jugement:社保庁の著作権侵害事件
社会保険庁叩きの一環としてマスコミが大きく報道した事件だが、内容的には興味深い。
庁内の行政目的による複製行為は著作権法42条により、複製権侵害とならない。
しかし社保庁が行ったのは、庁内LANの電子掲示板に複製物を掲載したことであり、単なる複製物作成ではなく、公衆送信(送信可能化)である。そこで、42条の「複製できる」という規定が公衆送信も可能にするものかどうかが問われた。
裁判所は以下のように判断した。
「社会保険庁職員による本件著作物の複製は,本件著作物を,本件掲示板用の記録媒体に記録する行為であり,本件著作物の自動公衆送信を可能化する行為にほかならない。そして,42条1項は,「著作物は・・・行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には,その必要と認められる限度において,複製することができる。」と規定しているとおり,特定の場合に,著作物の複製行為が複製権侵害とならないことを認めた規定であり,この規定が公衆送信(自動公衆送信の場合の送信可能化を含む。)を行う権利の侵害行為について適用されないことは明らかである。また,42条1項は,行政目的の内部資料として必要な限度において,複製行為を制限的に許容したのであるから,本件LANシステムに本件著作物を記録し,社会保険庁の内部部局におかれる課,社会保険庁大学校及び社会保険庁業務センター並びに地方社会保険事務局及び社会保険事務所内の多数の者の求めに応じ自動的に公衆送信を行うことを可能にした本件記録行為については,実質的にみても,42条1項を拡張的に適用する余地がないことは明らかである。」
複製できる規定に公衆送信・送信可能化ができるという趣旨は含まれないというのが第1点、次いで必要な限度での複製許容は多数の者の求めに応じて公衆送信する行為を許容するものではないというのが第2点である。
しかし、紙に複製することよりも、電子掲示板に載せた方が経済的にも環境的にも望ましく、本件判決のような解釈を維持すれば、無駄な紙コピーをより一層氾濫させる結果となる。
著作権法の解釈にそのような、ある意味外在的な要素を持ち込むのは正当でないという批判はあるかも知れないが、いくら批判したところで、紙の無駄使いを助長するという結果は解消されないのである。
加えて、類推適用ないし拡張適用をすべきとの説に立っても42条但書は付いてくるので、著作権者の利益を不当に害することは許されず、例えば公衆送信の範囲をパスワードなどにより限定するといった方法が考えられる。逆に、42条の適用を公衆送信に拡張したところで、但書があるのだから著作権者の利益は侵害されないのである。
本判決は、紙媒体を中心に規定されている前時代的な著作権法が、デジタル時代に適合的でないことを如実に示しており、その場合に硬直的な法解釈が社会状況について行けない、逆に技術の利用に妨げとなる好例と位置づけられる。
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