小説の評価をお願いします。 初めて書いたので、お手柔らかに頼みます…。 『月の裏』 地球から離れることの無い人間は、月の裏側を実際に観ることは出来ない。時折、頭上に現れる姿は実にシンプルで美しい反面、遠すぎるが故に月面の凹凸ですら肉眼では観測出来ない程にその詳細はぼやけてしまっている。 そんなことを考えながら、携帯を開く。時刻は19時半過ぎといったところ、少し肌寒く、店頭のチラつく電球がやけに目につく。今日は待ちに待った華の金曜日、夜の飲み屋街ともなればくたびれたリーマンや五月蝿すぎるキャッチで溢れているのも当然か。社会人3年目ともなると最早見慣れた光景ではあるが____。 「久しぶり、元気してた?」 突如として耳に飛び込んできたその声に寒さで縮こまっていた心臓が跳ね、体温を上げる。振り返ると大学の同期であり、想い人でもあるAがいた。数ヶ月に一度会う位の関係値。だが今回はイレギュラーで、何やら大事な話があるとの事で急遽会うことになったのだ。 「こっちはぼちぼち、可もなく不可もなくって感じ。」 あくまで平静を装って端的に返す。『大事な話』という甘美な響きにテンションが上がっているなんてことを悟られないように。これがいつものテンポだったはずだ。 「あはは、変わんないね〜。立ち話もなんだし入ろっか」 そう言うとAは色褪せた暖簾をくぐり、少々建付けの悪い引き戸に白い手をかけた。柔らかな暖色の照明と酒場ならではの騒がしさに包まれると同時に店員とのやり取りを済ませ、半個室の席へと向かう。先導するAの細身の背中を軽やかな足取りで追った。 着席し、オーダー。両者とも1杯目は生ビール。次いで、焼き鳥と刺身、唐揚げを頼んだ。その後はお通しのだし巻き玉子に箸を入れつつ、無難な会話を再開する。 「あれ、Aってビール苦手じゃなかった?」 かつて大学の飲み会で誤ってビールに口をつけ、なんとも言えない顔をしていたのは確かAだったはず。 「んー、最近1杯目のビールの美味しさに気付いちゃって。おかげでこの有り様だよ…」 Aが少し丸くなったのであろう頬を摘む。第三者からすればそこまで変わった感じもしないのだが、当事者からすれば大問題なのだろう。 「そんな気にする事ないよ、大丈夫。」 緩く笑いながら返答する。そうしている間に、1杯目が到着。乾杯を済ませ、ほぼ同時に口を着けた。他愛のない会話を繰り広げ、料理を楽しみ、2杯目を頼む。Aはウーロンハイ、私はハイボール。そろそろ頃合だろうか。 「そういえば、大事な話って?」 向かいに座るAに視線を送る。緊張で声が上ずりそうだった。もしかすると告白なのではないかという変な期待をしてしまっているからだ。しかし、その期待はすぐに打ち砕かれることになる。 「あ〜、えっとね。実は来月入籍するんだ!!」 「えっ!?!?マジか!!おめでとう!!」 頭が真っ白になった。 脳の処理が追いつかない。 取り敢えず、思い浮かんだ適切な5文字を繰り出す。正直これだけで精一杯だった。 「ありがとう。あれ、そういえば恋人いるって言ってたっけ?もう誰にどの話したか分かんなくって…」 「知らなかったよ、言ってくれても良かったのに」 これは本心だ。その話をされていないということが、何よりもショックだった。Aにとってはその程度の関係で、有象無象の友人の中の1人に過ぎないことを痛感させられた。 「あはは、ごめんごめん。1年くらい前から付き合ってるよ、いまは同棲してる!」 私の恋慕が散る。それも潔いくらいにさっくりと。 その後のことはあまり覚えていない。途中でAが帰宅したのだけは確かだ、気付いたら独りで3杯目のレモンサワーは空になっていた。残った輪切りのレモンをつまんだ指で目を擦った。何か、きっかけが欲しかったのだと思う。案の定しみて、涙が頬を伝う。 恋愛対象としてみられていなかった事、恋人が居る事を教えて貰えなかった事、そんなことも知らずに悠長に想い続けて居た事、1番行きたくもない結婚式に行く羽目になった事。様々な記憶や感情が錯綜して、目を回す。そんな私の気も知らないで、月は上っ面だけを見せて満足気に輝いていた。 結局、同性愛者であることとAを好いていたことは月の裏側に隠す事にした。 どうかAが地球に居続けますように。