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2012/12/09

NHKの受信契約締結を求める請求訴訟

NHKは、2012年12月7日に、20世帯に対して、受信契約締結を求める訴えを提起した。

お知らせpdf:放送受信契約の未契約世帯に対する民事訴訟の提起について

放送法64条には、以下のような規定がある。

協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。

この規定に基づいて、放送受信契約の締結を迫っているということは分かる。

しかし、この規定の意味するところは必ずしも明確ではない。

日本放送協会と個々人との間という私人間であるから、何もなくとも契約関係が発生するということはない。契約自由の原則の下では、締結の自由、相手方選択の自由、そして内容形成の自由とが保障され、原則として契約締結を強制されるということはない。
ただし、この契約自由の原則は現代社会では大きく変容しており、独占と約款という二つの外部要素により、消費者にとっては締結するかしないかの自由だけが最後の砦として保障されている有様である。
実は締結の自由だって、生活必需の商品・役務については、事実上、選択の余地なしという状況でもあるが、それは事実上の問題であり、法的には、あくまで、締結するかしないかは自由である。

他方事業者にとっては、許認可に関わる事業の場合は契約自由の原則はほとんどないと言っても過言ではない。とりわけ生活インフラに関する電気ガス水道事業は、相手方選択も締結自体も、自由ではない。

NHKの放送受信契約について言うと、事業者たるNHKにではなく、消費者に、契約締結の自由を真っ向から否定する締結義務を課しているところが極めて興味深い。

放送法という法律の私法効果発生メカニズムも興味を惹かれるところだ。

上記の64条は、私人間の契約の成立要件を特別に「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した」ことに求めているのであろうか? だとすると、テレビを買ってアンテナにつないだという行為でもって、放送受信契約は成立し、後はその履行、すなわち放送受信波の受信と受信料の支払いとがなされるだけということになる。
こう解するなら、「受信契約の締結を求める訴え」というのは必要がない。単に受信料支払い請求をすればよい。

これに対して64条は、NHKとの契約締結義務を「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者」に課しているのであろうか? 法律の文言からは、そんな感じがする。
この義務は、しかし公法上の義務か、それとも私法上の、NHKに対する義務なのか?
公法上の義務だとすると、その法執行を民事訴訟で実現するのはどうなのかという疑問が生じる。過料とか、あるいは行政処分とかが通常だと思うのだが、なぜNHKとの契約締結を行政的に強制しなければならないのかという疑問が生じる。
すると、私法上のNHKに対する義務を定めたもので、契約締結という意思表示を求める請求権をNHKに認めたと解することになる。これが現在のNHKの解釈であろう。

しかし、契約締結という意思表示義務を放送法で規定し、NHKがその請求権を民事訴訟で行使するというのは、極めて無駄な構成だ。放送受信契約が受信者の状況により千差万別だとか、受信料額は交渉で決めるとか、そういう場合なら締結請求権を設ける意味もあろうが、契約締結してしまえば、後は一律の約款に基づいて契約内容は決まるわけである。多少受信料に違いが生じるコースとか特約とかがあるとしても、それは機械的に決まるものだ。
だとすれば、64条の解釈としても、私法上の契約成立要件と解釈したほうが単純でよさそうにも思う。

放送法のような後ろ盾となる法律がない場面でも、これと似たような構成をとっている私法上の契約がある。それは、ソフトウェア等で用いられるシュリンクラップ契約であり、あるいはオンラインならクリックラップ契約である。
シュリンクラップ契約は、商品を買ってきて、その商品の包装を破って開けることで利用契約が成立すると宣言されているものである。その有効性については疑問の余地が残されているが、社会的有用性の前に疑問の声は押しつぶされている。
それはともかく、テレビ受信機を買ってきて設置することで、受信契約が締結されることになるというのは、一種のシュリンクラップ契約と構成することも可能だ。ただ、それが法律の裏付けなくできるかというと、テレビの製造販売者とテレビ放送の発信者とが別人であることがネックとなる。

その関係をつなぐのがB-Casカードということになる。B-Cassカード自体もシュリンクラップ契約に基づいているが、国内で販売されるすべてのテレビ受像機(パソコン・ワンセグ等を含む)がB-Cassカードによらないと動かないことになれば、放送法64条のような規定がなくとも、放送受信契約の締結を事実上強制することが可能となるだろうし、契約締結請求権などという迂遠な構成をとらなくとも良くなるに違いない。

ま、それが良いことなのかどうかというのはまた別の問題だが。

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