルポ『酒を主食とする人々』
5.評伝『夕やけを見ていた男』
6.漫画『天上の虹』
7.ドラマ『ばけばけ』
8.映画『東離劍遊紀 最終章』
9.「日本の巨大ロボット群像」展(池袋サンシャインシティ)
10.「正倉院 THE SHOW」展(上野の森美術館)
列外.『機動戦士GundamGQuuuuuuX』

■1.米不足
昨今これだけITだAIと言われながら、そんなもん首から下の肉体を成立させる食い物あっての話という、人間にとって基本中の基本をよーく実感させてくれた事件(当方はブランド名がない5kg3500円ぐらいの混合米ばかり食うようになった)。今や皆が漫画もアニメもゲームもパッケージソフトを買わずスマホで消費するようになり、在庫リスクという観点では手で触れる商品の衰退は必然とはいえ、食い物でこれは絶対に不可能! そして米は収穫まで必ず1年かかるし、人間にはコントロールできない自然環境の都合によって、収穫量の正確な予想もできない。この現実の前にはどの政党も勝てず、トランプもイーロンも助けてくれないし、ITもAIも吹き飛ぶ。

■2.映画『宝島』監督:大友啓史
8月25日のエントリに記載(https://gaikichi.hatenablog.com/archive/2025/08/25)

■3.小説『粒と棘』新野剛志
「リアルサウンドブック」に寄稿(https://realsound.jp/book/2025/09/post-2146750.html)

■4.ルポ『酒を主食とする人々』高野秀行(https://note.com/honnozasshi/n/n08040528ce6d)
高野秀行の本に外れはない。エチオピア南部を取材した本書には、もし高野ではない別の人物だったら気づかないであろう視点が満載だ。
アフリカでは四角い住居が近代の象徴、建築の手間が少ない円筒形の家こそが本来の姿(66p)。地酒の風味がミャンマーのワ州でつくったブライコーにそっくりだという、遠隔地なのに似た物ができる文化収斂の実例だ(91p)。デラシャの住民は都会人を前にすると、地元のデラシャ語ではなくエチオピアの標準語にあたるアムハラ語で話そうとする。高野に言わせると少数民族「あるある」現象らしく、クルド人もトルコ語話者の前ではトルコ語で喋ろうとする(195p)。古い文化や伝統に価値を見出すのは最初は外国人やよそ者、続いて自国内のインテリ階層、これは日本の明治期における浮世絵の再評価と同じ。高野は、地元の伝統文化を外国人向けの観光資源にしたい現地のインテリの思惑で、やらせ演出に巻き込まれたという(268p)。

■5.評伝『夕やけを見ていた男』 斎藤貴男(https://www.amazon.co.jp/dp/416744304X)
本年は戦後の文学、漫画、映画、TV関係者等々の伝記を複数読んだが、そのなかでも興味深かったのがこの梶原一騎の一代記。今さら気づいたが、梶原は中学生にあたる時期を矯正施設で過ごし、まともに学校に通っていない。このためか、『あしたのジョー』『タイガーマスク』ほか梶原原作のスポーツ漫画の多くは主人公がプロ選手で、あまり「学校」が舞台にならない。だが、1970年代後半以降の少年スポーツ漫画は、高校野球のような「部活動」が基本だ。通説ではよく、1980年代に入りラブコメブームで梶原一騎は時代遅れになったと言われるけれど、本当に梶原一騎を殺したのは『うる星やつら』ではなく、『ドカベン』だったのではないか?

■6.『天上の虹』里中満智子(https://www.kodansha.co.jp/titles/1000002232)
仕事で『日本書紀』の終盤について調べたのを機会に初めて通読。皇族間では近親婚も一夫多妻も普通だった当時、現代と恋愛観は大きく異なるだろうが、それでも『万葉集』には額田王、天武天皇ら数々の皇族が残した恋の歌がいくつもあるので、そこから本作のような歴史ラブロマンスもつくれる。意中の相手になかなか会えず和歌を送って返答を待つのはSNS恋愛みたいではないか。
壬申の乱で負けてしまった大友皇子(弘文天皇)、早世した草壁皇子など、『日本書紀』を読んだだけではイマイチ人物像がわからなかいキャラの描写に「こういう解釈ができるのか」と舌を巻く。大津皇子が朝廷の支配に服しない山の民と交流していたという設定は、網野善彦みたいではないか。若い頃は父親(中大兄皇子=天智天皇)に反発していた主人公の讃良(持統天皇)が、即位後、いかに権威を演じるかがテーマになるのは納得。でも、男の子としてはこんな母親がいたら本当にしんどそう…。
本書における『古事記』『日本書紀』の編纂の過程は作者の想像だが、それでも「藤原不比等らは大陸の文献に通じていたのだから、『魏志』の邪馬台国と卑弥呼についての記述(東夷伝倭人条)を読んでいた筈だが、なぜそれを記さなかったのか?」の背景は妙な説得力があって興味深い。

■7.『ばけばけ』脚本:ふじきみつ彦(https://www.nhk.jp/g/ts/662ZX5J3WG/)
某所で知人が指摘していたが、本作は負け組視点の歴史観が前提になっている。第1話の冒頭で語られる「耳なし芳一」は平家の幽霊の話、物語の舞台である松江は古代に大和によって征服された出雲の地、ヒロインのトキは明治維新後の没落士族、ラフカディオ・ハーンをモデルとするヘブン先生は英国のマイノリティであるアイルランド系で、キリスト教に滅ぼされた多神教が栄えていたギリシアの出身だ。本年前期のNHK朝ドラマだった『あんぱん』は、やなせたかしをモデルとする主人公が後半生に成功を収めるのが最初からわかってるが、本作は逆に、ヘブン先生が東京帝国大学講師の座を夏目漱石に譲り、さびしい晩年を送ることが予定されている…。
劇中、明治維新後もちょんまげを結ってるトキのじいさんや、本来の実家だった雨清水家の没落後の姿が痛々しいのに笑えない。もし、「民主主義なんてもう時代遅れ、これからはトランプのアメリカやプーチンのロシアや習近平の中国みたいな強権体制こそが時代の最先端(ドヤ顔)」などと言われて、自分はすんなり新時代の価値観に合わせられるかといえば、彼らのように見苦しい旧守派の生き方を選んでしまいそうである。

