「引き裂かれたベートーヴェン その真実」

tamakihirosi_ongaku_7.jpg 昨年の暮れに玉木宏 音楽サスペンス紀行「引き裂かれたベートーヴェン その真実」という番組が放送された。

昨年11月に放送されたものの再放送である。11月も暮れも、事前に放送があることを知らなかった。暮れは何かおもしろいものはないかとチャンネルを回していたときに遭遇、はじまってすぐだったので、あわてて放送中番組録画を開始した。(もっとも録画しながらもずっと見ていたわけだが)

番組冒頭で、クラシックを代表する音楽家といえばベートーヴェンとなるというわけだが(私はそうは思っていない。どうしてモーツァルトやバッハでないのか)、こういう評価が定着したのは、番組によると東西冷戦時代のこととする。

私は、それよりも前からベートーヴェンは最も偉大な作曲家という評価はあったと思う。戦前からもベートーヴェンは特別の存在で、ナチスも国威発揚とかに使った。家にも78回転のSPレコードの交響曲第5番(7~8枚組)があった(今は行方不明)。

番組では、ベートーヴェンが神格化されていく過程をまず描く。
東西ドイツがベートーヴェンを自国の誇り、自国の宝として、それぞれ喧伝する。といっても東ドイツは国家事業として社会主義者ベートーヴェンを、そして西ドイツは、カラヤンがベートーヴェンは当たるとして交響曲全集を録音、カラヤン帝国を築く。こちらは資本主義の貪欲さの代表として。

tamakihirosi_ongaku_2.jpg 番組後半では、ベートーヴェンを神格化する上で重要な資料となった『ベートーヴェンの会話帳』の捏造がとりあげられる。

番組の最初も『会話帳』が話題。東ベルリンにあったそれをスパイが盗んで西側へ持ち出した話。その泥棒はソ連に渡してはならないからだと弁明したとか。

その捏造部分だが、たとえば、交響曲第5番が「運命」と(日本では)呼ばれる根拠となったという「運命はこのように戸を叩く」という件は、ベートーヴェンの秘書をしていたシンドラーによるものであるなどが紹介されている。

tamakihirosi_ongaku_1.jpg 最後には、ベートーヴェンの本当の姿として、ダジャレ好き、酒好き、女好きという面が紹介される。
神格化されたベートーヴェンでは、こういう「人間的」な部分はあまり好まれない。肖像画などのベートーヴェンはいずれも苦虫をかみつぶしたような表情である。最近「笑うベートーヴェン」という彫像が人気を博しているとか。

大晦日には例によってN響「第9」が放送された。私も見ていたけれど、「第9」は人類愛を高らかに歌い上げているとされるわけだけれど、番組では全く異なる解釈が提示されていた。
「第9」の歌詞はシラーの詩をもととするわけだが、そのシラーも人類愛というより、酒場で騒いで、その場の人たちをみんな友達というノリで、ベートーヴェンもそれに倣っているという。
たしかにお酒が入ってみんな気分よく、みんな友達だぁ!と陽気に騒ぐ図というのは、いかにもありそうだ、特にドイツでは。

昔、ちょくちょく行ったビアハウスでは、一定間隔で歌がうたわれ、客がみんな立ち上がって、"Ein Prosit, ein Prosit, Der Gemütlichkeit" と乾杯していた。


それにしてもなぜ他の誰でもなくベートーヴェンが神格化されたのか。
モーツァルトは神格化する必要はなかった。それは神そのものだから人間たちが神話を作って崇める必要がなかったということかもしれないが、何より音楽そのものの性質だろう。
モーツァルトでは、マス(大衆)がマスとして共感するものではなく、個人的体験という感じがするのに対し、ベートーヴェンはマスがマスとして、聴衆同士が共振してこその感動体験なのではないだろうか。
バッハもしかりだが、バッハにはたくさんのカンタータがあり、信者たちが声を合わせて歌うわけだが、その祈りの対象はバッハではなく、神なので、バッハ自体を神にする発想はないのかもしれない。

同時代の人たちはベートーヴェンを神格化しただろうか。
『会話帳』には、「あなたは神です」という言葉が残されているそうだが、これもシンドラーの捏造なのだろう。
すごく人間くさいベートーヴェンが同時代の人たちには見られていたことだろう。

ベートーヴェンの神格化は、群衆を昂揚させる音楽の性質にあるのだろう。

もちろんベートーヴェンの音楽のすべてがそういう性質を持つわけではない。

それはワーグナーへつながっていく。

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