action:パイロット教育訓練費用は途中退職時に返還すべきか
興味深いトラブルが訴訟となって顕在化している。
スカイマークが訴えている裁判の記録によると、国家資格を持って2011年に入社した40代の男性パイロットは、7カ月の社内訓練でボーイング737型機のライセンスを取り、副操縦士の審査に合格。同8月の人事発令で副操縦士の乗務を始めた。さらに訓練を受けて国の機長審査に受かり、13年8月には機長に昇格。だが14年2月に退職し、国内の別の航空会社に移った。
就業規則と覚書では、副操縦士の人事発令から3年以内に自己都合で退職した場合は教育訓練費を請求すると定められ、これに基づいて途中退職のパイロットに400万円を支払うよう請求した。
これに対して被告側は、「副操縦士の訓練生として雇用され、訓練は勤務そのもの。業務上命じられた訓練の実費は会社が負担すべきだ」と主張し、返還を定めた規定は労基法違反の約定だとする。
この種の事件は、教育訓練を終えた途端に他社に引き抜かれたのでは教育訓練を施すインセンティブがなくなることから、会社の経済的な都合にとどまらず、教育訓練の機会を受ける労働者の利益のためにも、退職の制限を認めるべきだと考えることが一方ではできる。
他方、前渡金の借金を負わせて労働を強制する女郎・人身売買のやり方を想起し、「お前には元手がかかってんだ」といって逃げるのを許さないやり方ではないかと、その会社で働きたくない人に勤務を強制することになるのは不当ではないかと、そもそもやりたくない仕事をやらせるのは非効率で会社の不都合にもなるという考え方もありうる。
法的には、明確な規定があるわけではない。関係するとすれば、労基法5条の強制労働の禁止とか、民法627条の退職の自由の規定くらいで、これらはいずれも退職する側を支持するようにも見えるが、労働契約そのものとは別途の債権が使用者にある場合に、その弁済を免除しなければならない効果までは生じない。
結論は予断を許さないが、一応の基準としては競業避止契約を結んだ場合の従業員が同業他社に移ることを一定期間認めず、その違反に損害賠償義務を負う可能性は認められている。その判例の基準あたりが参考となるのではなかろうか?
仮に今回の訴訟が明確な形でパイロット側の退職の自由を認めることで終わった場合、あるいはその方向に行きそうな場合、返還特約で縛るのは無理ということであれば、上記の競業避止契約の形に変わるか、あるいはパイロットやCAなどの訓練を行う別会社を作って、そこへの受講契約を被用者に結ばせるといった法形式に変わる可能性もある。もっとも後者のようなやり方は、実質的に勤務と同一とみて受講料は会社が負担すべきものと解されるかもしれないが。
大学でも、在外研究の機会を大学が教員に保障し、渡航費・滞在費・研究費を支給することが行われており、在外から戻ってすぐ別の大学に移籍することが問題となっている。
私大の多くは3年以内によそに移れば在外研究費を返還するという、パイロット訓練費用と似たような取り決めを明示もしくは黙示に定めていることが多く、概ね守られているところであろう。
そのような場合に、返還特約があることで逆に退職の自由が生まれているという現実もある。中には紳士協定として3年から5年程度は退職を認めないというところもあるから、在外研究費返還を定めるということはむしろ辞めやすくなるのである。
ということで、大学関係者からすると、上記のパイロットの訴訟は大変興味深い。
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