■8.映画『東離劍遊紀 最終章』原作・脚本:虚淵玄(https://www.thunderboltfantasy.com/finale/)
10年間に渡り続いた武侠バトル人形劇が堂々の完結。例によって主要登場人物ワルばかりの痛快アクション。ラストで敵のボスが何の力もない一般人にされたうえで異世界に飛ばされてしまうのは、過去の虚淵玄作品で、『吸血殲鬼ヴェドゴニア』『魔法少女まどか☆マギカ』『仮面ライダー鎧武』と、いずれも「最後は主人公が人外の存在と化して親しい人々のもとを去る」という展開の皮肉なセルフパロディにも見える。あと、日本の実写ファンタジー作品は、衣装が適度に古びてたり汚れてたりせず、きれい過ぎるのが違和感の元凶だが、人形劇だとそれが気にならないことに今さら気づいた。

■9.「日本の巨大ロボット群像」池袋サンシャインシティ(https://artne.jp/giant_robots/)
まず最初が『鉄人28号』の展示、1976年に刊行された秋田書店漫画文庫版の表紙は、今見ても渋く大人っぽい雰囲気。『装甲騎兵ボトムズ』のスコープドッグと『メガゾーン23』のガーランドの実物大の壁画を見ると、全高3.8メートルでもけっこう大きく感じる。『マジンガーZ』をはじめ歴代の巨大ロボの内部図解の比較を見ると、骨や筋肉を感じさせる永野護のデザインがリアルに思える謎。最後の識者インタビューコーナーで、現実に巨大ロボ的なメカを開発している前田建設工業のエンジニアが、高度経済成長期には自家用車が急速に普及し、人が操縦するメカとその格納庫・修理工場が身近に感じられる存在になったと説明していたのには「なるほど!」と思った。

■10.「正倉院 THE SHOW」上野の森美術館(https://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=12292582)
話題になった香木の蘭奢待よりも、奈良の大仏の開眼供養に使われた筆の現物(すごく大きい)に驚く。改めて見ると、飛鳥・奈良時代の工芸品に描かれた象、サイ、ラクダなどの動物はかなり変で、サイは体表に鱗がある。当然ながら当時の日本人は現物を見たことないわけで、麒麟や鳳凰と同じ伝承上の神獣と同じカテゴリだったのだろうな。

■列外.『機動戦士GundamGQuuuuuuX』監督:鶴巻和哉(https://www.gundam.info/feature/gquuuuuux/)
ファーストガンダムを見てた老人でないと話についていけない不親切な設定と言われるけれど、江戸時代の歌舞伎も、観客はみんな『平家物語』や『源平盛衰記』は知ってて当然という世界観で、何の説明もなくいきなり源義経や平敦盛が出てくるのが多数。ガンダムも順調に歌舞伎や落語と化してる。同じ演目が別の演出家と役者によって何百回でも新解釈されて生き返るのが古典だ(なお、旧作のキャラや設定を使いつつ変奏なら、既に平成以降のウルトラマンや仮面ライダーもさんざんやってる)。
最初は「また女子高生が主人公かよ」と思ったが、すぐに学校が出てこなくなったのが興味深い。主人公のマチュは、本来なら進路を考えないといけないのに、「学校の外の世界」で出会った同年代の異性であるシュウジを追いかけてるうちに、ジオン関係者やら地球にいるララァほか、自分とまったく異なる社会的階層の人間(おもに歳上)に出会い、戸惑いつつ結果的に視野を広げていく……これ充分に王道の青春物じゃないか。
もともと富野由悠季のガンダムは、基本的に男の子の主人公が戦場で外の世界(大人)の象徴としてのヒロイン(大抵は敵陣営)に出会い、初恋は苦く終わることで一つ成長するお話。本作は主人公の性別を逆にして基本はちゃんと踏まえた終わり方だ。
これでもし男の子のシュウジの方が主人公だったら、最後は好きな女を大人の男(本作の場合はシャア)に取られる図式になってしまう。若い頃なら「こういうのが青春の苦みなんだなあ…」などと思うところだが、歳をとると逆に、大人の男が若者から女を奪う展開は「おっさんの願望乙」にしか見えず気恥ずかしい。
***
余談ながら、ガイナックスの破産手続終了は本年の悲報(当方はかつて、ガイナックス広報から、報道関係者枠として劇場版『天元突破グレンラガン』試写会の招待状をもらったことがある)。庵野秀明がカラー公式サイトに記したコメントによれば、山賀博之が『王立宇宙軍』の続編的作品として用意していた『蒼きウル』の権利譲渡が最後まで揉めていたというのが痛ましい。山賀としてはこれだけは手放したくなかったけど、彼が持っていても死蔵確実だったのか…。経営者としての山賀はさんざん叩かれている、しかしながら、ガイナックスからは庵野、鶴巻和哉、樋口真嗣のほか、独立してTRIGGERを作った今石洋之らが育った。かつてアニメ会社虫プロの経営者としての手塚治虫はさんざん非難されたけれど、虫プロからは富野由悠季を筆頭に多くの才あるアニメ関係者が育った。長期的視野では、山賀博之もこれと同じように評価されるだろうか。

