2026-04-29

夜の店にオタクが行ってみた

結論:規制残当であり、客も破滅させているが、労働者破滅させている。

まず接客従事する労働者殆ど一般社会からドロップアウトであることは間違いないだろう。

ドロップアウトと言えば、偏見かつ差別ではあろうが、絵が描ければクリエイター音楽ができれば音楽家、文章が書ければニュースライタープログラムができればプログラマー起業ができれば起業、実況ができれば実況者になっていたような人間と思えば、自分たちの身近にもいるような普通人間だ。

これらの職業との違いは、不器用人間が別の仕事に戻りにくいということだ。

頭が良くドライなやつはいい。

自分業界世間とのギャップを把握し、昼における夜のタブーを隠し、素知らぬ顔で昼になじみ、そのうちに夜の仕事したことも忘れられるだろう。

グレーな仕事社会のどこにでもあるが、昼のタブーを把握しているからこそ境界線タップダンスを踏んだり、健全化ができる。

そんな小器用なことができない不器用人間は?

ベンチャー起業構造が同じで、悪い先輩といい先輩がいたとき、悪い先輩の悪さの底の抜けたやり方に抗うことができるか?

自分を傷つけずに生きていけるのか?

最も貧しい時に寮や仲間を与えたくれた業界を、昼に行った自分メリットがない存在として切り捨てることができるのか?

仲間に染まって整形をしたはいものの、知識が足りず、顔を奇妙に切り刻んだ結果のみが残り、不気味がられる者は?

コントロール可能同意が軽視され、犯罪が起きやす環境において、「周りに染まりやすバカな奴」が保護されていない場所において、規制が介入することはやむを得ないことと思われる。現在は客に対する営業方法規制にとどまるが、いずれは労働者保護も行われてゆくはずだ。

人権文脈におけば、主体性のある自己決定論と、プロとしての労働者保護論の間でどのように夜の仕事が両立するか、政府も悩んでいるところだろう。

そのうえで「発達障害を持ち、福祉につながりにくい男性」にもいずれ関心が向いて欲しいと思う。

以上、ホストに行った感想であった。

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