竹田会長贈賄疑惑とFrance刑事司法
竹田恒和氏に対するフランスの司法当局の捜査は、結構な話題となっているが、日本とフランスとの司法制度の違いから、ずいぶんと誤解があるように思われるし、その誤解を利用して事態を軽く見ようとする傾向もあるので、フランス刑事司法の基本的なところを抑えておきたい。
なお、フランス刑法の実体的な側面については、園田先生の個人ニュースが参考になるが、要するに非公務員に対する贈賄が法定刑5年の拘禁と罰金(贈賄額の2倍まで可能)として処罰されるという点がポイントだ。
それよりわかりにくいのが、予審判事の捜査開始と訳されているmise en examenという表現である。
これは、辞書をひくと、予審開始決定と訳されていて、従来のinculpationに代わるものと解説されている。inculpationという語は有罪を連想させるので、より客観的な、直訳すると「捜査に付す」という意味の言葉としたのである。
しかし、これはそんなに軽いものではない。
予審開始は、殺人とか強姦とかの重罪事件では、義務的であって、共和国検事は被疑者が特定されなくても当然に予審判事に事件を送って、予審判事の指揮下での捜査が始まるので、この場合はかえって「捜査開始」という日本語にぴったり来る。
しかし、予審に付すかどうかが裁量的な軽罪事件(贈収賄もこちらに入るが、殺人より軽いというだけで、日本語的に軽い罪というわけではない)では、mise en examenとなるのは嫌疑が重大でなければならない。
フランスの刑事訴訟法典80−1条は、大要、次のように規定している。
犯罪に関与または共犯として関与したことを確からしいと判断できるindices graves(重大な徴憑)かindices concordant(一致した徴憑)がなければ、予審開始はできない
犯罪を犯したことを確からしいと判断できる重大な徴憑があるという場合であるから、日本の逮捕要件「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」と、少なくとも規定の文言上は同程度の重みのある判断なのである。
その上、上記の用語を変更したということからも明らかなように、フランスでは予審開始となると途端に有罪決めつけ報道が始まる。まさに疑惑の人という感じであり、日本のマスコミが逮捕をもって実名報道にするのと似ている。だからこそフランスでは、予審開始が有罪ありきに思われているのを無罪推定に反するとか、防御権侵害だといった議論が法律家の間でかわされるのだが、マスコミ的にはメディア・スクラムとなる。
そういうことを考えると、竹田氏に対して予審が開始されたmise en examenということは、重大な嫌疑が掛けられていて、事態は楽観はできないということを意味する。
なお、竹田会長に厳しい声「質問なし、会見と呼べるのか」という記事で、「竹田さんは起訴されていないと言っているが、(仏国内の報道では現在の状態は)起訴に近い」との質問が出たということだが、これはまさしく日本とフランスの司法制度の違いから、イエスともノーともいえる質問である。
一般的に、検察官が裁判所に事件を送ったことをもって「起訴」というのであれば、軽罪についての予審開始決定はまさに起訴である。検察官が重大な嫌疑ありと認めて、裁判官に事件を受理させたのであるから。
しかし、予審判事は、証拠調べをした結果、公判を開かない決定をすることもできる。他方、日本の刑事裁判で検察官が起訴をすれば、それが取り消されない限り、公判が開かれる。改めて公判を開くかどうかを裁判所側で判断する仕組みはない。その意味では、まだ日本で言う「起訴」はされていないというべきである。
あと、mise en examenを予審開始決定と訳する関係で、予審判事が竹田氏に対する捜査を開始したのが昨年12月との報道もあるが、実のところ、予審判事は3年前から捜査を開始していたので、その意味では竹田氏に対する嫌疑が濃くなってきたから事情聴取をはじめたという意味合いであり、若干の憶測も交じるが重要参考人状態ということであろう。
なお、緒方林太郎氏の東京オリンピックとフランス刑法という記事も、本エントリとは少しニュアンスが異なるが、大体似たようなところを明らかにしているようである。
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