■回顧と展望
これまた例によって、本年やった仕事の一部。
『ビジュアル版 昭和100年 激動の日本史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4299061063)
またも監修は佐藤優。当方は終戦後の昭和20年から、自分が生まれた昭和45年(1970年)までを担当。ビキニ水爆実験の昭和29年に映画『ゴジラ』が公開、東京タワー完成の昭和33年に『月光仮面』が放送開始、黒部第四ダムが完成した昭和38年に『鉄腕アトム』と『鉄人28号』がアニメ化、同時期のヒーローは長嶋茂雄に王貞治――等々といったネタを記述。
『いまこそ知りたい乃木希典と旅順攻略戦』(https://tkj.jp/book/?cd=TD063939)
2025年は、大東亜戦争終結80周年、ベトナム戦争終結50周年であると同時に、日露戦争終結120周年だった。当方は旅順戦の開始から終結までの章を担当。戦前には過度に軍神と持ち上げられ、その反動で司馬遼太郎の『坂の上の雲』では無能な愚将扱いされた乃木大将の実像に迫る。
『くらべてよくわかる古事記と日本書紀の本』(https://one-publishing.co.jp/books/9784651205397/)
2019年に学研から刊行した『図説 古事記と日本書紀』の増補リメイク版。当方は日本書紀の後半の章で、仁徳天皇以降のあまり語られないエピソードを加筆。『日本書紀』には、当時の皇族や有力者による反乱容疑の冤罪や裏切りの内幕も堂々と書かれていることが多く、古代の人は妙に正直だ。
『スッと頭に入るゴッホの世界』(https://sp-mapple.jp/post-9784398144850/)
ゴッホの生涯と『ひまわり』の連作や『糸杉』、歌川広重の模写ほか主要な作品50枚を解説。生前ずっと絵が売れず弟のテオに頼りきりだったゴッホは、貧困のためモデルも容易に雇えなかったので自画像がやたら多く、ミレーやレンブラントのサンプリングやリミックスも大量に描いた。それでも37歳で死ぬまでに残した絵画は、油絵だけで約800点、素描も含めれば2000点はある。文化資本とは何なのか? という気になる。
***
原稿料収入だけで生活するようになったのが2005年なので、本年でそれから20年となる。さすがに人生の残り時間を考えねばならん歳だが、当面死ぬ気はない。歴史の語り部の末裔を称する以上、不完全ながらも自分の世代なりの論点を語っていきたいつもりだ。リアルサウンドブックに連載した「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」(https://realsound.jp/book/2025/08/post-2086627.html)を増補して単行本化を考えているものの、先の道のりは遠い。零細ライターながらも、2026年もそれなりに気合を入れるべき仕事の予定はある、喜ぶべきか。
それでは皆様よいお年を。

沖縄から遠く離れて

『歴史アドベンチャー 語られなかった沖縄の真実』(宝島社)が発売
https://tkj.jp/book/?cd=TD070524&p_bn=yoyaku
当方はおもに第1章の沖縄戦~戦後の占領期、そして本土復帰以降の沖縄の歴史を執筆。
戦時下に起きた集団自決の背景、日本軍による伊江島、久米島などでの島民殺害(一度アメリカ軍に投降した島民が一方的にスパイと見なされ処刑された)の真相、日本政府の支配から完全に切り離されて一週間のみ独立国を名乗った八重山諸島、戦後の米軍統治下で起こった米兵による犯罪の数々と、それらへの怒りが爆発したコザ暴動、現在も沖縄の非正規雇用率が高い理由……などなどを説明。
さらに、9月公開の映画『宝島 HERO's ISLAND』(https://www.takarajima-movie.jp/)の題材となった「戦果アギヤー」(終戦直後の沖縄で行われていた米軍からの物資略奪に従事した者たち)についての記事も担当。
史実では、米軍基地から盗まれた物資の数々は台湾や香港の密売業者を経由して、共産党政権の中国や、北朝鮮にまで転売されていた! 沖縄は日本本土から見れば辺境でありつつ、その反面で中世以来、中国本土、台湾、香港、東南アジアと接する海洋貿易の十字路だったのだ。参考資料として明記した奥野修司のノンフィクション作品『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(文藝春秋社)はまじで面白い。『宝島 HERO's ISLAND』の原作者である真藤順丈も読んでいたのではないか。
このほか2章、3章では、琉球王国時代から明治大正期の諸事情、沖縄の伝統建築と風水の関係、沖縄料理に北海道産の昆布が大量に使われている理由……などなどの興味深い話を満載。

*新しい日本映画の可能性
今回の仕事に関連して、7月には映画『宝島 HERO's ISLAND』の試写も視聴した。
作品全体の雰囲気は。沖縄を舞台にした往年のいくつかのアウトロー・ピカレスク映画、『海燕ジョーの奇跡』(1984年)、『友よ、静かに瞑れ』(1985年)、『ソナチネ』(1993年)あたりを連想させる。
ただし、本作は完全に本土の人間ではなく沖縄内の人間の視点で描かれている。原作者の真藤順丈、監督の大友啓史、主演の妻夫木聡、いずれも沖縄出身者ではない。けれども、本作では米軍と同調して主人公に無理を言う本土の日本人は悪役ポジションだ。多くの沖縄住民が1972年の沖縄本土復帰まで、日の丸を掲げてアメリカ支配から日本への帰属を唱えていたのに、ニクソン大統領と佐藤栄作首相の取引の結果、本土復帰後も引き続き大量の米軍基地が残されることを知り、日本政府に怒りを募らせたことが明確に描写されている。
さて、アメリカの映画界に目を向けると、タランティーノは『ジャンゴ 繋がれざる者』で、19世紀の西部開拓時代のアメリカを白人農場主を憎む黒人奴隷の視点で描いた。ジェームズ・キャメロンは、日本人の視点で広島・長崎の被爆者の映画を作ると宣言している(https://theriver.jp/cameron-goh-bomb-expression/)
ひるがえって日本の映画会社・志ある映画監督は、現地の人間の視点で戦前の満洲や朝鮮や台湾を描くことができるか? わたしは前々からそんな空想をしていたが、本作『宝島 HERO's ISLAND』は、沖縄の視点で本土の人間を悪役として描くことを躊躇していない。これは『ゴールデンカムイ』が、「アイヌから見れば大和人は侵略者」という視点を織り込みつつも大ヒット作となったことを踏まえているのかもしれない。将来的には、旧植民地の立場から戦前日本を顧みる表現が生まれる可能性が秘められているのではないか?

