arret:銀行同士の取引で信義則上の情報提供義務違反が認められた事例
最判平成24年11月27日(PDF判決全文)金判1412号14頁、判時2175号15頁
シンジケート・ローンのアレンジャーであるYは、本件シンジケート・ローンへの参加を招へいしたXらに対して、信義則上、本件シンジケート・ローン組成・実行前に、対象企業Aの粉飾決算の疑いがあるという情報を提供すべき注意義務を負うものと解し、この情報の提供をしなかった点で不法行為責任が認められるとした事例である。
* シンジケート・ローンとは、複数債権者による協調融資で、その協調融資をまとめ上げる役をアレンジャーという。
消費者法的な関心からも非常に興味深い。
事案は、Xらが、Yをアレンジャーとするシンジケート・ローンへの招へいを受けて、Yと共にAに対し合計9億円のシンジケート・ローンを実行したところ、程なくしてAが民事再生手続の開始に至り、貸付金の返済が受けられなくなったというものである。
本件シンジケート・ローンの前に、別件のシンジケート・ローンに関連して、Aに粉飾決算の疑いがあること(本件情報)が浮上し、Aの代表取締役Bは、調査を行う旨の文書(本件文書)を別件シンジケート・ローン参加企業に交付するとともに、本件シンジケート・ローン契約書調印の前に、Yの担当者Eにも本件文書を提示して本件情報を伝え、本件シンジケート・ローンの継続の是非判断を委ねた。しかし、YはXらに本件情報を伝えることなく、そのまま本件シンジケート・ローンを契約し、融資を実行した。
その一ヶ月後、粉飾決算が明らかとなって別件シンジケート・ローンの期限の利益が喪失し、Aは民事再生手続の開始申立てを行った。そこでXは、Yがアレンジャーとしての情報提供義務を怠ったために損害が生じたと主張して、Yに不法行為に基づく損害賠償を求めた。
この他細かい事実として、本件シンジケート・ローンの9億円のうち3億円は別件シンジケート・ローンの返済に充てられていたこと、本件シンジケート・ローンのアレンジャーフィーとしてYは3780万円を得ている。またY作成のシンジケート・ローン参加案内資料には、「留意事項として、資料に含まれる情報の正確性・真実性についてYは一切の責任を負わないこと、資料は必要な情報を全て包含しているわけではなく、招へい先金融機関で独自にAの信用力等の審査を行う必要があることなどが記載されていた。」
原審は、この事案においてYの情報提供義務違反を認めたのに対し、Yが上告し、Xらは金融機関として貸付取引に精通しており、Yが本件シンジケート・ローンのアレンジャーであるからといって、Xらに対する情報提供義務を負うものではないと主張した。
最高裁は、Aの粉飾決算の疑いにメインバンクが調査を指示し、別件シンジケート・ローン参加企業に調査開始を周知させたという本件情報について、「Aの信用力についての判断に重大な影響を与えるものであって,本来,借主となるA自身が貸主となるXらに対して明らかにすべきであり,Xらが本件シ・ローン参加前にこれを知れば,その参加を取り止めるか,少なくとも上記精査の結果を待つことにするのが通常の対応であるということができ,その対応をとっていたならば,本件シ・ローンを実行したことによる損害を被ることもなかったもの」と評価した。
そして本件情報は別件シンジケート・ローンに参加していないXらには知り得ないもので、しかもYの担当者には本件シンジケート・ローンの是非判断を委ねる趣旨で本件情報が伝えられていた。
こうした事情から、Yの勧誘資料に免責が明記されていても、参加企業はYがアレンジャー業務遂行中に知り得た本件情報を参加企業に伝えるものと期待するのが当然だし、Yも伝える必要があることに思い至るべきで、参加企業に伝えることに守秘義務違反などの支障もないとした。
かくして、情報提供義務違反による損害賠償を認めた原審は正しいと結論づけている。
この判決は、要するに金融機関同士の取引において信義則上の情報提供義務とその違反による損害賠償義務が認められるかどうかであり、商取引法上の問題としては賛否が分かれそうだ。
ところで消費者法の見地から言うと、事業者と消費者という立場の違いがあるからこそ消費者契約法3条には情報提供義務が規定されているが、これは努力義務であって、その違反が直ちに損害賠償等の法的効果に結びつかないというのが立法者の立場だとされている。
しかし、金融機関同士という立場の互換性が完全に認められる間で、しかもプロ中のプロともいうべき金融機関が、その事業の核心でもある融資案件について、融資の相手方ではなく融資勧誘社に対して情報提供義務を主張し、その違反についての損害賠償請求権が認められたのである。さらに勧誘に当たっては、参加企業の自己責任と免責が明記されていたにも関わらずである。
この判断を前提とすると、立場の格差がある消費者と事業者の間でも、情報提供義務は当然認められるべきであるし、約款でいくら免責条項を定めていても、信義則上の情報提供義務違反には当然、損害賠償義務が伴うと解すべきこととなろう。
もちろん逆に、消費者法的にも情報提供義務は努力義務にとどまるのだから金融機関同士では、より一層、情報提供義務違反は認められるべきでないという論理も可能だが、少なくとも日本の裁判所は、そのような価値観に立たないということである。
消費者基本法が制定された当時、ネオリベの影響もあり、自立した消費者像が理想とされ、民事ルールの下で事後的な権利回復を充実させることを前提に事前規制緩和が進められた。その過程での「情報提供義務」だが、消費者が金融機関並みの情報収集力や交渉力を得て完全な「自立した消費者」になったとしても、信義則上、取引相手が知り得た情報で自己の知り得ない、しかし取引を行うかどうかに重要な情報については、これを提供されることが期待できるのである。
このことを踏まえて、今後の情報提供義務に関する理論と実践が進むことが望まれる。
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