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2010/04/09

arret:経由(アクセス)プロバイダの発信者情報開示

最判平成22年4月8日PDF判決全文

インターネットにアクセスする機能を提供する事業者(アクセスプロバイダ=判決では経由プロバイダという)がプロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求権に対応する開示義務を負うかどうかについて、最高裁は積極判断を下した。
この事自体は既に確定的となっていた下級審判断を追認したもので、新たな解釈という驚きはないが、法解釈学としては、なお注目に値する。

というのも、プロバイダ責任制限法(正式には特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)の立法者意思というか立法担当官の意思としては、アクセスプロバイダが発信者情報開示義務を負わないというものであったようだし、また法律の文言解釈としても消極に解する方向で書きぶりが整えられていた。

具体的には、同法2条の定義する特定電気通信が、「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信」とされており、これはインターネット上にホームページを作成してみんなに見せるという通信形態を想定すると、ホームページを蔵置するホスティングサーバからそれを閲覧する不特定者との間の通信を想定している。
これに対して発信者がホスティングサーバにホームページのデータをアップするときは、特定の発信者と特定のホスティングサーバとの間の通信だから、上記の定義が当てはまらないと、そう読める。
このような解釈が「立法者意思」ないし立法担当官の意思であり、また文言解釈上もそのように読める。

しかし、この解釈は明らかに不当な結果をもたらす。立法趣旨に反するのだ。
というのも、他人の権利を侵害するような情報をネットで発信した者に、自己の権利が侵害された者が法的責任を追求するために、その身元を明らかにする手段が発信者情報開示請求権である。にもかかわらず、ホスティングプロバイダ(判決文中ではコンテンツプロバイダと表記されているが、明らかに誤用ではないか)だけが発信者情報開示義務を負い、アクセスプロバイダが負わないとすると、結局発信者の身元は分からない場合がほとんどとなる。
なぜなら、ホスティングプロバイダが有する情報はホームページ開設に用いられたIPアドレスとかタイムスタンプとかであり、ほとんどの場合はそのIPアドレスはアクセスプロバイダが保有する番号に過ぎないのであるから、結局発信者が誰かという情報を持っているはずのアクセスプロバイダを特定することが出来るだけで、それだけでは何の役にも立たない。
これでは、上記の立法趣旨に反する結果となる。

そこで、文言解釈としてはやや無理があるが、また立法者意思(しつこいようだが立法担当官の意思というのが正しい)には反するかも知れないが、立法趣旨に基づいて、特定電気通信の定義規定の文言を拡張解釈し、妥当な結果を図ったわけである。

最高裁は、「上記の各規定の文理に照らすならば,最終的に不特定の者によって受信されることを目的とする情報の流通過程の一部を構成する電気通信を電気通信設備を用いて媒介する者は,同条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に含まれると解するのが自然」と判示している。これは発信者がアクセスプロバイダを経由してホスティングサーバにホームページデータをアップロードし、ホスティングサーバに閲覧者がデータ送信を依頼して閲覧者のパソコンにデータが送信されるという一連の過程を全体として一つの「特定電気通信」と位置づける解釈である。単純な文理解釈ではなく、拡張解釈と言わざるをえない。
また、最高裁は、法4条の趣旨を持ち出して、アクセスプロバイダだけが発信者を特定できる情報を保有していることから、アクセスプロバイダが発信者情報開示義務を負わないとすると法の趣旨を没却する結果となるとも判示しており、これこそ目的論的な解釈の典型というべきであろう。

かくして、結論的には全く妥当な、しかも下級審では一、二の例外を除いて当然の前提とされてきた解釈を追認したものではあるが、最高裁が「明らか」として説明なく切っている以下の部分は検討の余地がある。

経由プロバイダが法2条3号にいう「特定電気通信役務提供者」に該当するとの解釈が,特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限について定めた法3条や通信の検閲の禁止を定めた電気通信事業法3条等の規定の趣旨に反するものでないことは明らかである。

この点の検討は、研究会の報告ですることとしよう。

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コメント

面白く読ませて頂きました。アクセスプロバイダなんて
「役務提供者」に入っているのは自明のことだと
思ってましたが、裁判で争われていたんですねぇ。。
アクセスプロバイダこそが、「特定」と「匿名」をつなげる唯一の窓口ですよね。なぜ立法担当官はそれを
はっきりさせなかったのでしょうか?
最後の「検討の余地」をまた詳しくブログに書いてください(´∇`)

投稿: 翠 | 2010/04/10 10:02

 日本は、英米法の国ではない(はず。民事訴訟法は頭の片隅にドイツ法を参考にしているという立法者意思は、多分、あり)なので、最高裁が「法律を作る」ような解釈は、本来、すべきではないと思います。
 が、そもそも、立法者が無能だったら?今回の事例における立法者意志を考えると、正直「文系お役人様の机上の空論」だったことは否めません。
 そこで、最高裁的には、説明無く「明らか」として、立法趣旨なるもので、解決したのでしょう。が、それが妥当なのかは、疑問はあります。だから、「明らか」で逃げたのでしょう。
 この話題は、「上告の目的論」という別の世界に突入しそうな気がするのは、多分、私だけだということは、理解してます。
 さ、「重点講義下巻」、せっかく、サイン入りでもらったから、休みの今日は読みます。

投稿: はる | 2010/04/11 14:02

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