*ボーナストラック
2025年8月を通じてリアルサウンドブック様で連載された「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」も8月29日で終了を迎えるが(https://realsound.jp/person/about/2107035)、番外編として沖縄代表にこの人物を取りあげておく。

■上原正三
(脚本家)
・1937年2月6日~2020年1月2日
・1945年の年齢(満年齢):7歳
・1945年当時いた場所:日本国内 熊本県千丁村(現在の八代市)

●戦後「外国人」とされた琉球出身者
 まるで空襲の再来のような大怪獣の都市破壊、多数の避難民が洞窟をさまよった沖縄戦のように闇に閉じ込められた人々……『帰ってきたウルトラマン』『宇宙刑事シャリバン』『宇宙海賊キャプテンハーロック』ほか、上原正三が脚本を手がけた数多くの特撮ヒーローやアニメ作品には、そんな場面が少なくない。
 上原の著書『金城哲夫ウルトラマン島唄』(筑摩書房)は、彼と同じ沖縄出身者でテレビ脚本家としての先輩にあたる金城哲夫(1938~1976年)との関係をメインに書かれているが、上原自身の戦争体験も詳しく記されている。
 戦時下の1944年9月、上原はまず、母と4人の兄弟とともに台湾の叔父の家に一時的に疎開する。だが、警察署長をしていた父親は職務のため沖縄県内にとどまった。また、上原の姉は女子師範学校生だったが、台湾には受け入れ先の学校がなかったため、やはり沖縄に戻ろうとする。ところが、乗っていた船は台風のため漂流を余儀なくされ、約2週間にわたり、敵の潜水艦が横行する海域をさ迷った。後年に雑誌『TONE 第2号』(ユニバーサル・コンボ)のインタビューでは、船が沈んでも家族がバラバラにならないように、お互いを紐で縛り、トイレに行くのも大変だったと語っている。上原が脚本を担当した『ウルトラQ』第21話「宇宙指令M774」の劇中で、船中の人々が海中の怪獣におびえるシーンは、この経験が反映されていたという。
 結局、上原が乗った船は鹿児島に入港した。ただし、沖縄に戻ろうとした叔父が乗った船は撃沈され、叔父は死んだという。その後、上原は熊本県の千丁にある寺院を疎開先として終戦まで過ごした。『金城哲夫ウルトラマン島唄』には、その間に寺で幽霊を見たと記しており、先述の『TONE』のインタビューで、当時の心境を振り返って、父親が戦火の沖縄に留まり、自分たち家族と一緒にいなかったことに対する不安感が反映されていたのではないかと語っている。上原の父は、まさに1945年6月に始まった、沖縄戦のさなか、警察官として避難民の誘導を行っていた。父親は戦死しなかったものの、終戦後に再会したときはやつれ果てていたという。
 沖縄県人である上原にとって、1945年8月15日以降も、戦争は終わらなかった。上原の自伝的小説『キジムナーkids』には、終戦後、沖縄に戻って以降の上原の少年期が反映されている。沖縄県内の産業基盤は戦火によって徹底的に破壊され、県民の多くは戦後も飢えに苦しみ、大人も子供も、隙あらば米軍基地からの略奪行為に勤しんだ。陰惨な経験のはずだが、この日々を上原は明るいタッチで記している。
 戦後もアメリカは1972年5月15日まで沖縄の占領統治を続けた。この間、アメリカ統治下の沖縄にとって日本の本土は「外国」であり、上原は東京の中央大学に進学したが、上京にあたってパスポートがなければ日本の本土に渡航することはできなかった。この経験によって上原は「自分は日本人ではなく琉球人」だと痛感する。
 日本に対する強い隔絶感と、異邦人としての意識は、後年までくり返し上原が執筆したシナリオの数々にうかがえる。たとえば、『イナズマンF』では、悪の組織デスパーが支配する都市デスパーシティの住民は、自由に外の世界に出ることができず、パスポートを取得するように外部と行き来する特権を得るためには、デスパー総統ガイゼルに忠誠を誓い、サイボーグ兵士にならなければならない。
 上原の日本に対する異邦人としての意識がもっとも色濃く投影されたのが、『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」のエピソードだった。劇中、故郷に帰れないまま街はずれに住む宇宙人の老人が民衆の暴行を受けて殺される場面は、1923年の関東大震災のおり、民衆に虐殺された朝鮮人のイメージが重ねられている。ヒーロー番組らしからぬこの回は、放送局であるTBS上層部に問題視され、上原と監督の東條昭平は『帰ってきたウルトラマン』のスタッフから外された。それでも、上原自身は後年まで数多くの媒体で、この回への強い愛着を語っている。

連載開始の告知

すでに誰が見ているかわからないブログだが、一応告知。
リアルサウンドブックにて「戦後サブカルチャー偉人たちの1945年」の連載を開始。
https://realsound.jp/book/2025/08/post-2086627.html
戦後80年の8月を通じて、昭和中期から平成までの映画、漫画、文学、芸能ほかサブカルチャーを担った文化人たちの戦争体験を記していく。
小説『火垂るの墓』、小説『麻雀放浪記』、小説『日本沈没』、映画『ゴジラ』、映画『仁義なき戦い』、漫画『アンパンマン』、漫画『墓場鬼太郎』、漫画『空手バカ一代』、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』、アニメ『君たちはどう生きるか』……今日まで広く愛されるコンテンツに、作者やスタッフの戦争体験が投影された作品は数限りない。
とはいえ、「戦争体験」といっても多様だ。軍人でも将校と末端の兵卒では立場が大きく異なる。戦時下にも現代と変わらない感覚だった人もいる。ある意味では戦争が成長や栄達の機会になった人もいる。戦争の被害者も、加害者としての罪悪感を抱えた人もいる。戦後になってから敗戦の影響を受けた者もいる。
本企画は数年前に思い付き、本年やっと執筆に着手した。今回軒先を貸してくださったリアルサウンドブック様での公開はその片鱗のつもりで、最終的に100人ぐらいの人物を取り上げ、何らかの形にしたいと考えている。
ところが、50人分ぐらい書いたところで、6月に中川右介氏の力作『昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』が発売された。
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000887442025.html
何たることか。エジソンとまったく同時期にグラハム・ベルも電話の研究をしていた話のようだ。『昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』の網羅性はすばらしく、取りあげている人物も当方が考えた人選とけっこう重複している。ただ、同書は「昭和20年8月15日」に特化しているけれど、「いや、8月15日に至るまでの日々と、その後をどう生きたかが面白いんだよ」という人物も多い。たとえば……
『七人の侍』の黒澤明は、勤労動員の女学生を描いた国策映画『一番美しく』を撮影し、出演者に本当に女子工員と同じ生活をさせて迫真の映像を作り、主演女優と結婚した。
『カムイ伝』の白土三平は、プロレタリア画家の息子だったので疎開先で父の素性を必死に隠し、山奥をかけめぐって食料を調達した、後年に白土が描いた忍者漫画のようだ。
『黒魔術の手帖』の澁澤龍彦は、戦時中こっそり学友と陸軍航空隊の倉庫に忍び込んで戦闘機を見物し、終戦直後、軍の倉庫から記念品としてピストルを盗み出した。
『寺内貫太郎一家』の向田邦子は、東京大空襲の翌日、普段きびしかった父がめずらしく家族に優しい態度を示した”最後の昼餐”を、一番心に残る食事だと述べる。
『空手バカ一代』の主人公である大山倍達(崔永宜)は、朝鮮に生まれ、戦前は石原莞爾がつくった東亜連盟に参加し、戦後は韓国民団と朝鮮総連の抗争で鉄拳を振るった。
こういうデティールを総合的に見てゆけば――
「戦前戦中はみんな軍国主義一色の暗黒時代だった」
「戦前戦中はみんな教育勅語のおかげで道徳的だった」
といった先入観がどちらも偏った見方だとわかる。
そんな戦争体験記シリーズ、8月1日から8月29日まで全5回の予定で、リアルサウンドブック読者の皆様のよい暇つぶしになれば幸い。

