2011/06/28

 
ほんとうは誰もが止めたい原発

6月26日、神戸の住吉小学校で開かれた「前原前外相と語る会」に参加しました。最初に15分ほど前原氏がエネルギー政策を中心に語られました。

要旨は以下のとおりです。
・20年後に原発が自然エネルギーに変っていることは是とするが、今、再稼動を認めないというは、日本全体では3割、関西は4割を原発の電力でまかなっていることを考えれば性急。
・節電は大変。電気代が上がる。それによって海外に企業が流出したら、経済が空洞化する。
・蓄電など技術を利用しながら、20年くらいかけて工程表を作り、電力のベストミックスを考えるのが現実的な方法。

これまでどおりの「原発を止めれば経済が立ち行かなくなる」という原子力推進派の人たちが持ち出す話に終始。やはり前原氏は根っからの原発推進派だったかと思いながらも、質疑応答にて挙手し、以下のような質問をしました。


<質問>前原さんは、「20年後には原発がなくなって、他の自然エネルギーでまかなえるようになっていることを望む」とおっしゃっていましたが、私はできるだけ早く脱原発ができるよう望んでいます。そのためにも、自然エネルギー促進法案をまず成立させてほしい。

<前原氏>自然エネルギー促進法案は、今、与野党でもっといいものになるように協議している。例えば、風力発電も今の案のままならば新規設置のものだけが買取対象だが、既存の風車からの電力も買い取るようになど、できるだけよい形で今国会中に成立させたい。また、20年と言ったが、まだどれほどの自然エネルギー技術が活用可能か精査していないので、もっと精査して10年とか15年とか期間を短縮できたらと思っている。


<質問>今、もんじゅが問題になっているが、使用済み核燃料のリサイクル構想は可能と前原さんは思っていますか?


<前原氏>もんじゅは無理だ。あれは液化ナトリウムなどを使う危険なもので、核大国のフランスでさえも断念した。もんじゅに大金をつぎこむことはできない。また私自身は、日本のような地震国で原発を稼動させておくのは早く終わりにしたいと思っている。


録画をしていたわけではないので、言葉の端々は異なると思いますが、前原氏の発言の主旨は以上の通りでした。


原発推進派と言われる元閣僚の国会議員まで、「原発は必要」と主張しながらも「ほんとうは原発はないほうがいい」と思ってる現実を目の当たりにして、質問への回答を聞きながら、唖然としました。


世論調査によると「全原発の廃炉を望む」人は82%と言います。
ほんとうは誰もが止めたいのに、止まらない原発とはいったい何なのでしょうか?


止められない理由は、上記でもご紹介した前原氏の最初の演説のとおり。

それでも止めたい理由はひとつ。

命がかかっていることだから
そして、放射能による汚染は、今を生きる私たちだけではなく、
未来の命をも犠牲にすることだから。


ほんとうは原発を止めたいと思うことは、
生きものとして当然のことなのです。

生きものとしての当然の望みを大切にして、
ほんとうに生きやすい環境を取り戻しましょうよ。

そのために、知恵を出し合って、
力をあわせましょう。

それが、このような悲劇を招いてしまった私たち世代の、
せめてもの償いだと思います。




関連サイト:
民主党:首相の「脱原発」は大衆迎合…前原氏がけん制(毎日新聞

全原子炉の廃炉を望む・・・82% (中国新聞

■『原発に近ければ近いほど小児がん及び白血病発生率が高い』
小児がん科医のアネット・リドルフィ氏の見解

原発なしでも電力足りてる 小出裕章

2011/06/05

 

チェルノブイリから考える福島

4日、神戸で開かれた振津かつみ医師の学習会に参加した。振津医師はチェルノブイリ原発事故によって汚染されたベラルーシを20年間支援されてきた女性。ベラルーシで起きたことを参考に、今後の福島への提言を聞いた。以下の学習会の要約は、福島の方々にはたいへんつらい内容となってしまうかもしれないが、子どもたちの未来を守る手がかりにしてもらえればとの願いで報告させてもらう。

まず、放射能汚染の比較。チェルノブイリ原発事故では、日本の面積の40%に相当する地域が、セシウム137で約4万ベクレル/平方メートルレベルの放射能汚染地域となった。福島第一原発事故では、福島県全域がこの汚染レベルに相当するという。また、チェルノブイリでは55.5万ベクレル/平方メートルの汚染地域が移住ゾーンとなったわけだが、福島第一原発事故では、飯館村などの計画的避難区域の汚染レベルがこれに相当するという。

振津医師が支援活動をされているベラルーシの町はチェルノブイリ原発から250kmも離れていながら、移住ゾーンにはならなかったもの4万~55万ベクレル/平方メートルレベルの放射能汚染地域となった。それでも人々は放射能と向き合いながら生活を続けざるをえない。事故前にはきのこや木の実を採りにでかけていた豊かな森は、放射能がたまりやすく除染もできないため立ち入り禁止になった。また被災地で生産される作物や乳製品は、低くはなってきているものの、現在でも日本の食品の10~100倍の放射能量を示している。その上広大な農地が汚染されているため、地域の経済全体が立ち行かなくなり、失業、貧困、アルコール依存などの社会問題が深刻化しているそうだ。

放射能汚染による被害として、もっとも懸念される健康への影響についても深刻だ。事故から数年後、子どもの甲状腺がんが増加し始め、ベラルーシ共和国では、その罹患数は9年後には事故前の20倍に達した。事故から20年を経て、事項当時の子どもが成人し、甲状腺がんは若年成人で依然として増加している。

