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だいぶ昔のひと山マッチの中に有り、その時点では営業中だったのですが、
「文壇バー」という言葉にしり込みして、ずるずると行けず仕舞。
そしてついに先月、創業から57年の幕を下ろし閉店してしまいました。

 風 紋 の、マッチ。

風紋 ①
(採取年不明、ひと山マッチより)

まず惹きつけられたのは、この可愛らしいイラスト。
なので、まさかバーのマッチとは思わず、喫茶店のマッチかと思ってしまいました。

風紋 ②
「祥」と落款がありますが、思い浮かびません…。

風紋 ③
閉店時は、新宿五丁目の花園饅頭本店の向かい辺りに有ったようですが、
開店当時は同じ五丁目でも明治通りより西側の当時「三光町」と呼ばれた辺りに有ったようです。

開店は1961年、当時は住宅街(あの辺りが?!)の一角の4坪ほどの小さな店で、
その五年後、隣に二代目を開店、現在(閉店時)の店は三代目の店舗だったようです。

三光町という町名が廃止されたのは1978年なので、三代目の場所に移転した1969年当時も三光町という町名だったので、
マッチの背中に書いてある「(旧)、(新)」が、一代目と二代目のことか、二代目と三代目のことかはわかりません。
ただ、二代目は一代目の隣に開店したらしいので、マッチの番地が離れていることから、
「(旧)、(新)」は、二代目と三代目のことかな…ということは同時に営業している時代もあったのかな、などと、
あれこれ考えていると、三光町と呼ばれていた古き佳き時代にタイムスリップしたような状態になり、
なかなか現実に戻れない(元りたくなくなる)…これも、古いひと山マッチを掘り出す楽しみのひとつでもあります。

閉店前に朝日新聞に載った記事です。
風紋 ④

私の記事にあれこれ転用するより、こちらを読んだ方が早いと思われますので貼り付けておきます(要するに手抜き)。
風紋 ⑤
かつて、太宰の小説に出て来るヒロインの少女のモデルとなった経営者の林さん。
今年90歳になられるとのこと。一度お会いしてお話を聞いてみたかった…。
57年間お疲れさまでした。


今年の六月に閉店してしまった、武蔵小杉駅前にあった コンパブラジル の、マッチ。

コンパブラジル ①
(採取年月:2017年6月)

いかにも、古き佳き昭和のマッチ…だなぁ…。

コンパブラジル ②

ここは、マッチ仲間の「喫茶店のマッチ」さんから閉店のお知らせを頂きました。
スナックという業態だし、気軽に一人でじゃあ明日にでも行ってみるか…ということも出来ず諦めていたのですが、
「喫茶店のマッチ」さんが連れってってくれまして、
無事、閉店前に訪店することが出来、懐かしい昭和のスナックを満喫してきました。
マッチさん、ありがとう!

東京オリンピックの頃に開店したらしいので、創業五十数年。
『コンパブラジル』は二階で、一階で経営していた喫茶店『ブラジル』も同時に閉店とのこと。
残念ながら喫茶店の『ブラジル』には行けずじまいでしたが、
後日、「喫茶店のマッチ」さんからマッチを譲っていただきました。

ブラジル(武蔵小杉) ① 

これもいかにも昭和喫茶店マッチの見本のようなラベル。
お店も行ってみたかったなぁ…。
ブラジル(武蔵小杉)②

並べて見ました。
コンパブラジル ④

お店は昔たまに見かけた「コンパ」という業態なのでしょうが、
残念ながら私は「コンパ」のイメージが湧かず(合コンのコンパはよく行きましたがw)、
『コンパブラシジル』に行ってみた感じでは、いわゆる「スナック」と同等かな?と思いましたがどうでしょう?

スナックは新卒で就職した当時、会社のおっさん達に毎日のように連れていかれたので、
もう懐かしくて懐かしくて…。
お姉ちゃんとお話したり、隣のオッサンと馬鹿話したり、カラオケ歌ったり…。
こういうお店も、どんどん減っていくんだろうなぁ。

で、楽し過ぎてほとんどお店の写真、撮ってませんでした。
コンパブラジル ⑤

これは、マッチさんの十八番でしょうか(二回聴いたことがあります)。
コンパブラジル ⑥

入り口に貼ってあった、閉店を報じた新聞切り抜き。
コンパブラジル ⑦
地元の一大ニュースですよね。

昭和は遠くなりにけり…。
コンパブラジル ③




ずっと以前にtomcatさんから教えていただいてから、ずっと行きたいと思っていましたが、
昨年末の羽子板市に行った時にやっと行くことが叶いました。
(tomcatさん、いつもありがとうございます)

  浅草 SAMBOA BAR の、マッチ。

サンボア ①
(採取年月:2015年12月)