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

それでは皆様よいお年を

■2024年最後の挨拶とか年間ベストとか
今年も多忙のうちに年に一度の更新となってしまった。とはいえ、こうして他人に読ませることをある程度は想定しないと、考えたことがまとまらない。
また例によって本年の収穫物など。
1.(とくになし)
2.評論『維新の夢』
3.評論『逝きし世の面影』
4.評伝『おかしゅうて、やがてかなしき』
5.小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章』
6.TVドラマ『新宿野戦病院』
7.TVドラマ『不適切にも程がある』
8.エッセイ『室町ワンダーランド』
9.ドキュメンタリー『映像の世紀バタフライエフェクト』
10.映画『コング×ゴジラ』
列外.『竹久夢二展』

■1.(とくになし)
申し訳ないが本年も「とくになし」とさせてもらう(2020年以来だ)。とにかくクソ多忙すぎてろくに本も読まず映画も観ず、録画したドラマとアニメなら隙を見て視聴してた程度で1年が終わった(それでも暇なだけで何も生産してないよりはマシか)。

2.『維新の夢』渡辺京二(https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093790/)
仕事のため再読。渡辺京二の歴史観では、明治維新は本来、革命ではあっても革新ではなく、むしろ理想化された古代という「ここではないどこか」への跳躍だった!
横井小楠らの儒学者は、漢学の古典における理想社会と西洋の近代民主国家を二重写しに解釈していた(「小楠の道義国家像」)。それが単なる天皇の権威化と、西洋的合理主義に飲み込まれていった過程が明治時代の45年間だ。だから、じつは明治期の方が昭和期よりもまだ狂信的な天皇崇拝は弱かった(明治末年に乃木希典大将が殉死したときは、志賀直哉のように公然と時代錯誤だと断じた者もいた)。
そして、明治維新は江戸時代までの農村共同体の安定を破壊した面も少なくない。大正期の1918年に起こった米騒動は、近代以前ならありえなかった事態だという。これは物的な米不足ではなく、投機目的で米の買い占めが原因だ。明治以前の農村は自給自足が基本だったのに、税が物納から現金に変わり、地主が地元の米を外に売って小作人が飢える図式が生まれたのだ。普段は日本の伝統を大事にしろと説く保守派は、こういう足元レベルでの、経済効率化のための国家による伝統破壊はまるで無視してる。

3.『逝きし世の面影』渡辺京二(https://www.heibonsha.co.jp/book/b160743.html)
これも仕事のため再読。かつて本書は一部で「日本スゴイ」系の自画自賛にも援用され、そのため一部の左翼リベラル派に非難されたが、どっちも読み方がおかしい。本書に描かれた幕末~明治初期の日本人の姿は、現代日本の我々とは完全に別の失われた時代の人々なのだ、渡辺京二ははっきりそう述べてる。
明治期の西洋人の旅行者やお雇い外国人らによる記録を見ると、当時の日本人は珍妙で非効率なことも大量にやってる。新橋~横浜に初めて汽車が開通した時期は、車両を屋内と勘違いしてホームで下駄を脱ぐ乗客が続出したという。東京大学の講師に招かれたアメリカの学者モースは、港湾労働者や大工らが、動きを合わせるため大声で合唱しながら作業し、体を動かすより歌ってる時間の方が長いと記してる。このころの日本人は、時間を惜しんで黙々と労働に集中するという感覚なんかなかったのだ。
こうした一方、教養のある階層は、意外なまでに冷静で合理主義的だった。明治10年代に東北地方を旅行したイギリス人のイザベラ・バードは、秋田市で師範学校の教頭が、「われわれに宗教はありません」「あなたがたは宗教はいつわりだとご存じのはずです」と語ったと記してる。「明治から戦前の日本人はみんな敬虔な天皇教信者だった」というのも誤った偏見だったのだ。

4.『おかしゅうて、やがてかなしき 映画監督・岡本喜八と戦中派の肖像』前田啓介(https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721298-3)
2024年に生誕100年を迎えた映画監督・岡本喜八の足跡を追ったルポ。喜八は2005年まで生きて81歳で死んだのに、なんと1冊の3分の2が戦前編だ!
著者は、喜八は1924年2月17日の早生まれなので、徴兵されて入営したのが同学年の他の者たちより約半年遅く、この数か月の差ゆえにフィリピンや沖縄のような激戦地に行かず「自分だけ生きのびた」という感覚を抱いていたと指摘する。この説明を読んで今さらながら改めて、そうか、徴兵されてもすぐ戦場に行くのではなく、訓練期間と戦地への兵員移送の日数が必要なんだよなと理解した。
喜八と山田風太郎はともに戦中派らしい死生観が共通すると思っていたが、両人の微妙な違いもわかった。両人とも人の命はあっけないという認識は同じながら、喜八は映画『肉弾』や『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』のように、自分はなぜ死ななければならないのか納得して死ぬことにこだわった。これに対する風太郎のクールさは、やはり人間を思考する存在である以前に人体という物として見てしまう医学生の視点ゆえか。
松本零士が『独立愚連隊』を絶賛したという話はいかにも納得(戦場まんがシリーズの一編『戦場交響曲』は、喜八の『血と砂』オマージュに見える)。『肉弾』は主人公が戦争に抵抗せず特攻に行かされて死んでしまうので、公開された1968年当時の大学生には不評だったという。そうは言うけど実際に抵抗なんてできるかよというのが1945年当時の心情だったのだろう。一方で『激動の昭和史 沖縄決戦』は、戦争に巻き込まれた沖縄県民の視点が乏しいため竹中労に批判された。喜八の戦争観は良くも悪くも一貫して学徒出陣者の目線で、「巨大な命運の前に卑小な個人は抗うこともできず、自分を悲喜劇的に客観視するしかできなかった」という立場だったようだ。

