jugement:警察官が被疑者取調過程の発言で脅迫罪に問われた事例
「プレスも喜ぶで報道も,こんな話。最近ネタに困っとるらしいから。」(脅迫文言①)
「お前の人生無茶苦茶にしたるわ。」(脅迫文言②)
「お前今ほんま殴りたいわ。」(脅迫文言③)
「殴るぞお前。お前こら,なめとったらあかんぞ。手出さへんと思ったら大間違いやぞ。」(脅迫文言④)
この種の話が表に出るようになったのは、村木事件以降のことだと思うが、本事件は任意取調の過程であって被疑者が自分で録音して否定できなくなったケースだったかもしれない。
で、この警部補さんがなんでこんな脅迫文言を発したかというと、いつもやっていたからではなく、被疑者が猫ばばをしたと見て、その猫ばばの被害者に深く同情し、猫ばばされた財布や免許証を取り返してあげたいという思いからだったというのである。→裁判所の認定
被疑者も前科前歴のない普通のサラリーマンだから、任意で取調をすれば驚いて素直に自白するだろう、財布等も返すだろうと思ったのに、警察車両の中で被疑者に財布等を返すように言ったら「いやー、知りません」と否認されたものだから、かっとなったという。
加えて被疑者の仕事にも家庭にも影響するような強制捜査を避けたのに、否認されたということで余計にいらだって怒鳴り散らしたらしい。
このケース、特に上記の文言のみを訴因とし、また罪名も脅迫罪としていて、裁判所が訴因変更を求める釈明をしたのに検察官は訴因変更するつもりはないと明言し、求刑も罰金20万円とした。
被告人である警部補は、捜査の現場からは外されたものの、免職とはなっていないし、判決文から見る限りは辞職もしなかったようである。
これに対して裁判所は、罰金を求刑以上の30万円と、多少色を付けたのが特徴である。
この事件を読んで思うのは、警察官が被害者の権利救済のため捜査権限を活用して加害者に圧力をかけたという構図であり、本来民事トラブルに警察が介入した事例とも言いうる。
刑事裁判において被害者の地位が重視されるようになった最近の傾向からすると、一見、この警部の言い分もそれなりに傾聴に値するという感じがしてくるが、騙されてはいけない。刑事手続において被害者の地位を重視する、被害者の救済も刑事手続の中ではかるということと、警察官が自分で事実を認定して、悪者と認定した者から被害者への弁償なり返却なりを自分で強制執行してしまうということとは全く異なることである。
民事紛争の当事者が純粋に任意に合意してトラブルを解決することは望ましいことだし、その橋渡しを警察官がするということも一概に否定するものではない。しかし、任意に合意したわけではない解決策を、警察官が一方的に望ましいこととして押しつけようとするのは、明らかに間違っている。
その意味で、被害者である女性に深く同情して取り返してあげようとしたという動機とか、被疑者の仕事や家庭に重大な影響をもたらす強制捜査を避けようとしたという事情などは、脅迫文言を発することを正当化する事由にはならないのである。
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