arret:法情報学教材として、傍論に決定要旨が指定されている例
判決の結論を直接左右する理由付けを「ratio decidendi=判決理由」といい、判例として先例的価値が有るのはその部分であり、それ以外の判示は傍論だから先例的価値はないとするのが、一応の定説だが、時として結論を左右しない傍論が重要な内容で、しかも今後の裁判所の実務を決定づけることがある。
この裁判例もその一つといえよう。
事件は、刑事確定記録の閲覧を許すかどうかという問題で、検察官の処分に対する不服申立てが容れられず、特別抗告された。
しかし特別抗告は憲法違反と判例違反の理由に限られるので、上記の決定文で言えば「なお」の前までの部分で却下の結論は十分である。ところが、 WEB の判例公表担当者は、なおがきの部分について下線を引き、決定要旨にもその部分を掲載している。
なお,法4条1項ただし書,刑訴法53条1項ただし書にいう「検察庁の事務に支障のあるとき」には,保管記録を請求者に閲覧させることによって,その保管記録に係る事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれるとする原決定の解釈は,正当である。
では、この部分は意味がないかというと、面白いことに、今後の実務に大きく影響するといえる。
これまでも、傍論に重要な意味があった例としては、かの朝日訴訟、レペタ訴訟などがあり、特にレペタ訴訟はその判決言い渡しを境に法廷におけるメモの原則禁止が原則許容に一変した。
本決定も、確定記録の閲覧可否の基準について最高裁がお墨付きを与えたということで大きな影響があるだろう。
その根拠は何か? 少なくとも判例の先例的価値のメカニズムでは説明はつかない。
そもそも最高裁が裁判に影響しない部分に法的判断を示すことは、争訟性・事件性の観点から違法ではないか、裁判所法3条の任務を逸脱するのではないかという批判も可能だ。
しかし、憲法には、最高裁の規則制定権を以下のように定めた条文がある。
第七十七条 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
二項では、検察官もこの規則に従わなければならないとされているので、検察も含めた司法権の規則制定権限が最高裁に認められており、本件のような訴訟手続とこれに付随する事項については、最高裁が有権的にルールを定めることができる。本決定の傍論に法的効果があるとすれば、これが正統性根拠となりうる。
さてそうだとすると、レペタ訴訟はよいとして、朝日訴訟についてはどう考えたら良いか? 規則制定権では説明の付かない部分ではないか?
この点を考えるのが、法情報学的な課題となるが、答えはない、かな。
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