5.『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章』(https://tkj.jp/book/?cd=TD293992&path=&s1=)
TVアニメ版は第一期から約10年かけて、京都アニメーションの放火事件を乗り越えて本年ついに完結。アニメでの版最終回前の展開が原作小説と大きく違うというので、未読だった小説最終巻2冊をあわてて読む(書店ではライトノベル枠ではなく一般小説の棚だった。実際に表紙以外は絵がない)。
本作は学校内の部活動だけで閉じた狭い世界観だ。現実の高校吹奏楽部もすさまじい体育会系の上下関係と勝利至上主義がよく問題視される。自分は本来、学校の外の世界が出てこない青春物は面白く思えない。が、本作はその狭い世界ゆえの濃密な人間関係のギスギス感(チームメイト的な絆の強さと表裏一体の競争心やら依存やら)に注目してきた。で、最終章は主人公の久美子が進路という学校の外の世界と向き合う。
少年漫画なら主人公が部のエースだが、部長である久美子は人間関係の仲裁役として成長しつつも、ソロ演奏の担当になれるかぎりぎりの実力だ。プロの奏者にはなれないから、本気で音楽を職業にする気の親友・麗奈とは進路も分かれる。家がマイ楽器を所有できる身分か否かという残酷な階級差の描写がえぐい(きちんとした金管楽器は数十万円する)。そもそも学校の部活で音楽やスポーツを本格的にやるのは日本だけで、それら「文化」全般が明治期にはめずらしい輸入品だった名残だ。
アニメと異なり小説版はほとんどの登場人物が京都弁を話すが、小学生のとき転校してきた久美子は標準語で、それゆえ部の人間関係の中心にありつつどこかアウトサイダー的立場なのが印象深い(これは東国から九州に来て育った自分も身に覚えがある)。そして、高校三年になって転校してきた新キャラの真由も京都弁を話さず、久美子からライバル視されるのに、当人は久美子に妙な仲間意識を抱いてるという皮肉が絶妙。
アニメ版の終盤は、主人公の久美子が、楽器に愛着があってもプロの奏者にはなれないことを踏まえて大人になっていく苦みがより明確にされ、悪くない改変と思えた。

6.『新宿野戦病院』(https://www.fujitv.co.jp/shinjuku-yasen/)
戦場帰りの下世話な中年外科医が英語まじりの岡山弁で若者に命の尊さを説教……これだけなら、1980~90年代の青年誌マンガのようなベタなおっさんセンスだが、それを女性(それも小池栄子)が演じると謎の説得力。
本作はドタバタ版『ER』かと思いきや、トー横キッズだの女性支援NPOだの外国人犯罪だの現実の最新の諸問題を取りこみつつ、娯楽作と社会派をしっかり両立してる。各回のゲストキャラは、老いた元ヤクザ、不良外国人、見栄張りのホスト、借金まみれの風俗嬢、妻と娘に暴力を振るうDV男、家出少女、ドラッグの売人など、闇金ウシジマくんばりに底辺人間像がてんこ盛りなのに、全然いやな感じがしない。
終盤、謎の新種ウイルスによる感染者バッシングと世間のパニックの描き方は、脚本の宮藤官九郎自身が、TV業界人の中でも初期に新型コロナに感染した体験と視点を反映していたという。そういう意味では、もはや一種の私小説的ドラマともいえる。
ところで、2025年のHNK大河ドラマ『べらぼう』は江戸の風俗街=吉原遊廓が主な舞台だそうだが、当方は連続ドラマで「クドカンの幕末太陽傳」がすごく観たい。幕末が舞台の作品なら『いちげき』(原作は永井義男)、落語が題材の作品なら『タイガー&ドラゴン』という実績がある。幕末の風俗街を舞台に実在人物と史実の事件をちょいちょい挟みつつ、居残り佐平次に遊女ら市井の民のしょーもない欲得と見栄と意地と必死な生き様のお話……すごく似合いそうではないか! 本人は『いだてん 東京オリムピック噺』で歴史物は懲りたと言いつつ『いちげき』を引き受け、山田太一作品『終わりに見た街』のリメイクもやったぐらいだから勝手に期待してる。
余談ながら『終わりに見た街』は、かつて旧作版を見た時、昭和20年にタイムスリップしてきた家族のなかで、親より子供の世代の方が戦時下の価値観に染まってしまう図式に実感がなかったが、この歳になると逆に妙なリアリティを感じる。大人と違って小中高校生は学校という狭い世界に生きていいて、たった1歳違いの先輩後輩関係が絶対だと思ったり、痛くて危険なばかりの体育祭の組体操みたいな競技を命じられればすんなり受け入れてしまったり、校内の価値観でしかない物を本気で世界のルールと信じてしまう。学校も軍隊も似たような物だからな。