このバーを最初に意識したのは、大阪で働いていた頃だったろうか。
北新地のきらびやかな中にそこだけにポッカりと静かに息をひそめたかのような木の扉。
結局そこは憧れのまま、訪れることは出来なかったけど、
その後、京都の『SAMBOA BAR』へ。
そして、東京にも店舗があるのを知り現在に至る。

でも、こんなに店舗があるとは…
サンボア ②

マッチは厚みのある、いかにも老舗のマッチ。
サンボア ③

おそろいのコースターは、以前京都の『SAMBOA BAR』でいただいてきたもの。
その頃はマッチのことなんて全く思いつかなかったとは…。我ながら不覚…。
サンボア ④

浅草も同じコースターでした。
スコッチの方が似合いそうなコースターですね。
サンボア ⑤



 SAMBOA BAR
    http://www.samboa.co.jp/index.html





あの吉田拓郎の名曲『ペニーレインでバーボンを』の『ペニーレイン』と同系列店として、
こちらも原宿の名店だった ライムライト の、マッチ二種。

LIMELIGHT 新旧
(採取年不明、ひと山マッチより)

上が横長タイプのブックマッチ、下が普通サイズだけどちょっと厚めの箱マッチです。
ロゴと、「enjoy nice evening」のキャッチコビーなどは同じですが、どちらが古い時代の物かは不明。
通常だと箱マッチの方が古いことが多いのですが、こちらのはどうだったのでしょう。
残念ながら私は、この伝説の店には行ったこともなく、マッチはどちらも「ひと山」からです。

『ライムライト』と言えばチャツプリンの名画…ということで、箱マッチにはこのイラストが。
LIMELIGHT ①

厚さがあり、黒軸マッチ…とこだわりを感じるマッチです。
LIMELIGHT ③

ブックマッチの方の反対側はこちら。
LIMELIGHT ⑤
シンプルに電話番号が書かれていますが、こちらも箱マッチ同様局番が三桁なので、
局番でどちらが古いか判断することは出来ませんでした。

中を開けると板マッチ。この時代流行りましたね。
LIMELIGHT ⑥

『ペニーレイン』は1970~1980年代を代表するバーですが、『ライムライト』もほぼ同時期なのでしょうか。
その後『ペニーレイン』は1990年に一度閉店しましたが、
現在は『ライムライト』があった場所で営業再開しているようです。


「原宿 ライムライト」でいろいろ検索していて初めて知ったのですが、
長渕剛さんの曲で、この『ライムライト』を歌った曲がありました。

  ♪ 今夜も 飲んで 飲んで 酔っぱらっちまおう
    表参道 ライムライト

という歌詞でした。 曲を知らないで歌詞だけ読むと、なんか演歌みたいですねw



話は逸れますが、この時代のマッチをUPしようと検索をかけていて、
昭和50~60年代当時を述懐する記述や写真に出会うと、
自分も一瞬でその時代にワープして、たまらなく切ない気持ちになります。
ひと山マッチを整理していると、往々にしてそんな瞬間があり、
それも、ひと山マッチの魅力のひとつかな、と思います。






神田駅前の居酒屋で飲んだ後、
いつもならどこか喫茶店でお茶でも…となるところ、
この日は何故か無性に、古いバーにでも入って何かカクテルを一杯だけ飲みたいという気分に。

それは多分、カクテルを飲みたかった訳ではなく、
この雑多な街のどこか(たとえばJRの高架下)に、
古い小さなバーがひっそりと生息していそうな気がしたからですかね。

ところが昔そんな感じの店が沢山あったような気がしていた辺りにはみつけられず、
再び飲食店が建ち並ぶ通りに出て少し歩き回ると、
二階看板に何やら昭和を彷彿とさせる懐かしい店名をみつけ、迷わず潜入w

洋酒コーナー トロイカ の、マッチ。

トロイカ ①
(採取年月:2013年11月)

古いビルの階段を上がって扉を開くと、6人くらい掛けられそうなカウンターと、
奥に小さなボックス席だけの小さめのバー。
カウンターの中にマスターが一人。
そして、カウンター席の奥に常連さんらしい二人の紳士。
一見さんがふらっと入って来るのはよくあることだろう神田駅前なのでこちらもちょっと気楽に入店。

『トロイカ』は、昭和30年代から神田駅前で営業されているそうです。
(以前は近くの一階に店舗があったらしく壁に当時の店を描いた絵が架かっていました)

店名の『トロイカ』の由来について尋ねると、「当時はこういう名前が流行ってたんですよ」とw
わかる、わかる。

トロイカ ②

帰り際にマッチを所望すると、例によって「久し振りですねぇ…」と言いながら、
カウンター後ろに架かっている籠から出してくださいました。
やっぱりバーにはマッチが無いとね。

トロイカ ③

神田もこういう懐かしい時代のお店が減ってきているのかな…。


 トロイカ
    東京都千代田区内神田3-11-1三恵ビル