◆心理カウンセラーでありミネルヴァ心理研究所の森本邦子(もりもと・くにこ) 所長が5月に
、「脱ひきこもり―幼児期に種を蒔かないために」(角川SSC新書)と題する著書を上梓されてから、この本の感想を書くべく熟読玩味しているうちに、時間が過ぎてしまった。
まず、森本所長のプロフィールを紹介しておこう。
ミネルヴァ心理研究所所長。心理カウンセラー。「幼稚園110番」主宰。1935年京都府京都市生まれ。京都女子大学文学部国文学科卒業。l0年間、公立小学校の教師を勤める。退職後、法務省法務技官の夫の影響から心理学を学ぶ。ミネルヴァ心理研究所を設立。子どもの心理テストと親子のカウンセリングの仕事に就く。1985年よりボランティアで「幼稚園110番」を開設。電話相談を始める。本職のかたわら、自宅を開放した「家庭文庫」を20年余り開いていた。1男1女の母であり、2人のおばあちゃんでもある。
著書に、『素敵に生きる女の母親学』『わが子が幼稚園に通うとき読む本』(ともにPHP文庫)、『子育て110番』(徳間書店)など。
◆経済的繁栄を築きながら、小泉構造改革と市場原理主義により格差社会が深刻化し、そのうえアメリカ・ニューヨーク・マンハッタン島ウオール街発の「金融危機」の影響を受けて、激しく社会変動を繰り返している今日の日本の状況下における「ひきこもり」という一種の病理現象をどう捉えるべきかを問うことに余りにも時間をかけ過ぎていたためである。それほどこの問題は、根が深く、簡単に総括できるほど単純ではなく、難しい。
しかし、森本所長が、「ひきこもり」の根が幼児期にあるのではないか」と仮説を立てて、その実証に懸命になっておられるその努力の結晶が、この本であるという原点に立って、改めて読み進んでいるうちに、眼前に立ちこめていた深い霧が、次第に晴れていく気分になれる。
要するに、親が幼児期の子どもにどのように接していたかによって「ひきこもり」が生じてくるということである。すべての子どもが引きこもるわけではないので、個々の子どもの性格や個性の違いがあるものの、どちらかと言うと、親の言うことを素直に聞き入れて、親の期待に応えようとすればするほど、応えられない子どもは、自分の殻に閉じこもるようになるのではないか。子どもは、のびのびと育てられていれば、ひきこもりの根か植えつけられない。
ところが、親たちは、厳しい競争社会で我が子だけは、勝ち組にしようとして、早期教育に熱心になり勝ちである。自由に遊ばせないで、勉強ばかりさせていると、「本当の自分」と「親が期待する自分像」との間で、精神の自己分裂が生じてくる。少年・青年時から成人時にかけてのひきこもりは、ある意味で精神の自己分裂から自分を守ろうとする防衛本能がもたらすものであり、ひきこもりの部屋は、「防空壕」なのかも知れないのである。森本所長の仮説と実証は、このように読み取れる。
◆森本所長は、30年以上にわたり子どもに絵を描かせて心理を探る仕事を続けてきた。80年代中頃から子どもの描く絵が変ってきたことに危惧を覚えていた。妙に物分かりがよく、物静かな子どもたち。20数年後の彼らの姿が、ひきこもりの若者たちとぴたりと重なった。今やひきこもりの数は100万人以上、平均年齢も30歳を超えた。まさにひきこもりの生産工場となってしまった日本社会。その再生産を止める方法はある。ひきこもりをつくらないためにはどうすればいいのか。どうすればひきこもり生活から抜け出せるのか。その解決方法を提示している。
森本は1 0年間小学校の教員を務めていた。体調不良により退職を余儀なくされたのが60年代後半。その後、心理学を学び、自宅療養の傍ら「家庭文庫」を開いて子どもたちとの交流を続けた。そうした中で、「ワルテッグ・テスト」という性格診断をする心理テストと出会う。このテストは8つの与えられた刺激図形をもとに絵を描かせ、その時点での性格的傾向を分析する。
第1章では95ページにわたって、幼稚園に通う子どもたちを対象に、この「ワルテッグ・テスト」によって描かせた多くの絵が、70年代、80年代、90年代順に紹介され、分析されている。
推定100万人以上といわれる「ひきこもり」。「その種は幼児期に蒔かれる」のではないかとの仮設を立てた著者は、年代ごとの時代に変化に伴う親子関係を、子どもたちの絵から読み解いている。
「子どもというものはその時代の影の部分を表出する存在だと信じている。ひきこもりは八〇年代の終わりから発生し、子どもたちの変化もその頃から出てきていた。これが無関係のはずはない。さっそく七〇年代から二〇〇〇年代に至るまでの子どもたちの絵を洗い出すとともに、元ひきこもりだった人への直接インタビューも試みた結果は、私の仮説を裏付けるものだった。」(『はじめに』により)
「子どもは大人を映す鏡である」とする著者はカウンセラーとして、子どもの絵を通して親子の関係や家庭環境の問題点を見つけ出し、適材適所でアドバイスをしてこられた。
◆このようにこの本は、すでにひきこもりの状態にある少年・青年から成人にかけての人々を救うのが目的ではなく、むしろ、幼児期にひきこもりの根を植えつけないための予防策を示したものである。我が子をひきこもりにさせてしまう最大の責任は、親にあるという警世の書でもある。幼児を親ばかりでなく、幼児教育に携わる教育関係者にとっても、真の幼児教育とはいかにあるべきかを考え、実践に活かすための優れた指導書である。
板垣英憲マスコミ事務所
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