7.『不適切にもほどがある!』(https://www.tbs.co.jp/futekisetsunimohodogaaru/)
コンプラにきびしい現代を風刺しつつも「昭和はよかった」というおっさん目線に留まらず、昭和と令和の一長一短を両方見せる公平さ。阿部サダヲ演じる主人公の小川が、昭和から令和にタイムスリップして戸惑ったりブチ切れつつも、いつしか令和の価値観にもなじんで行くのが妙にリアル。ただし、小川は1980年代の50歳代とはいえ、東京の中学教師という設定で若者と接する機会が多く、少年ジャンプも読んでる当時としては感性が若いおっさんだ。劇中、セクハラや性表現について「寛容になりましょう♪」「自分の娘と思ってみましょう♪」と歌っていたのは、下世話ネタが大好きな一方、実際に年頃の娘がいるクドカンの等身大の感情なのだろう。それに文句はない。だが、わたしはむしろ「お互いもっと鈍感になりましょう」「お互い他人事だと思いましょう」と言いたい。ネット社会の現代は無関係の赤の他人の言動が見えすぎるのが問題だ。
そして、話題になった最終回ラストのテロップ、「この作品は不適切な台詞が多く含まれますが(中略)2024年当時の表現をあえて使用して放送しました」――この未来から2024年の現代をもを相対化する視点によって、本作は日本SF大賞エントリ対象たりえるんじゃないか。この未来目線、じつは小林多喜二の『蟹工船』のラストと同じだ(https://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html)。

8.『室町ワンダーランド』清水克行(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918501)
週刊文春の連載コラムとして初回から読んでいたが、ついに完結して単行本化。著者みずから日本史で室町時代は人気がないと語る。確かに南北朝と戦国期を除くと英雄はいない。だが、武家、公家、寺社、領主に属さない自衛武装民が並立して絶対強者がなく、神仏の罰やオカルトを本気で信じて行動し、幕府でも朝廷でも反逆は日常茶飯事、ハク付けのため真偽不明のルーツを自称したり、武士の子は15歳ぐらいで人を斬るのが当然で5歳ころから動物を殺して訓練だの、警察機構は機能しないから私人同士がしょうもない理由で本気で殺し合い……といったエピソードの数々は鮮烈だ。
著者が研究者として食えるようになるまで、目先の生活ための高校歴史教師の仕事が修行の場となった話も興味深い。本職の歴史学者の仕事は、思いつきで奇抜な新説を述べて人目を引けばよいわけではない。ひたすら大量の古文書を読み、比較検討してその時代の傾向や特徴を読み取り、ひたすら研究対象の現地を歩いて地形や痕跡を調べる等々、非常に地味だが、その積み重ねの先に浮かんでくる面白さには説得力がある。
最終回では、歴史を学ぶのは「日本スゴイ」と自画自賛のためではないとキッパリ強調してる。過去の日本にも足利尊氏のような不忠の裏切者、足利義教のようなワガママ暴君、細川政元のようなうさん臭い陰謀家は大量にいるし、奴隷の人身売買だの鼻削ぎ耳削ぎだのの残虐話も大量にある。逆に過去の日本人が偉大であっても、それは現代に生きる我々とはまったく異なる価値観の中に生きた人々の業績だ。

9.『映像の世紀バタフライエフェクト』(https://www.nhk.jp/p/butterfly/ts/9N81M92LXV/)
毎回、歴史的なエピソードを現代最新の話題につなげる発想が鋭い。世界的にヒットした『ポケモンGO』の開発者が中国残留孤児の子孫なのは驚いた。カラシニコフの回は、ミリタリーオタク心をくすぐられつつも血なまぐさい内容にうんざり。終戦直後ベルリン占領の回でフランス軍がブルトーザーではなく生きた象に瓦礫撤去をさせてたのは笑った、仏領ベトナムあたりから連れて来たのか。

10.『ゴジラ×コング 新たなる帝国』(https://godzilla-movie.jp/)
例によって男子小学生のハートで観るべき娯楽作。ジュール・ヴェルヌの小説みたいな地下空洞世界とか巨大生物ばかりが住む南洋みたいな空間とか、昭和40年代の少年の想像力そのまんま。なぜか地下空間で巨大な猿たちが「謎の棒」(https://pbs.twimg.com/media/FSNFprkaUAEcpPK.jpg)を回してるのは御愛嬌。
そしてキングコングという怪獣は、不思議と「老いと孤独」のイメージが似合う。もともと怪獣は人間社会から疎外される存在の象徴なのだ。1933年版の初代キングコングは、白人美女に岡惚れして都会に出てきて哀れな末路を迎える南島の醜男だった。この感覚、ほぼ「特撮=ヒーロー」になってしまった現代では通じなさそうで辛い。

列外.東京都庭園美術館『竹久夢二展』(https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/240601-0825_yumeji/)
アールデコ建築の東京都庭園美術館(旧朝香宮邸)で、大正昭和モダン美術という絶妙の組み合わせ。夢二の絵はやたら女性のうなじを描いた物が多い。江戸の浮世絵もそうだが、当時の日本人が女性のセクシーさ感じる部位は胸でも脚でもなく首だったのだな(だがそれも中世以前は垂れ髪なので髷を結うようになった江戸以降の美意識だ)。
改めて見ると夢二が描いた女性はほぼ和装で、洋装モダンガールも袴の女学生も都会の建築物もほとんど出てこない。一方、三越の広告などを描いた杉浦非水は都会の風景も大量に描いたし、当時のインテリの間でモダニズムといえば、鉄筋コンクリートに飛行機に地下鉄だった。この和風と近代の同居こそが大正~昭和前期の面白さといえる。