また、放射能汚染と言えば、癌や白血病ばかりが注目されるが、振津医師によると、循環器、内分泌、免疫系などの様々な疾患が増加し、全体的な健康状態が悪化していることが汚染地域の医師たちから報告されているとのことだ。

福島第一原発事故の影響を考えると、福島県全域が、ベラルーシと同じような状況におかれることが懸念される。長い年月をかけて体の外から内から少しずつ被曝し続ける状況は、「直ちに」健康被害はなくとも、少しずつ免疫を弱め、内蔵を痛め、体全体の抵抗力を弱めていくと考えられる。特に新陳代謝が激しい胎児、乳児、幼児が放射能にさらされ続け、すなわちDNAが破壊される状況が継続されれば、重大な健康被害が引き起こされることを懸念する必要があるだろう。


事故が起こってしまった以上、できることは限られてしまうが、極力放射能を取り込まないこと、できるだけ被曝を避けること、そして、引き起こされてしまった疾患には、すぐに治療が施される体制を確立することが重要だと振津医師は強調した。ベラルーシでは、ホールボディカウンターによる内部被曝検診が住民に実施されているそうだ。福島でも、学校や職場の定期健診に内部被曝検診も導入し、被曝状況を把握しておく必要があるだろう。


また、農地が汚染されてしまった地域の産業への対策もとても重要だと思う。神戸の震災後も、仕事をなくし失意のうちに仮設住宅でアルコールに浸って亡くなった人々もいた。人間にとって、やりがいのある仕事、地域とのつながりは、生きる糧となるものだ。使えなくなった農地に太陽光パネルや風車を設置し「電気の田んぼにしよう」とソフトバンクの孫社長が提案しているが、そのような未来に繋がるプロジェクトを汚染された地域に広げることも大切な取り組みだと思う。


そして、最後に振津医師が呼びかけたこと、「福島の子どもたちに思いっきり遊んでもらえるよう、夏休みだけでも関西でのサマーキャンプができないか?」被曝を少なくするために、夏休みだけでも汚染の少ない地域で過ごすことの重要性に加えて、子どもらしく遊べる環境の大切さを思う。私も関西でのサマーキャンプが実現されるよう、できるだけのお手伝いをさせてもらいたいと申し出た。


放射能汚染の現実をかみしめながら、それでも前を向いて歩んでいく姿勢を、ベラルーシの人々と振津医師から学ばせてもらった、貴重な学習会だった。



追記:6月5日放送のETV特集『続報 放射能汚染地図』
重要な点だけ、まとめておきます。

・原発正門1キロの地点からプルトニウムが検出された。
(過去の大気圏内核実験によるものではなく、福島第一原発からのものと断定)

・元原子力安全研究所の田辺文也氏が考えるプルトニウムの流出シナリオ

 炉心溶融→核燃料が格納容器のコンクリート底にたまる→コア・コンクリート反応によって、プルトニウム他揮発性でない物質もエアロゾル化→水蒸気となって格納容器の外に流出

・原発から50kmも離れた三春からテクネチウム99mが検出された。これも重い物質なので、プルトニウムがここまで飛んできている可能性も。

・もっと広範囲に、また詳細に調査し、放射能汚染地図を作る必要性大。

・放射能汚染の現実を直視した上で、ひとりひとりが未来の選択をしなければならない段階にある。



追記:6月9日朝日新聞
環境NGO「グリーンピース」は9日、福島市内の保育園や公園の地表面から、最高で毎時45.1マイクロシーベルトの放射線量を検出。(略)クミ・ナイドゥ事務局長らは「政府は、放射線量の高い地域に住む子どもや妊婦らをすみやかに避難させる必要がある」と訴えた。

2011/06/03

 
嬉しい知らせ

「花と爆弾」でずっと支援させてもらっている宝塚・アフガニスタン友好協会(TAFA)から、嬉しい知らせが届きました。アフガニスタンの子どもたちの自立を支援するプロジェクト、アシアナ絵画教室出身のアフガンの少年少女が、自分たちが描いた絵を日本で売って、それを東日本大震災の義捐金にしてほしいと、TAFA代表の西垣敬子さんに託されたのです。それを受けて、5月3日~8日に宝塚の「はんしん自立の家」にてチャリティ絵画展が開催され、絵画8点が完売、アフガンの若者7名の名前で10万円を5月19日付けにて、日本赤十字社兵庫県支部に義捐金として寄託されたそうです。

アフガニスタンは今も治安は悪く、若者の多くは学校も行けず、仕事もなく、現金を得る手段は兵士になることぐらいだそうです。そして、このアシアナ絵画出身の若者の中にも、普段は兵士として家族を支えている青年もいるそうですが、絵が売れることで、学校に戻れるかもしれない・・・彼らにとってこの絵はそれほど大きな意味を持つものなのです。

それを、「日本の地震と津波の被災者のために絵を渡したい」と申し出てくれた。18年間アフガニスタンを支援し続けてきた西垣さんの戸惑いと、喜びはどれほどのものだったでしょう。

私の好きなネイティブアメリカンの格言があります。
「ひとに与え、与えられるのが人生」

これまで物質的には与えるばかりであった子どもたちから、初めて与えられた「絵」。
国境も民族も宗教も育った環境も越えて繋がる人間同士の深く暖かい心の証のような気がします。


まだまだ先ですが、このアシアナの7人の若者たちの絵の展示会が開催されます。


★9月2,3日
国際寺子屋展 原田の森ギャラリー
主催:神戸クロスカルチャラルセンター


今から、楽しみです♪

遊牧民の絵
2006年に購入したアシアナ絵画教室出身の少年の描いた絵についての以前の記事です。
絵は今でも、私のベッドルームに飾ってあります。

This page is powered by Blogger. Isn't yours?