■回顧と展望
というわけで、また本年やった仕事の一部。
『米ロ対立100年史』(https://www.amazon.co.jp/dp/4299052218)
なんと監修は佐藤優。当方はおもに前半の章を担当、キリスト教がアメリカ開拓に与えた思想的な影響。独裁体制と相性の良いロシアの大家族主義(父親は強権的だが兄弟は平等)。アメリカがイスラエルを支持する理由。ヒトラーとの密約を信じて裏切られたスターリンの失策。マンハッタン計画の裏で進行した米ソの原爆スパイ合戦のお粗末な実像。軍事と表裏一体だった米ソ宇宙開発史(ソ連は最初「世界初の人工衛星」の価値がわかってなかった)、そして21世紀の現在のアメリカ大統領選挙、ウクライナ戦争へのキリスト教文化の影響……等々を米露の両サイドから説明。
『いまこそ知りたい日ソ戦争』(https://www.amazon.co.jp/dp/429905959X)
第二次世界大戦で日本とソ連の交戦は1945年8月の1か月あまりだが、戦場は満洲のみならず樺太、千島列島におよび、死者、シベリア抑留者は数十万人に上る。その割に語られることが少ないのは不当だ。
当方はおもに終戦後~現在までの章を担当。ソ連側も千島占領が急すぎてアメリカ軍とのバッティングを恐れたとか、北方領土返還交渉が進まない理由、ロシアにとって第二次世界大戦の勝利はウクライナ侵攻を正当化する理由にもなってる事情などを説明。
なお、監修の麻田雅文先生の著書『シベリア出兵 近代日本の忘れられた七年戦争』によれば、大正期のシベリア出兵はソ連の立場では「日本による侵略」で、日ソ戦争でのソ連軍の乱行はその復讐の面があるらしい。因果はめぐる、諸行無常なり。
『蔦屋重三郎完全ガイド』(https://www.shinyusha.co.jp/media/tutajyu/)
冒頭の数ページしか手伝ってないが、江戸時代後期の洒落本、滑稽本、遊廓ガイドブック、遊女や歌舞伎役者のブロマイド浮世絵などについて調べると、本当にやってることが今のラノベや推し文化と変わらんなあという気になる。
『一冊でわかる明治時代』(https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309722078/)
2023年末から9か月ぐらいかけて1冊全部を執筆。まじで疲れた(監修の大石学先生と協力の門松秀樹先生にも相当に手間をかけさせた)。
「五箇条の御誓文」は西洋近代の民主主義ではなく儒教思想の産物。明治天皇は京都弁と畳の部屋を愛する豪傑好きだった。明治民法は地域ごとの農村の伝統を壊して一律に武士の家父長制価値観を課す物だった。中国大陸が原産の白菜が日本で普及したのは日清日露戦争に農民の兵が大量に参加した副産物。愛国心は上からの教育ではなく日清日露戦争への民衆の参加で下から高まったが、同時に「俺たちも国のために戦ってるんだから政治参加させろ」と選挙権拡大を求める声も高まった。坪内逍遥、夏目漱石らの言文一致運動が標準語(現代日本語)をつくった。明治期に専業主婦なんかなかったし、子供はみんな農作業や丁稚奉公や出稼ぎ女工をやってた……等々、教科書的な記述では触れられてない視点、民衆にとっての近代化の意味を意識的に盛り込んだつもりです。
『一冊でわかる大正時代』(https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309722085/)
こちらも1冊全部を執筆。明治の方と合わせて丸1年近く費やしたことになる。
鬼滅の刃やはいからさんが通るは人気でも大正時代そものの印象は薄い。大きな理由は英雄の不在だ。なんと15年間に首相は11回も代わった! だがそれは強権的な藩閥政治が後退した結果で、政界の諸政党のグダグダ感は現代とも相通じる。国民に嫌われた山縣有朋の実像。平民宰相を呼ばれた原敬のしたたかな手腕。世界大戦後の国際協調の反面で進んだ米英との対立(なまじ旧ドイツ領の南洋諸島を得たためアメリカと険悪に)。サラリーマン世帯の成立(といってもまだ労働人口の5%)。忍者ブームは立川文庫(大正時代のラノベ)と大正期の映画がつくった、じつは洋装のモダンガールは東京でも1%程度だった……等々、といった事情を説明。
***
改めて述べるが、左翼リベラル派が言う「明治から戦前はずっと軍国主義一色だった説」と、保守派が言う「戦後は日本国憲法のせいで日本人が道徳的に堕落した説」は、どちらも大ウソである!! だったら大日本帝国憲法が発布された明治23年に突然、日本人は道徳的になったのか? 明治41年には明治天皇の名で「日露戦争後の国民の風紀は乱れている、みんな真面目にお国のため働け」という内容の戊申詔書が出されてる。明治23年から昭和21年まで大日本帝国憲法は改正されなかった。にも関わらず、大正時代には一度、デモクラシーとか自由恋愛とかが流行した。しかも大正時代のリベラル派は、保守派の元老に対抗するため「大日本帝国憲法を守れ」と言っていた(護憲運動)。そのあと、憲法の条文は何も変わらんまま、昭和の戦争の時期になるとまた風紀が厳しくなった。結局、大多数の民衆はいちいち憲法の条文なんか気にして生活してないのだ。それより民衆の価値観に大きく影響したのは、大正期、さらに戦後に急激に進行した都市への人口流入、農村社会の解体による地縁や血縁の束縛からの解放だ。
***
今も世の中は大きく変化してるというけれど、本当に新しいことが起こってるのかわからない。AIの普及でいろいろな仕事がなくなるというが、19世紀に「写真」が普及しても手描きの画家はなくならず、鉄道と自動車が普及しても人間は歩いてる。安倍政権時代はさんざん円高デフレが全部悪いと言っておいて、一転して円安インフレになっても事態は良くならず、でもオイルショック期はもっとインフレの混乱がひどかった。ドナルド・トランプを再選させたアメリカは世界の警察官をやめたがってるらしいが、もともと建国以来250年の歴史では南北アメリカ大陸外に関わりたくないというモンロー主義の時代の方が長かった。
――何事も、直近の過去との比較ばかりでなく、もっと昔はどうだったか、そもそもいつの時代も変わってないんじゃないかという視野もまた必要。一応、そういう視野の提示を目指して仕事しているつもりだ。
***
原稿料収入だけで生活するフリーランスになって以来、日曜も祝日も仕事せねばならん代わりに、すっぽり1週間ぐらい暇な時期が年に数回はあるものだったが、本年はそういう暇がまったくなかった! まあ、それでも毎日必ず7時間は寝てるし深夜枠のアニメも観てたから偉そうなことは言えないが…。
仕事の合間に脳内だけ歴史を跳躍した空想をしてると、江戸にも明治にも自分みたいなの(田舎から出てきた、文化産業の最末席にしがみついてる貧乏底辺インテリ)はいたんだろうなあとよく思う。そう考えると、不思議と孤独と孤立を感じない。今後も頭と身体が動く限りは、歴史の語り部の末裔としてしぶとく活動し続けるつもりです。
それでは皆様よいお年を。

あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。